2021年11月09日

そうなし


「そう(さう)なし」は、

左右無し、

と当てる(広辞苑)。「左右」は、

とかくの意、

とあり、

この一条殿、さうなく道理の人にておはしましけるを(大鏡)、

と、

とやかく言うまでもない、

の意である(広辞苑・岩波古語辞典)。

サウは左右(とかく)の字の音読なり、

とある(大言海)。「とかく」http://ppnetwork.seesaa.net/article/455357293.htmlは、

左右、
取捨、
兎角、

と当てるが、その「左右」の「サユウ」は、

右の呉音(ユウ)、

とある(仝上)。つまり、「とかく」に当てた「左右」の訓みが、

サユウ→サウ、

と転訛したものということになる。ただ、漢字源では、

呉音ウ、漢音ユウ、

とあるので、呉音そのまま、

サウ、

かもしれない。

「そうなし」は、

とやかく言うまでもない、

の状態表現から、たとえば、

なほこの事さうなくてやまん、いとわろかるべし(枕草子)、

と、

どちらとも決めかねる、

と価値表現へシフトし、

かの太刀はまことに吉き太刀にてありければさうなく(弓と)さし替へてけり(今昔物語)、

と、

ためらわない、

と、より価値表現へと意味を広げた使い方がされているが、これは、

左右なく止まらざりければ、余所へなほ動いて(太平記)、

の、

すぐには、

の意や、

左右なく事行くとも覚えず(仝上)、

と、

たやすく、

という使い方へとつながるように思われる。

「左右(さう)」は、本来、

みぎとひだり(右と左)、

の意味だが、

山のさうより月日の光さやかにさし出て世を照らす(源氏物語)、

と、転じて、

かたわら、

の意となり、「左右(とかく)」の、

とかくのこと、あれこれ、

の意から、

人からもさうに及ばぬ上、和漢ともに人にすぐれ(保元物語)、

と、

とやかく言うこと、

の意となり、それが、

御左右遅しとぞ責めたりける(太平記)、

しらせ、たより、

あるいは、

諸事御左右に随ふべし(庭訓往来)、

と、

指示、命令、

の意に広がり、

軍(いくさ)の左右を待つと見るは僻事か(平治物語)、

と、

(あれやこれやの)どちらに落ち着くかという結果、決定、決着、

の意で使われ、

彼の国見て参れと云ひしに、未だ其の左右をば申さぬか、いかに(古今序注)、

と、

結果・状況についての知らせ、音信、

の意にも使う(広辞苑・岩波古語辞典)。だから、

是非の左右に及ばざる間(太平記)、

と、

よしあしの裁定がなされていない、

という意にまで使う。因みに江戸時代は、

傍より女房が御はじめ申すと、盃手に取り左右するよふな手つきをすれば(明和八年(1771)「遊婦多数寄」)、

と、

合図、

の意で使っている(江戸語大辞典)。

この「左右(そう)」が、「とかく」に当てた、

左右、

の音読みなのだとすると、本来は、

とかく、とやかく言うこと、

とかくの命(おほせ)、指図、

とかくの知らせ、

といった「とかく」の含意を持っていると言える。それは、「そうなし」が、

サウナクは、左右(とかく)の論なくにて、たやすく、言ふまでもなきの意となるなり、此語は、形容詞なれど、サウナク、サウナキとのみ用ゐられて、サウナシ、サウナケレバの形は見えぬやうになり、

と(大言海)、「とかく」の否定の形を持っているのと重なる。

「とかく」は、

指示副詞トカクとの複合語。トはあれ、あのように、の意。カクはこう、このようにの意。状態とか立場・条件などが、あれこれと二つまたはそれ以上あって不確定なさま、

とある(岩波古語辞典)。つまり、

と(副詞・ああ)+かく(副詞・こう)、

であり、

「トカク申すべきにあらず」トカクして出立ち給ふ(竹取物語)、此の二語の間に、他の語を挿みて用ゐること多し。「とニかくニ」「とテモかくテモ」「とニモかくニモ」「とヤかく」「とサマかうサマ」など、その意推して知るべし、

とある(大言海)ように、

とにかく、
とにかくに、
とにもかくにも、

は、

とかく、

に,言葉の語調や言葉を強調する意味で,「に」や「も」を足したというところのようである。「とかく」も、

あれやこれや、

の状態表現から、

どうのこうの、

と価値表現へ転じ、

いずれにせよ、

となり、

ともすれば、

の意へと転じていく。どうやら「そうなし」も「左右」も、「とかく」(あるいは「とにもかくにも」「とにかく」に等々)に置き換えていくと、たとえば、

そうなし→とかくなし、
左右→とかく、

と置き換えても、ある程度意味が重なる。「左右」の読みから、言葉の意味は広がったが「とかく」の意味の幅をそれほどは超えていないようである。

「左」 漢字.gif


「左」(サ)は、

会意。「ひだり手+工(しごと)」で、工作物を右手に添えて支える手、

とある(漢字源)が、工と、ナ(サ)(=ひだり手)とから成り、工具を取るひだり手、ひいて、ひだり側の意を表す。また、左手は右手の働きを助けるので、「たすける」意に用いる(角川新字源)がわかりやすい。

「手」 金文.png

(「手」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%89%8Bより)

ただ、この字源は、金文時代の説明にはなっているが、甲骨文字を見ると、そのもとになって「手」を示している字があるはずで、その説明がない。「手」は、五本指の手首を描いたもので、この「左手」とは合わない。しかし、

「左」という字は、甲骨文字ではまるで左手を上に上げた形状をしている。甲骨文字の右の字と相反する。金文と小篆の「左」の字は、下に一個の「工」の字を増やしたものである。ここでの工の字は工具と見ることが出来る、

とあるのでhttps://asia-allinone.blogspot.com/2012/07/blog-post_5.html、「手」を簡略化したものとみられる。

「左」 甲骨文字.png

(「左」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B7%A6より)

左 金文 追加.png

(「左」 金文・西周https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B7%A6より)

「右」(漢音ユウ、呉音ウ)は、

会意兼形声。又は、右手を描いた象形文字。右は、「口+音符又(右手)」で、かばうようにして物を持つ手、つまり右手のこと。その手で口をかばうことを意味する、

とある(漢字源)。

「右」 漢字.gif

(「右」 https://kakijun.jp/page/migi200.htmlより)

別に、

会意形声。口と、又(イウ 𠂇は変わった形。たすける)とから成る。ことばで援助することから、みちびく、「たすける」意を表す。のちに、又・佑(イウ)と区別して、「みぎ」の意に用いる、

とある(角川新字源)。

「右」 甲骨文字.png

(「右」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8F%B3より)

「右」 金文・西周.png

(「右」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8F%B3より)

更に、

会意兼形声文字です(口+又)。「右手」の象形(「右手」の意味)と「口」の象形(「祈りの言葉」の意味)から、「神の助け」、「みぎ」を意味する「右」という漢字が成り立ちました、

との解釈もあるhttps://okjiten.jp/kanji118.html

なお、「とにかく」http://ppnetwork.seesaa.net/article/455357293.htmlで「とかく」には触れた。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:53| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする