飲食する、
意の言葉には、
食う、
食む、
食べる、
等々がある。
「食べる」は、「食う」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/479896241.html?1612555520)で触れたように、
平安時代には、和文脈にクフ、漢文脈にクラフが用いられ、待遇表現としてのタブ(のちにはタブルを経てタベル)も登場する。室町時代には、クラフが軽卑語、クフが平常語となり、タブルも丁寧語としての用法から平常語に近づいていった。江戸時代には、待遇表現としてのメシアガルなどが増加し、現在の用法とかなり近くなった。現在では、上位の者から下位の者が物をいただくの意から転じた「たべる」の方が上品な言い方とされる、
とあり(日本語源大辞典)、「たまふ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/479566809.html)で触れたように、「たまふ」は、
タマフの受動形。のちにタブ(食)に転じる語、
である下二段動詞として、
(飲み物などを)いただく、
の意味に転じたので、
「たべる(たぶ)」はもともと謙譲・丁寧な言い方であった、
のが、敬意がしだいに失われ通常語となったものである。そのため、現代語では、食する意では「食う」がぞんざいで俗語的とされ、一般に「食べる」を用いる(デジタル大辞泉)に至ったためである。
「たまふ」と同義に、
たぶ(賜)、
たうぶ(賜)、
がある。「たぶ」は、
タマフの轉、
であり(岩波古語辞典)、「たうぶ」も、
「たまふ」あるいは「たぶ」の音変化で、主として平安時代に用いた、
とあり、「たぶ」も、
「たまふ」の訛ったもので、
tamafu→tamfu→tambu→tabu
という転訛と思われる(岩波古語辞典)。
「食う」は、「かむ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/464032673.html)で触れたように、
カム(醸)と同根。口中に入れたものを上下の歯で強く挟み砕く意。類義語クフは歯でものをしっかりくわえる意、
であり(岩波古語辞典)、古くは、「醸す」を、
かむ(醸)、
といっていた(大言海)。そして、
カム(噛む)は上下の歯をつよく合わせることで、「噛み砕く」「噛み切る」「噛み締める」などという。カム(噛む)はカム(咬む)に転義して「かみつく。かじる」ことをいう。人畜に大いに咬みついて狂暴性を発揮したためオホカミ(大咬。狼)といってこれをおそれた。また、人に咬みつく毒蛇をカムムシ(咬む虫)と呼んで警戒した。カム(咬む)はハム(咬む)に転音した。(中略)カム(噛む)はカム(嚼む)に転義して食物を噛み砕くことをいう。米を嚼んで酒をつくったことからカム(醸む)の語がうまれた。(中略)カム(嚼む)はカム(食む)に転義した。(中略)カム(食む)は母交(母音交替)[au]をとげてクム・クフ(食ふ)に転音した、
と(日本語の語源)、
カム(噛む)
↓
カム(嚼む)
↓
カム(醸む)
↓
カム(食む)
↓
クム(食む)
↓
クフ(食ふ)、
と、「カム(噛む)」から「カム(醸む)」を経て「クム・クフ(食ふ)」への転訛を、音韻変化から絵解きして見せる。そして、「かむ」は、
「動作そのものを言葉にした語」です。カッと口をあけて歯をあらわす。カ+ムが語源です、
と(日本語源広辞典)、擬態語説を採るものがある。あるいは、
カは、物をかむ時の擬声音(雅語音声考・国語溯原=大矢徹・音幻論=幸田露伴・江戸のかたきを長崎で=楳垣実)、
ともあり(日本語源大辞典)、
かむ行為の擬態語、擬音語、
というのが、オノマトペの多い和語の由来としては、一番妥当に思える。だから、
「噛む」
と
「醸す」
と
「食う」
は、殆ど由来を重ねている(http://ppnetwork.seesaa.net/article/479896241.html?1612555520)。
「食う」の意味では、上代、
はむ、
が使われていた「はむ」は、「食う」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/479896241.html?1612555520)で触れたように、
食む、
噬む、
と当て(岩波古語辞典)、
歯を活用す(大言海)、
