2021年10月15日

素っ破抜く


秘密や醜聞、不祥事などを突き止め、暴露するスクープ、

の意の、

「すっぱ抜く」の由来を、

すっぱ(忍び)が、思いがけないところに立ち入り、情報を掴むことに由来する、

と、あった(平山優『戦国のしのび』)。「すっぱぬく」http://ppnetwork.seesaa.net/article/435604474.htmlで触れたように、それは俗説と思われるのだが、れっきとした著書でまで、そう言及されたのには少し驚く。改めて、もう一度整理してみたい。

「すっぱぬく」は、

素(っ)破抜く、
透(っ)波抜く、

等々と当てる(広辞苑・大言海・デジタル大辞泉・江戸語大辞典)。ふつう、

刀などをだしぬけに抜く、
突然人の隠し事などを暴く、
人の意表に出る、出し抜く、

という意味が載る(広辞苑)。この語源を、

忍者(スッパ)の思ひかけぬ所に立ち入るに譬へ云ふか(大言海・デジタル大辞泉・松屋筆記)、

とする説が少なくない。朝日新聞すらが、

ある日突然、不正などを明るみに出すことを「すっぱ抜く」と言います。記者のあいだでは、いわゆる特ダネを報じることを「抜く」と言い、「抜かれた」記者は急いで追っかけ取材をします。私たちが省略してしまうこの「すっぱ」、実は意外な意味があるのですが、ご存じでしょうか。
 正解は抜き足、差し足、忍び足……の、忍者です! 漢字では「素破」「透波」と書きます。日本国語大辞典の「素破抜(すっぱぬく)」の項には、「スッパ(忍者)が思いがけないところに立ち入るのにたとえていうか」と語源説が載っています。世界大百科事典によれば、忍者はほかにも「忍(しのび)」「かまり」「間諜」「乱波(らっぱ)」「隠密」などさまざまな呼ばれ方をしていたようです、

としているhttp://www.asahi.com/special/kotoba/archive2015/mukashino/2012020800002.htmlのである。さらには、「すっぱ抜く」の二つの意味を調整するためか、

(「すっぱ」は)戦国時代に武家に雇われた忍びの者のこと。「抜く」は刀を抜くこと。忍者は刃物をいきなり抜くことから、江戸時代にはいきなり刃物を抜く意で用いられていた。のちに、出し抜いて暴く意味へと転じ、新聞や雑誌などのメディアで多く用いられるようになった、

とする説明さえある(由来・語源辞典)。

しかし、「忍者」については、戦後は村山知義、白土三平、司馬遼太郎らの作品を通して「忍者」「忍びの者」が一般化したが、

江戸時代までは統一名称は無く地方により呼び方が異なり、「乱破(らっぱ)」「素破(すっぱ)」「水破(すっぱ)」「出抜(すっぱ)」)「透破(すっぱ、とっぱ)」「突破(とっぱ)」「伺見(うかがみ)」「奪口(だっこう)」「竊盗(しのび)」「草(くさ)」「軒猿」「郷導(きょうどう)」「郷談(きょうだん)」「物見」「間士(かんし)」「聞者役(ききものやく)」「歩き巫女」「屈(かまり)」「早道の者」「細作(さいさく)」、

等々があるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%8D%E8%80%85、とされる。室町末期の日葡辞書には、

Xinobi(忍び)、

と表記されており(仝上)、室町初期(14世紀中ごろ)の『太平記』でも、「忍び」が使われていて、

すっぱ、

という呼び方自体が、「忍び」の意味として一般的ではないようなのである。

忍び(北斎漫画より).jpg

(「忍び」 北斎漫画より https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%8D%E8%80%85より)

「すっぱぬく」http://ppnetwork.seesaa.net/article/435604474.htmlで触れたように、語源説には、

すっぱり+抜く、

と、秘密がすっぽりと筒抜けでわかる意、とする擬態語語源説と、

すっぱ(透波)+抜く、

で、忍者が秘密を嗅ぎつけて、うまく手に入れるという忍者語源説との、二つがある(日本語源広辞典・日本語源大辞典)。しかし、前にも触れたように、

透波抜き、

を語源としたというには、少なくとも、「透波」「素波」で、「忍者」を指しているという共通認識が世の中になければ、この言葉の含意は通じないのではないか。三田村鳶魚は、

