「南枕」は、
頭を南に、足を北へ向けて寝る、
つまり、
「北枕」の、
頭を北へ、足を南へ向けて寝る、
の真逆であるが、
河野備後守、搦手より攻め入る敵を支えて、半時ばかり戦ひけるが、精力尽きて深手あまた所負ひければ、攻め(口)を一足も引き退(しりぞ)かず、三十二人腹を切って、南枕にぞ臥したりける(太平記)、
と使われ、
北枕の反対で、成仏を拒む死に方、
と注記されている(兵藤裕己校注『太平記』)。
「北枕」は、
北枕に寝かせるのは「涅槃経(ねはんぎょう)」に、お釈迦さまのご入滅された時、頭を北にして顔を西に向けておられた姿をされたと書かれていることによります。また部屋の都合で北枕にできない時は西枕でもよいとされています。世界の仏教国ではこの風習があり、日本では「遺体は之を北枕に寝させ、今まで使用していた枕を除き、白布又はタオルを畳んで頭の下に敷く、顔面へは白布をかけ、枕元に屏風を逆に立て、小机の上に灯火と線香を供える。又魔除けのために刀を置き袈裟を遺体の上に置く」習俗が古代からありました、
とあり(http://www.hokkeshu.jp/faq/faq_02.html)、
頭北面西右脇臥(ずほくめんさいうきょうが)、
といい、
釈迦が入滅した時の姿。その姿にならって、人が死んだ時、死者を北枕にし、顔を西に向け、右脇を下にして寝かせること
とある(精選版日本国語大辞典)。
頭北面西、
頭北西面、
頭北西面右脇臥、
ともいう。『仏本行経』には、
仏、便(すなわ)ち縄床(じょうしょう)に在り、右脇にして倚臥し、面を西方に向け、首を北にして足を累(かさ)ぬ(仏本行経)、
とあり(http://jodoshuzensho.jp/daijiten/index.php/%E9%A0%AD%E5%8C%97%E9%9D%A2%E8%A5%BF)、インドでは身分の高い人物はこのように臥されるといわれる(仝上)が、しかし、
これは仏教が将来、北方で久住するという考えから“頭北”が生まれたものである。ただし、この説は北伝の大乗仏教のみで後代による解釈でしかない、
ともあり(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E6%9E%95)、また、
過去には中国でも北枕の風習があったと言われる。ただし、それは仏教に根付くものではなく、食中毒などの急死の際に、北枕に寝かせることで生き返ることがあったためである。この中国思想における北枕の思想は古墳時代初期における西日本の権力者の間にも伝わったと見られ、畿内・吉備・出雲における古墳被葬者に古代中国の宗教思想である「生者南面、死者北面」が流行したと考えられている
ともある(仝上)。仏教由来で、少し「北枕」の持つ意味が変わったようである。
日本では、釈迦の故事に因み、
死を忌むことから、北枕は縁起が悪いこととされ、死者の極楽往生を願い遺体を安置する際のみ許されていた、
とある(仝上)。つまり、
成仏、
を願う意図である。冒頭の、意識して、
南枕、
とするのは、それを願わぬ、という意志であり、深読みすれば、
魂魄この世に留まりて、
ということになる。「魂魄」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/456697359.html)で触れたように、「こんぱく(魂魄」は、
人間の精神的肉体的活動をつかさどる神霊、たましいをいう。古代中国では、人間を形成する陰陽二気の陽気の霊を魂といい、陰気の霊を魄という。魂は精神、魄は肉体をつかさどる神霊であるが、一般に精神をつかさどる魂によって人間の神霊を表す。人が死ぬと、魂は天上に昇って神となり、魄は地上に止まって鬼となるが、特に天寿を全うせずに横死したものの鬼は強いエネルギーをもち、人間にたたる悪鬼になるとして恐れられた、
とある(世界大百科事典)。死後も戦い続ける意志とみられる。
風水では、北枕は、
頭寒足熱の理にかなった「運気の上がる寝方」とされており、「頭寒足熱」説は体にいいとされる根拠の一つとなっている。また、「地球の磁力線に身体が沿っていることによって血行が促される」とする説も存在し、心臓への負担を和らげるため体にいいとされる考えがあり、「釈迦が北へ枕を向けたのもそのため」とする説もある、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E6%9E%95)が、
地球の磁力線は水平面に平行しているわけではなく、伏角(地球の磁力線と水平面との角度)と呼ばれる角度だけ傾いているため、北枕にして水平に寝ても「磁力線に身体が沿った状態」とはならない、
らしい(仝上)。
因みに、「南枕」は、風水では、
南枕はおすすめできません。自然の気の流れに逆らう方位でもあるため、熟睡できずにエネルギーも上手く補充できません。健康を損なう場合もあるのでご注意を、
とある(http://happism.cyzowoman.com/2012/01/post_377.html)。
「南」(慣用ナ、呉音ナン、漢音ダン)は、「南」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/445223906.html)で触れたように、
会意兼形声。原字は、納屋ふうの小屋を描いた象形文字。南の中の形は、入の逆形が二線にさしこんださまで、入れこむ意を含む。それが音符となり、屮(くさのめ)と囲いのしるしを加えたのが南の字。草木を囲いで囲って、暖かい小屋の中に入れこみ、促成栽培をするさまを示し、囲まれて暖かい意、転じて取り囲む南がわを意味する。北中国の家は北に背を向け、南に面するのが原則、
とある(漢字源)。別に、
象形。鐘状の楽器を木の枝に掛けた形にかたどる。南方の民族が使っていた楽器であったことから、「みなみ」の意を表す(角川新字源)、
形声。テントと、丹(タン→暖)を組み合わせたもので、家の中が暖かいという意味。転じて、南を表す。鐘の形がもとになっている(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8D%97)、
会意文字です。「草」の象形と「入り口」の象形(「入る」の意味)と「風をはらむ帆」の象形(「風」の意味)から春、草・木の発芽を促す南からの風の意味を表し、そこから、「みなみ」を意味する「南」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji150.html)、
等々の解釈がある。
(「南」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8D%97より)
「北」(ホク)の字は、「北ぐ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/484709038.html?1638820800)で触れたように、
会意。左と右の両人が、背を向けて背いたさまを示すもので、背を向けてそむくの意。また、背を向けて逃げる、背を向ける寒い方角(北)などの意を含む、
とある(字源)。
「枕」(慣用チン、漢音・呉音シン)は、
会意兼形声。冘(イン・ユウ)は、人の肩や首を重荷でおさえて、下に押し下げるさま。古い字は、牛を川の中に沈めるさま。枕はそれを音符とし、木を加えた字で、頭でおしさげる木製のまくら、
とある(漢字源)。音符冘(イム)→(シム)と音変化したらしい(角川新字源)。別に、
会意形声。「木」+音符「冘」。「冘」は、H字形のもので押しつけ「沈」めることを意味。頭で押しつける木製のまくらを意味したもの(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9E%95)、
会意兼形声文字です(木+冘)。「大地を覆う木」の象形と「人がまくらに頭を沈める」象形から、「(木製の)まくら」を意味する「枕」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji2133.html)、
等々の解釈もある。共通するのは、「木製のまくら」とである。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95