「歯」を動詞化した語。歯をかみ合わせてしっかり物をくわえる意。転じて、物を口に入れて飲み下す意。クフが口に加える意から、食べる意に転じた類(岩波古語辞典)、
歯の動詞化(日本語源広辞典)、
ハは歯の義(国語本義)、
ハフクム(歯含)の義、またハム(歯見)の義(日本語原学=林甕臣)、
とあるように、「はむ」もまた「かむ」とつながっている。
で、「くらう(ふ)」は、
飲食する動作を卑しめて言う語、
で(岩波古語辞典)、
食らう、
喰らう、
等々と当て、
楫取り者のあはれも知らで、おのれ(己)し酒をくらひつれば、早く往なむとて(土佐日記)、
と、
がぶがぶ飲む、
かぶりつく、
といった、
飲む、食うのぞんざいな言い方、
とされ、「食う」と同様、それをメタファに、
生活する、
暮らしを立てる、
意でも使う(広辞苑)。神代紀には、
夫須噉(くらふ)八十木種皆能播生、
とあり、必ずしも貶めた言い方ではないし、字鏡(平安後期頃)には、
喫、囓、久良不、又波牟、
とあり、「くらう」と「はむ」が並んで載っているが、
「土佐日記」「宇治拾遺」「徒然草」などに見られる例では、身分の低いもの(楫取り)が情緒なく粗野に飲食する様子や、動物でも恐怖感を伴うような獣(虎・猫また)が人を食う様子を表し、「日葡辞書」でも「下賤な人や動物についていう」とある。「くふ」に比べて、侮蔑・嫌悪などのマイナス感情を伴う用い方が中世末期には定着していたと考えられる、
とある(日本語源大辞典)。ために、中古仮名文学作品には「くらふ」はほとんどみられない(仝上)が、
漢文訓読では「くふ」より「くらふ」の方が多い。「くらふ」は当時の卑俗語としての用例が影響したと解釈されている、
とある(仝上)。
「くらう」の語源は、
クヒアフル(噛合)の約、咥(くは)ふと通ずるか(半(なかば)、なから。荒廃(あばら)、疎疎(あらら)。意、通ず)。食ふ(くふ、くらふ同趣の活用)も、噛(く)ふより移るなり(大言海)、
ク(口・含)+ラ(開口音)+フ(継続)、口を開けて食べる意(日本語源広辞典)、
クル(牽)の義、ルはラフの反(和訓栞)、
クフ(口触)から、ラは助言(言元梯)、
クチアル(口有)の義(名言通)、
等々があるが、いまひとつピンとこないが、「咥(くは)ふと通ずる」とある「くはふ」は、
銜ふ、
啣ふ、
咥ふ、
等々と当て、
筆の尻をくはへて(源氏物語)、
と、
口または歯で軽くはさんで支えもつ、
意であり(広辞苑)、
クヒ(食)アフ(合)の約(岩波古語辞典)、
クヒアフル(噛合)の約(大言海)、
クは物の中へ入り込む義(国語の語根とその分類=大島正健)、
と、口に入るところを語源としている。確かに、これが一番近いとはいえるのだが。
「食」(漢音ショク・呉音ジキ、漢音シ・呉音ジ、漢音呉音イ)は、
会意。「あつめて、ふたをするしるし+穀物を盛ったさま」をあわせたもの。容器に入れて手を加え、柔らかくして食べることを意味する、
とある(漢字源)のは、
象形又は会意。たべものを盛った器「皀」に蓋(「亼」)をする様又は蓋をすること、
と(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A3%9F)、
象形。容器に食物を盛り(=㿝)、上からふたをしたさま(=亼)にかたどり、食物、ひいて「くう」意を表す、
と(角川新字源)同趣旨になる。
(「食」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A3%9Fより)
「喰」は、
会意。「口+食」。食の別体として、「くう」という訓をあらわすために作られた日本製漢字、
である(字源・漢字源)。
その動作性を強調した会意文字。国字なので、音読みは本来無いが、「食」の音を当て「木喰(もくじき 僧侶が用いたため呉音読み)」など固有名詞に用いた、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%96%B0)が、
《康煕字典・備考・丑集・喰》:「《龍龕》音餐。又音孫。」、中国本土においても一部の書物に同系の文字が見られ、字形の衝突が生じている。餐の異体字、
ともある(仝上)。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
ラベル:くらう