素刃抜きの喧嘩、

という言い方をしていた(江戸ッ子)し、江戸語大辞典には、

すっぱぬき(素破抜)みんなで迯(にげ)たで持ったもの(明和七年(1770)「柳多留」)、

と、

だしぬけに刀を抜く意と、

言立ての芸にもならずすっぱ抜(文化十一年(1814)「俳諧觽」)、

と、人の秘密を暴露する意が載る。少なくとも、「すっぱぬく」は、ここでは、忍者の「すっぱ」とは無縁である。

どう考えても、三田村鳶魚が、

素刃、

を当てたように、意味的には、

いきなり刃物を抜く、

意で用いていたという方が妥当ではないだろうか。

「忍」http://ppnetwork.seesaa.net/article/416745079.htmlで触れたように、江戸時代の『武家名目抄』の職名に、透波の説明があり、

透波又称乱波、突破、……これ常に忍の役するものの名称にして一種の賤人なり。ただ忍(しのび)とのみよへる中には庶士の内より役せらるるもあれど、透波とよばるる種類は大かた野武士強盗などの中りよ ひ出されて扶持せらるるものなり。されば間者(間諜)、かまり夜討などには殊に便あるが故に、戦国のならひ、大名諸家何れもこれを養置しとみゆ。透波、よみてすつはとし、乱波これをらつはと云、さて其名儀は当時の諺に動静ととのはず首尾符合はせざるものをすつはといひ、事の騒がしく穏やかならぬをらつはといひしより起これるなるべし、今俗にとつは、すつは、又らつひなという詞のあるは、この遺言なり……、

とあり、

其名儀は当時の諺に動静ととのはず首尾符合はせざるものをすつはといひ、事の騒がしく穏やかならぬをらつはといひしより起これるなるべし、

とあり、まったく由来が異なり、しかも関東では乱波といい、甲斐より以西では透波と呼んだ、とある。「すっぱぬく」で使えるほど、「すっぱ」が人口に膾炙していたとは思えない。「すっぱ」に、「透波」「素波」の字を当てて、考え落ちのように、透波=忍者の行動が語源とこじつけた、というように思えてならない。

むしろ、擬音語、

すっぱり、

が、

鮮やかに思い切りよく切り離す様子。一刀で完全に断ち切り、傷口が見事に一直線になる感じ。江戸時代にすでに使われていた、

とあり(擬音語・擬態語辞典)、さらに、

物事や動作を次々と躊躇なく行う様子、

の意で、

すっぱすっぱ、

という擬音語もある。

すっぱ抜く、

は、この、

すっぱ、

すっぱり、

という擬音語由来と考えた方が自然ではないか。

「すっぱ抜く」は「すっぱのように人の秘密を暴く」ことだが、古い言葉では刀をスッパリ抜くことも「すっぱ抜く」といっていた。これは「すっぽ抜ける」と同じ意味で、「すっぱ抜く」の語源としてはこちらが本来のものらしい。これから忍者の「すっぱ」への連想が働いて「すっぱ抜く」という用法が生まれたとも考えられる、

とするhttp://www.jlogos.com/d046/12670503.htmlのが常識的な見解に思える。

ただ付言しておくと、「すっぱ」には、

透波、
素波、

と当て、忍びの意の他に、

水破、すっぱ、すり也(和漢通用集)、

とあり、

詐欺師、
すり、
かたり、

の意で使われたり、

よき物取とて、信州のすっぱと上州のわっぱども集まって(加沢記)、
すっぱ、盗人を云ふ也(俳諧・反故集)、

等々と、

盗賊、

の意でも使う(岩波古語辞典・大言海)意味では、人口に膾炙していたと思われる。室町末期の『日葡辞書』にも、

Suppa(素波、水破)、

は、

欺瞞、虚言、

の意で、

Suppana mono(素波・水破な者)、

は、

浮浪者、人をだます者、

の意とある。ただ、ここから、どう意味の外延を広げても、

忍び仕事、

をする意や、

虚言、

の意からは、真逆の、

突然、人の隠し事などを暴く、

意の、

すっぱ抜く、

が出てくる可能性は、僕は低いと見る。

なお、忍者やその作戦行動については、
盛本昌広『境界争いと戦国諜報戦』http://ppnetwork.seesaa.net/article/396352544.html
「忍」http://ppnetwork.seesaa.net/article/416745079.html
で触れた。

参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
三田村鳶魚『江戸ッ子』(Kindle版)
盛本昌広『境界争いと戦国諜報戦』(歴史新書y)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
山口仲美編『擬音語・擬態語辞典』(講談社学術文庫)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:37| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする