2022年01月02日

夜光の璧


「夜光」とは、

暗いところで、光を出すこと、

の意だが、

「夜光の璧(やこうのたま)」とは、

夜光る玉、

で、

昔、中国で、随侯の祝元陽が蛇から授かったと伝えられる暗夜でも光るという貴重な璧、

の意である。

今可取捨之由忝有此命、夜光之璧何如琢磨乎(「明衡往来(11世紀中頃)」)、

とある(精選版日本国語大辞典)。また、

南海有珠、即鯨目、夜可以鑒、謂之夜光珠(「述異記(5世紀末)」)、

ともあ(字源)、史記・鄒陽(すうよう)伝に、

故無因至前、雖出隋侯之珠、夜光璧、猶結怨而不見徳、

ともある(大言海)。この「夜光璧」と対比されるのが、

和氏璧(かしのたま)、

である。「和氏」とは、

卞和(べんか)、

の謂いで、「卞和」は、

春秋時代の楚のひと、玉璞を得て、楚の厲王(れいおう)に獻ぜしに、王以て詐と為し、其の左足を刖(あしき)る、武王の時、また獻せしに、又以て詐と為し、其の右足を刖る、文王位に即くに及び、王玉人をして之を琢かしめたるに果たして寶玉を得たりと云ふ、

とある(字源・広辞苑)。「璞」(漢音ハク、呉音ホク、慣用ボク)は、

会意兼形声。菐(ボク)は、荒削りのままの意を含む、

とあり、「璞」は、

あらたま、

と訓み、

未だ磨かれていない玉、

の意である(漢字源)。この璧を、名付けて、

和氏の璧、

といった、という。韓非子に載る逸話である。さらにこの名玉は、

秦の昭王十五城を以て之に代へんことを(趙・惠王に)請へり、故に云ふ、

連城璧(れんじょうのたま)、

とある(字源)。楊炯は、

趙氏連城璧、由来天下傳、送君還舊府、明月滿前川

と詠い(夜送趙縦詩)、

惠王之珠、光能照乗、和氏之璧、価値連城、

とある(成語考)

前漢時代の楚王墓から出土した璧.jpg

(前漢時代の楚王墓から出土した璧 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%92%A7より)

ただ、秦の昭王は、十五城を渡さず、危うくただ取りされるところを、趙の使者・藺相如が智謀と勇気によって取り返した、

とされる(故事ことわざの辞典)。

日本では、

夜光璧、

和氏璧、

とが混同され、たとえば、

(和氏璧を)磨かせらるるに、その光天地に映徹して、双びなき玉になりにけり。これを行路に懸けたるに、車十七両を照らしければ、照車の玉(ぎょく)とも名づけ、これを宮殿に懸くるに、夜十二街(がい)を燿(かがや)かせば、夜光の璧(へき)とも名づけたり(太平記)、

と、両者が同一視されている。「照車の玉」は、

「車の前後各十二乗を照らす」(田敬仲完世家)とある珠。卞和の玉とは別のものだが、わが国では早くから同一視された(奥義抄他)、

とある(兵藤裕己校注『太平記』)。藺相如の智謀については、『太平記』に、秦王に面会し、

藺相如、畏まって申しけるは、先年、君王に献ぜし夜光の玉、隠れたる瑕の少し候ふを、かくとも知らせまゐらせで進じ置き候ひし事、第一の落度にて候。凡そ玉の瑕を知らで置きぬれば、つひに主(ぬし)の宝とならぬ事にて候ふ間、趙王、臣をしてこの玉の瑕を君に知らせまゐらせんために、参じて候ふなりと申しければ、秦王、悦びてかの玉を取り出し、玉盤の上に居(す)ゑて、藺相如が前に置かれたり。藺相如、この玉を取って楼閣の柱に押し当てて、劔を抜いて申しけるは、それ君子は言約(げんやく)の堅きこと、金石の如し。そもそも趙王、心飽きたらずと云へども、秦王、強いて十五の城を以てこの玉に替へ給ひき。しかるに、十五の城をも出だされず、また玉をも返し給はらず。これ盗跖が悪にも過ぎ、文成が偽りにも越えたり。この玉、全く瑕あるにあらず、ただ臣が命を玉とともに砕きて、君主の座に血を淋(そそ)かんと思ふゆえに、参じて候ふなりと怒(いか)って、珪(たま)と秦王とをはたと睨み、近づく人あらば、忽ちに玉を切り破(わ)りて、返す刀に腹を切らんと、誠に思ひ切ったる眼差事柄、あへて遮り止むべき様もなかりけり。秦王呆れて言(ことば)なく、群臣恐れて近づかざれば、藺相如、つひに連城の玉を奪ひ取って、趙の国へぞ帰りにける、

とある。事実https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%BA%E7%9B%B8%E5%A6%82とは異なるが、日本では「夜光の玉」と混同していることもよくわかる。藺相如と廉頗(れんぱ)との関係が、

刎頸の交わり、

であるhttp://ppnetwork.seesaa.net/article/468609632.html。また、

完璧、

も、藺相如のこの逸話から生れた、とされる。史記・廉頗・藺相如伝に、

相如曰、願奉璧往、使城入趙、而璧畱(留)秦、城不入、臣請完璧歸趙、

とあり、「完璧」は、

玉をまっとうす、

の意で、

人の物を返す、

に言う(字源)、あるいは、

(藺相如の故事から)大事なことをやり遂げること、
大切なものを取り返すこと、

とある(故事ことわざの辞典)。ただ、わが国では、

きずのない玉、

の意と取り、

欠点がなく、すぐれてよいこと、完全無欠、

の意で使う(広辞苑)

「璧」 漢字 .gif


「璧」(漢音ヘキ、呉音ヒャク)は、

会意兼形声。「玉+音符辟(ヘキ、 平ら、薄い)」、

とある(漢字源)。別に、

会意兼形声文字です(辟+玉)。「うずくまる人の象形と針で切りつけた傷の象形と入れ墨をする為の針の象形」(刑罰権を持つ「きみ・君主」の意味)と「3つの玉を縦ひもで貫き通した象形」(「玉」の意味)から、「(きみの持つ)玉」、「玉のように美しい物、立派な物の例え」を意味する「璧」という漢字が成り立ちました、

との解釈もあるhttps://okjiten.jp/kanji2200.html

「璧」 成り立ち.gif

(「璧」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji2200.htmlより)

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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posted by Toshi at 05:03| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする