「綺ふ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/484547997.html?1637870959)で触れたように、「いらふ」に当てる漢字には、
綺ふ、
色ふ、
弄ふ、
借ふ、
等々があるが、ここでは、
答ふ(う)、
応ふ(う)、
とあてる「いらふ」である。
答える、
返答する、
意である。
いらへ(え)る(答へる・応へる)、
とも使う(広辞苑)。ただ、
(女の話に対して)二人の子は情けなくいらへてやみぬ(伊勢物語)、
煩わしくてまろぞといらふ(源氏物語)、
などは、
適当に返事する、
一応の返事をする、
意とある(岩波古語辞典)。だから、この語源は、
イ(唯)を語根として活用したもの(大言海)、
というよりは、
アシラフの転、アシの反イ(和訓考)、
イヘルアハセ(云合)の義(名言通)、
イヒカヘ(言反)の転(言元梯)、
イロフ(綺)と同じ意(和語私臆鈔)、
などと、何処かアイロニカルな含意を持つものの方に軍配が上がる。しかし、同じ意味で、
答ふ(う)、
応ふ(う)、
と当てる、
こたふ(う)、
もまた、
こたへ(え)る(答へる・答へる)、
とも使うが、この言葉は、
コト(言)アフ(合)の約(岩波古語辞典)、
言合(ことあ)ふるの約、傷思(いたおも)ふ、いとふ(厭)(大言海)、
とあるように、
たそかれと問はばこたへむ術(すべ)を無み(万葉集)、
と、
こと(言)を合わせる意、
になる(広辞苑)。それが転じて、
問はれて答ふの、ここなる事の、かしこに響くと、移りたるなり(大言海)、
となり、
打ちわびて呼ばらむ聲に山びこのこたへぬ山はあらじとぞ思ふ(古今集)
いなり山みつの玉垣うちたたき我がねぎごとを神もこたへよ(後拾遺)、
などと、
感じ、響く、通ず、應ず、反応す、
の意になる。この場合は、
応へる、
と当てる(大言海)。当然、そこから、
六魂へこたへてうづきまする(狂言記・あかがり)、
と、
刺激を受けて身に染みる、
とどく、
通る、
という意や、
われこの国の守となりてこのこたへせん(宇治拾遺)、
と、
報い、
返報、
の意でも使うに至る(岩波古語辞典)。
「こたふ」が、上代から用いられているのに対し、「いらふ」は、中古から例が見られるようになった。返事をする意の「こたふ」が単純素朴な返事であるのに対し、「いらふ」は自らの才覚で適宜判断しながら返事をする場合に多く用いられ、「こたふ」より自由なニュアンスがあったという。しかし、和歌ではもっぱら「こたふ」が用いられ、「いらふ」は用いられない。中古後期以降、散文では「こたふ」が勢力を回復し、「いらふ」よりも優勢となる、
とある(精選版日本国語大辞典)。「いらふ」と「こたふ」の微妙な含意の差は消えて、「こたふ」へと収斂していったということになる。当然、
答(いら)ふ、
と、
応(いら)ふ、
あるいは、
答(こた)ふ、
と
応(こた)ふ、
の当て分けの差異も薄れたとみていい。漢字では、
答は、當也、報也、先方の問に答ふるなり。
對は、人の問に、それは何々と、一々ことわけて答ふるなり。答よりは重し。
應は、あどうつ(人の話に調子を合わせて応答する)なり。孟子「沈同問、燕可伐與、吾應之曰、可」、
と使い分ける(字源)。
「応(應)」(漢音ヨウ、呉音オウ)は、
会意兼形声。雁は「广(おおい)+人+隹(とり)」からなり、人が胸に鳥を受け止めたさま。應はそれを音符とし、心を加えた字で、心でしっかり受け止めることで、先方からくるものを受け止める意を含む、
とあり(漢字源)、「応答」「応召」などと「答える」意で使い、「応募」「内応」などと、求めに応じる意、「応報」と報いの意もある。別に、
「應」の略体。 旧字体は、「心」+音符「䧹(説文解字では𤸰)」の会意形声文字、「䧹・𤸰」は「鷹」の原字で、人が大型の鳥をしっかりと抱きかかえる(擁)様で、しっかり受け止めるの意、
とも(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BF%9C)、
(「應」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji858.htmlより)
会意兼形声文字です(䧹+心)。「屋根と横から見た人と尾の短いずんぐりした小鳥の象形」(「鷹(たか)」の意味)と「心臓」の象形から、狩りに使う鷹を胸元に引き寄せておく事を意味し、そこから、「受ける」、「指名される」を意味する「応」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji858.html)。
「答」(トウ)は、
会意。「竹+合」で、竹の器にぴたりとふたをかぶせること。みとふたがあうことから、応答の意となった、
とある(漢字源)。別に、
形声。竹と、音符合(カフ)→(タフ)とから成る。もと、荅(タフ)の俗字で、意符の艸(そう)(くさ)がのちに竹に誤り変わったもの。「こたえる」意を表す、
とも(角川新字源)ある。
(「答」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji382.htmlより)
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95