2021年12月13日

機分


「きぶん」は、

気分、

と当てる他に、

機分、

とも当てる。「気分」は、

人の気分を離れて多くの年を経たり(今昔物語)、

と、

気持、
心持ち、

の意味と、

長老の気分強情(がんじゃう)なり(奇異雑談集)、

と、

気質、
気性、

の意があり、「機分」は、

其の子、獅子の機分あれば、教へざるに、中より身を翻して飛び揚り、死する事を得ずと云へり(太平記)、

と、

生まれつきの性質、
器質、

の意と、

末世の機分、戎夷(じょうい)の掌(たなごころ)におつべき御悟りなかりしかば(仝上)、



時勢、
時運、

の意がある(岩波古語辞典)。

「機微」http://ppnetwork.seesaa.net/article/403855330.htmlで触れたが、「機」は、類聚名義抄(11~12世紀)に、

機、アヤツリ、

とあり、

千鈞の弩(いしゆみ)は蹊鼠(けいそ)の為に機を発せず(太平記)、

とあるように、

弩のばね、転じて、しかけ、からくり、

の意、

迷悟(凡夫と佛)機ことなり、感応一に非ず(性霊集)、

と、

縁に触れて発動される神的な能力、
素質、
機根、

の意、

一足も引かず、戦って機已に疲れければ(太平記)、

と、

気力、
元気、

の意と、

御方(みかた)の疲れたる小勢を以て敵の機に乗ったる大勢に懸け合って(仝上)、

と、

物事のきっかけ、
はずみ、
時機、

の意と、

息も機も同じ物、節・曲と云ふも同じ文字なれども、謡ふときは習ひやうべつなり(音曲聲出口伝)、

と、

(心の働きとしての)息、
気、

の意図がある。漢字「機」(漢音キ、呉音ケ)が、

会意兼形声。幾(キ)は、「幺二つ(細かい糸、わずか)+戈(ほこ)+人」の会意文字で、人の首に武器を近づけて、もうわずかで届きそうなさま。わずかである、細かいという意を含む。「機」は、「木+音符幾」で、木製の仕掛けの細かい部品、僅かな接触で噛み合う装置のこと、

とあり(漢字源)、漢字「機」には、

はた、機織り機、「機杼」、
部品を組み立ててできた複雑な仕掛け、「機械」、
物事の細かい仕組み、「機構」「枢機(かなめ)」、
きざし、事が起こる細かいかみあい、「機会」「契機」「投機」、
人にはわからない細かい事柄、秘密、「機密」「軍機」、
勘の良さ、細かい心の動き、「機知」「機転」、

といった意味があり、和語「機」が、強く漢字の意味の影響を承けていることがわかる。

「機」 漢字.gif

(「機」 https://kakijun.jp/page/ki200.htmlより)

「気」は、「気」http://ppnetwork.seesaa.net/article/412309183.htmlで触れたように、

漢字の「気(氣)」(漢音キ、呉音ケ)は、

会意兼形声。气(キ)は、遺棄が屈折しながら出て来るさま。氣は「米+音符气」で、米をふかすとき出る蒸気のこと、

とあり(漢字源)、漢字の「気」の意味は、

①息。「気息」「呼気」、
②固体ではなく、ガス状のもの。「気体」「空気」、
③人間の心身の活力。「気力」「正気」、
④漢方医学で、人体を守り、生命を保つ陽性の力のこと。「衛気」、
⑤天候や四時の変化を起こすもとになるもの陰暦で、二十四気。「節気」「気候」、
⑥人間の感情や衝動のもととなる、心の活力。「元気」「気力」、
⑦形はないが、何となく感じられる勢いや動き。「気運」「兵革之気」、
⑧偉人のいるところに立ちあがるという雲気。「望気術」、
⑨宋学で、生きている、存在している現象を言う。「理気二元論」、
⑩俗語で、かっとする気持ち。「動気」、

