「轍魚(てつぎょ)」は、
轍にたまった水の中で苦しんでいる魚、
の意で、
義貞が恩顧の軍勢等、病雀花を喰うて飛揚の翅(つばさ)を展(の)べ、轍魚の雨を得て噞喁(げんぐう 魚が水面に口を出して呼吸すること)の唇を湿(うるお)しぬと(太平記)、
と、
困窮に迫られているものの喩え、
に言う(広辞苑)。
轍鮒(てつぷ)、
とも言う。
轍鮒之急、
涸轍之鮒、
とも言うが、これは、『荘子』外物に、
莊周家貧、故往貸粟於監河侯、監河侯曰、諾我將得邑金、將貸子三百金、可乎、莊周忿然作色曰、周昨來、有中道而呼者、周顧視、車轍中、有鮒魚焉、周問之曰、鮒魚來、子何為者邪、對曰、我東海之波臣也、君豈有斗升之水而活我哉、周曰、諾我且南遊子呉越之王、激西江之水而迎子、可乎、鮒魚忿然作色曰、吾失我常與、我無所處。吾得斗升之水然活耳、君乃言此、曾不如早索我於枯魚之肆、
とあるのによる(字源)。常與は水、の意。貧乏な莊周(荘子)が、
貸粟、
と頼んだところ、監河侯が、
諾我將得邑金、將貸子三百金、
と悠長なことを言ったのに対し、轍の鮒を喩えて、莊周が、
昨來、有中道而呼者、
見ると、
車轍中、有鮒魚焉、
その轍の鮒に、
君豈有斗升之水而活我哉、
と、一斗一升の水が欲しいと求められたのに対し、
諾我且南遊子呉越之王、激西江之水而迎子、
と間遠な答えをしたところ、
鮒魚忿然作色曰、吾失我常與、我無所處。吾得斗升之水然活耳、
と鮒が憤然として、そのように言うなら、
枯魚之肆、
つまり干物屋で会おうと言われたといって、監河侯をなじったのに由来する(故事ことわざの辞典)。これは、
籠鳥の雲を戀ひ、涸魚(かくぎょ)の水を求むる如くになって(太平記)、
とある、
涸魚(かくぎょ・こぎょ)、
ともいう。
カク、
は「涸」の漢音で、「涸魚」は、
水がない所にいる魚、
の意で、
今にも死にそうな状態、必死に助けを求めている状態などのたとえ、
として使われ、「轍魚」似た意味であるが、「轍魚」より事態は深刻かもしれない。
涸轍(こてつ)、
涸鮒(こふ)、
ともいい、
涸轍鮒魚、
とも言い、出典は、上記「轍魚」と同じく『荘子』である(字源)。
小水之魚(しょうすいのうお)、
焦眉之急(しょうびのきゅう)、
風前之灯(ふうぜんのともしび)、
釜底游魚(ふていのゆうぎょ)、
も似た意味になる(https://yoji.jitenon.jp/yojii/4389.html)。
なお、
涸魚(こぎょ)、
枯魚(こぎょ)、
と書くと、
かれうお、
とも訓ませ、
魚のひもの、干し魚、
の意となる(精選版日本国語大辞典・広辞苑)。
「轍」(漢音テツ、呉音デチ)は、
会意兼形声。旁(音 テツ)は、さっと取り去る、過ぎ去るの意を含む。轍は、それを音符とし、車を加えた字で、車がさっと通りすぎた跡、
とある(漢字源)。
「涸」(慣用コ、漢音カク、呉音ガク)は、
会意兼形声。古は、頭蓋骨を描いた象形文字で、かたく乾いた意を含む。固は「囗(四方を囲んだ形)+音符古」の会意兼形声文字で、周囲からがっちり囲まれて動きの取れないこと。涸は「水+音符固」で、水がなくなって堅くなること、
とある(漢字源)。
(「涸」 説文解字・漢 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%B6%B8より)
参考文献;
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
ラベル:轍魚