「ひと」は、
人
と当てるが、
生物としての人間。社会的に一人前の人物として認められている人間。また、特に自分が深い関心や愛情を抱いている人物。また、社会的に無視できない人物をいう、
とある(岩波古語辞典)。
わくらばにひととはあるを人並に吾(あれ)も作(なれ)るを綿もなき布肩衣(ぬのかたぎぬ)の海松(みる)のごとわわけさがれるかかふのみ肩にうち掛け(山上憶良)、
と、物や動物に対して人間の意、
いつしかも人と成り出でて悪しけくも善けくも見むと大船の思ひ頼むに思はぬに邪しま風のにふふかに覆ひ来れば(万葉集)、
と、一人前の人間の意、
人柄は、宮の御人にて、いとよかるべし(源氏物語)、
と、深い関心・愛情の対象としての人間の意、
汝をと吾(あ)をぞひとそ離(さ)くなるいで吾君(あがきみ)人の中言(なかごと)聞きこすなゆめ(万葉集)、
と、社会的に自分と対立する人間(岩波古語辞典)、他人の意、あるいは、
これは、君もひとも見を合はせたりといふなるべし(古今集序)、
と、
大君一人に対し、天が下の人、つまり臣の意(大言海)、等々で使われる。
「ひと」は、「ヒ(霊)」とからめて、
ヒ(靈)のト(止)まる所の意、またヒト(靈処)の義(大言海・東雅・名言通・本朝辞源=宇田甘冥)、
ヒト(靈者)の義(日本古語大辞典=松岡静雄)、
「精神を持った存在、ヒト(靈処)、ヒト(靈者)、すぐれた存在、ヒ(秀)+ト(人)の意(日本語源広辞典)、
ヒト(秀者)の義(日本古語大辞典=松岡静雄)、
等々とする説があるが、「ひこ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/483945574.html?1634499550)で触れた、
ヒは系譜を継ぐ意で用いるヒコ(孫)・ヒヒコ(曾孫)と同源、トはタミ(民)のタと同源(続上代特殊仮名音義=森重敏)、
もあるが、ヒ(日)と関わらせ、
日の友の義(日本釈名・柴門和語類集)、
ヒト(日与)の義、日と与(とも)に生きる意(和訓栞)、
日の徳の止まるの略、また日に等しの略(国語蟹心鈔)、
等々とするよりは、「ひこ」が、
日+子、
なら、それと準じて、
甲類ヒ(霊・日)+乙類ト(止・留・処・所・跡・迹)で、「霊の留どまるところのものとの旨か、
とする(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E3%81%B2%E3%81%A8)のが順当に思えるが、確定していないようだ。
「ヒ(日)」は、太陽の意だが、「ヒ(靈)」は、
太陽神の信仰によって成立した観念、
とあり(岩波古語辞典)、両者はつながる。
「ひと」に対する「もの」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/462101901.html)については触れたが、「もの」は、
形があって手に振れることのできる物体をはじめとして、広く出来事一般まで、人間が対象として感知・認識しうるものすべて。コトが時間の経過とともに進行する行為をいうのが原義であるに対して、モノは推移変動の観念を含まない。むしろ変動のない対象の意から転じて、既定の事実、避けがたいさだめ、普遍の慣習・法則の意を表す。また、恐怖の対象や、口に直接指すことを避けて、漠然と一般的存在として把握し表現するのに広く用いられた。人間をモノと表現するのは、対象となる人間をヒト(人)以下の一つの物体として蔑視した場合から始まっている、
とある(岩波古語辞典)。「オニ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/461493230.html)で触れたように、折口信夫は、古代の信仰では
かみ(神)と、おに(鬼)と、たま(霊)と、ものとの四つが代表的なものであった、
としている(鬼の話)が、大野晋は、
「もの」という精霊みたいな存在を指す言葉があって、それがひろがって一般の物体を指すようになったのではなく、むしろ逆に、存在物、物体を指す「もの」という言葉があって、それが人間より価値が低いと見る存在に対して「もの」と使う、存在一般を指すときにも「もの」という。そして恐ろしいので個々にいってはならない存在も「もの」といった、
とし(「もの」という言葉http://www.fafner.biz/act9_new/fan/report/ai/oni/onitoyobaretamono.htm)、「もの」としか呼べないもののなかから、かみ(神)と、おに(鬼)と、たま(霊)と分化していった、としている。
「人」(漢音ジン、呉音ニン)は、
象形。人の立った姿を描いたもので、もと身近な同族や隣人仲間を意味した、
とあり、その範囲を、
四海同胞、
まで広げ、それを仁と呼んだ(漢字源)、とある。
なお、「こと」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/462119208.html)についても触れた。
立っている姿には違いないが、
人が立って身体を屈伸させるさまを横から見た形にかたどる(角川新字源)、
人が立っている姿の側面を描いたもの(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%BA%BA)、
というところだろう。
(「人」 金文・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%BA%BAより)
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95