となる(仝上)が、「気」は、固有の日本語としてはない言葉で、漢字の音をそのまま使い、

目に見えないが、空中に満たされているもの、

といった意味で、漢字の意味を流用しながら、微妙に違う意味にスライドさせ、

①天地間を満たし、雨中を構成する基本と考えられるもの。またその動き、
・風雨・寒暑などの自然現象。「気象」「気候」「天気」、
・15日または16日間を一期とする呼び方。三分してその一つを、候と呼ぶ。二十四節気、
・万物が生ずる根元。「天地正大の気」、
②正命の原動力となる勢い。活力の源。「気勢」「精気」「元気」、
③心の動き・状態・働きを歩赤津的に表す。文脈に応じて重点が変る、
・(全般的に見て)精神。「気を静める」「気が滅入る」、
・事に振れて働く心の端々。「気が散る」「気が多い」、
・持ちつづける精神の傾向。「気が短い」「気がいい」、
・あることをしようとする心の動き。つもり。「どうする気だ」「気がしれない」「まるで気がない」「やる気」、
・あることをしようとして、それに惹かれる心。関心。「気をそそる」「気を入れる」「気がある」「気が乗らない」、
・根気。「気が尽きた」、
・あれこれと考える心の動き。気遣い。心配。「気を揉む」「気に病む」「気を回す」「気が置ける」「気になる」、
・感情。「気まずい」「気を悪くする」「怒気」、
・意識。「気を失う」、
・気質。「気が強い」、
・気勢。「気がみなぎる」、
④はっきりとは見えなくても、その場を包み込み、その場に漂うと感じられるもの、
・空気。大気。「海の気」「山の気」「気体」「気圧」、
・水蒸気のように空中にたつもの。気(け)、
・あたりにみなぎる感じ。「殺伐の気」「鬼気」「霊気」「雰囲気」、
・呼吸・息遣い。「気息」「酒気」、
⑤その物体本来の性質を形づくるような要素。「気の抜けたビール」、

等々(広辞苑)、僻目かもしれないが、どうも、具体的なもの、形而下的な、あるいは現象としての「気」にシフトして使われている気がしてならない。矮小化する、というと貶めすぎだろうか。

「氣」 漢字.gif

(「氣」 https://kakijun.jp/page/ke10200.htmlより)

「宇佐美文理『中国絵画入門』」http://ppnetwork.seesaa.net/article/401855141.htmlで触れたように、中国絵画では、

最初は、孫悟空の觔斗雲のような形、

で表現されていた(後漢時代の石堂の祠堂のレリーフにある)、霊妙な気を発する存在としての西王母の肩から湧くように表現されていた「気」が、

逆境にもめげず高潔を保つ精神性を古木と竹で表現した(金の王庭筠の「幽竹枯槎図」の)、

われわれが精神や心と呼んでいるものも、

気の働きと考えるようになり、そういう

画家の精神性が表現されたということは、画家のもっている気が表現された、あるいは形象化された、

という「気」まで、いずれも、「気」を表現したと見なす。簡単に言えば、中国絵画における気の表現は、気を直接形象化した表現から、実物の形象を使いつつ気を表現するというところまで変換して、「気」が形而上学化されていく、それは、宋学の「気」を出すまでもなく、

我善く浩然の気を養う。敢えて問う、何をか浩然の気と謂う。曰く、言い難し。その気たるや、至大至剛にして直く、養いて害うことなければ、則ち天地の間に塞(み)つ。その気たるや、義と道とに配す。是れなければ餒(う)うるなり。是れ義に集(あ)いて生ずる所の者にして、襲いて取れるに非ざるなり。行心に慊(こころよ)からざることあれば、則ち餒う也。

とある(孟子)、

浩然の気、

の「気」が、文天祥の、

天地に正気あり、
雑然として流形を賦す
下は則ち河嶽と為り
上は則ち日星と為る
人に於いては浩然と為る
沛乎として滄溟に塞(み)つ

の「正気の歌」につながる。これについては、「義」http://ppnetwork.seesaa.net/article/411864896.htmlで触れた。

さて、「気」と「機」は、「気」が、

こころ、
感情、

「機」が、

形、
機能、

といった大まかな違いがあったはずであるが、江戸時代になると、

むさと物事機にかけまじきことなり(宿直草)、

と、

「気」に同じ、一般に心の働きを示す語、

と(高田衛編・校注『江戸怪談集』)、ほぼ同義とされるのである。考えれば、

心の動き、

を、

機能、

で見るか、

表れ、

で見るかは、いずれ、同じになるのはやむを得ない。そう見ると、

いよいよ猛き心を振るひ、根機を尽くして(太平記)、

は、

気力の限りを尽くして、

の意だが、

手の限り闘って、機すでに疲れければ(仝上)、

は、

精も根も尽き果てた、

意だし、

敵の勢いに機を呑まれて(仝上)、

の、

気勢をそがれて、

の意や、

数ヶ度の戦いに腕緩(たゆ)み機疲れけるにや(仝上)、
敵の勇鋭を見ながら、機を撓(た)め給わず(仝上)、

などの用例などは、ほぼ「気力」の意で、「気」に置き換えても差はなくなってきているのである。

「機」 説文解字・漢.png

(「機」 説文解字・漢 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A9%9Fより)

漢字「気」については、別に、

角川新字源
旧字は、形声。意符米(こめ)と、音符气(キ)とから成る。食物・まぐさなどを他人に贈る意を表す。「餼(キ)」の原字。転じて、气の意に用いられる、

とも(角川新字源)、

会意兼形声文字です(米+气)。「湧き上がる雲」の象形(「湧き上がる上昇気流」の意味)と「穀物の穂の枝の部分とその実」の象形(「米粒のように小さい物」の意味)から「蒸気・水蒸気」を意味する「気」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji98.html

「氣」 簡牘文字・戦国時代.png

(「氣」 簡牘文字・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%B0%A3より)

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:機分 気分
posted by Toshi at 05:11| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする