ただ二人して言ふ事だに、「天知る、地知る、汝知る、吾知る」と云へり。況や、これ程の大勢が集まって、云ひ囁く事なれば、なじかは隠れあるべき(太平記)、
というように、
誰も知るまいと思っても天地の神は照覧し、自分も知り、それをしかけるあなたも知っていることだ。隠し事というものはいつか必ず露顕するものだ、
の意で、悪事の隠蔽をいさめる例言などとして用いられる(精選版日本国語大辞典)。
出典は、『後漢書』楊震列伝。
至夜懷金十斤、以遺震。震曰、故人知君、君不知故人、何也。密曰、暮夜無知者。震曰、天知、神知、我知、子知、何謂無知。密愧而出、
で、
(王密は)夜になって、金十斤を懐にし、楊震に賄賂として贈ろうとした。楊震が、「私は君の人となりを知っているのに、君が私の人となり(賄賂を受け取る人間ではない)を知らないのはどういうことだ」というと、王密は「日も暮れて誰も知るまい」といった。楊震は「天も、神も、私も、あなたも知っている。誰も知らないとどうして言えるんだ」といった。王密は恥じ入ってそのまま部屋を出た、
などと訳される(https://ja.wiktionary.org/wiki/・精選版日本国語大辞典等々)。
天知、神知、我知、子知、
が元。「子」は、
二人称の代名詞、
とされ、また、
人、
の意でもあり(漢字源)、
天知る、地知る、我知る、人知る、
天知る、地知る、子知る、我知る、
等々ともいわれる(仝上)。さらに、『十八史略』の時代には、
「神」を「地」として伝わる、
とされ、
天知る、地知る、我知る、汝知る、
ともいう(仝上)。
中国語では、
天知地知你知我知、
と表記されるらしい(仝上)。
天知、神知、吾知、子知、
故に、
四知(しち)、
楊震の四知、
とも言い、『後漢書』楊震伝の賛に、
震畏四知、秉去三惑、
とあるのにより、
ここをもって、やうしんは四知をはぢてとらず(「九冊本宝物集(1179頃)」)、
と使われる(精選版日本国語大辞典)。
秉去三惑(へいきょさんわく)、
は、後漢の楊秉(ようへい)が、常に「三つの誘惑」を絶ったという故事で、楊秉(ようへい)は、上記の楊震の子、
常に三つの不惑を有す、
と、己が戒めとしていたという(不惑は、酒・女色・財である)。つまり、父は、四知を畏れ、子は三惑を去った、というのが賛の意図らしい(https://gonsongkenkongsk.blog.fc2.com/blog-entry-603.html)。
天知、神知、吾知、子知、
の類義句に、
天網恢恢疎にして漏らさず、
がある。「天網恢恢」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/438205191.html)で触れたように、もとは『老子』に、
天網恢恢、疎而不失、
とあるのによる。
天の道は、争わずして善く勝ち、言わずしてよく応じ、召さずしておのずから来たり、繟然(せんぜん)として善く謀り、天網恢恢、疎にして失わず、
とあり、
自然の運行というものは、素晴らしく懐が深く、大きなもので、その道に従ってさえいれば、争わなくても勝つようになり、相手に言わなくても、自分の意図が通じ、必要と思えば、呼ばなくても訪ねてくるものです。自然のはかりごとは、人の考えよりずっと壮大なものです、
だから、
疎にして失うことはない、
と。これが載る章(七十三章)は、
敢えてするに勇なれば則ち殺(さつ)、敢えてせざるに勇なれば則ち活(かつ)。此の両者は、或いは利、或いは害。天の悪(にく)む所は、孰(たれ)かその故(こ)を知らん。是を以て聖人は猶お之を難しとす。天の道は、争わずして善く勝ち、言わずして善く応じ、召さずして自(お)のずから来たり、繟然(せんぜん)として善く謀る。天網は恢恢、疎にして失わず、
とあり、
人為的な刑罰よりも自然の裁きに任せて無為の政治を行うべきこと、
を述べているとされる。とすると、天はわかっているのだから、
天意を迎えて利害を揣(はか)るは、其の已(や)むるに如かず(列子)、
ということらしい。
「天」(テン)は、
指事。大の字に立った人間の頭の上部の高く平らな部分を一印で示したもの。もと、巓(テン 頂)と同じ。頭上高く広がる大空もテンという。高く平らに広がる意を含む、
とある(漢字源)。
(「天」 金文・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A4%A9より)
別に、
象形。人間の頭を強調した形から(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A4%A9)、
指事文字です。「人の頭部を大きく強調して示した文字」から「うえ・そら」を意味する「天」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji97.html)、
指事。大(人の正面の形)の頭部を強調して大きく書き、頭頂の意を表す。転じて、頭上に広がる空、自然の意に用いる(角川新字源)、
等々ともある。
参考文献;
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)
吉川幸次郎監修『老子』(朝日新聞社)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95