2022年01月10日

紅顔翠黛


その昔、紅顔翠黛の世に類ひなき有様を、ほのかに見染し玉簾の、ひまもあらばと三年(みとせ)余り恋慕しけるを、とかく方便(てだて)を廻らして盗みい出してぞ迎へける(太平記)、

とある、

紅顔翠黛(こうがんすいたい)、

は、

紅(くれない)の顔と翠(みどり)の眉墨、

で、

翠黛紅顔錦繍粧(翠黛紅顔錦繍(きんしゅう)の粧(よそお)ひ)、
泣尋沙塞出家郷(泣くなく沙塞(ささい)を尋ねて家郷を出づ)、

と(「和漢朗詠集(1018頃)」)、

容貌の美しい、

意である(兵藤裕己校注『太平記』)。

「紅顔」は、

朝有紅顔誇世路(朝(あした)には紅顔ありて世路(せろ)に誇れども)、
暮為白骨朽郊原(暮(ゆふべ)には白骨となりて郊原(かうげん 野辺)に朽(く)つ)、

と(「和漢朗詠集(1018頃)」)、

年若い頃の血色のつやつやした顔、

の意(広辞苑)で、

此翁白頭眞可憐、伊(これ)昔紅顔美少年、

と(劉廷芝)、

少年をいふ、

が(字源)、

嗟呼痛しきかも紅顔は三従(さんしょう)と長(とこしなえ)に逝き(万葉集)、

と、

婦人の麗しい容貌、

をもいう(広辞苑)。

漢字「紅」は、中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)によると、

赤糸と白糸からなる布の色、すなわち桃色、ピンク、

であり、中国ではその後、紅が赤を置き換えたhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%B4%85、とある。

赤は、きらきらとあかきなり(字源)、火のあかく燃える色(漢字源)、
紅は、桃色なり、
丹は、丹沙の色なり、大赤なり、
緋は、深紅色なり(字源)、目の覚めるような赤色(漢字源)、
絳(コウ)は、深紅の色(漢字源)、大赤色なり(字源)、
茜(セン)は、夕焼け色の赤色(漢字源)、
殷(アン)は、赤黒色なり、血の古くなりて黒色を帯びたるをいふ、

と(字源・漢字源)、赤系統の色の区別があり、「紅」は、

桃色に近いあか色、

である。

少年の顔色、

に、似つかわしい。「紅」を

くれなゐ、

と訓むのは、

呉(くれ)の藍(あゐ)、

と、中国から来た染料の意(漢字源)、とある。

「翠黛」は、

燕姫翠黛愁(杜甫)

と、

みどりのまゆずみ、

の意、さらに、

そのまゆずみで描いた美しい眉、

を指し(精選版日本国語大辞典)、それをメタファに、

煙波山色翠黛横(彦周詩話)、

と、

青き山の形容(字源)、
緑にかすむ山のたとえ(精選版日本国語大辞典)、

にも使い、さらに、

翠黛開眉纔画出、金糸結繭未繰将(「菅家文草(900頃)」)、

と、

柳の葉、

にも喩える(精選版日本国語大辞典)。

「翠」 漢字.gif

(「翠」 https://kakijun.jp/page/1495200.htmlより)

「翠」(スイ)は、

会意兼形声。「羽+音符卒(シュツ 小さい、よけいな成分を去ってちいさくしめる)」。からだの小さな小鳥のこと。また汚れを去った純粋な色、

とある(漢字源)が、別に、

形声文字です(羽+卒)。「鳥の両翼」の象形(「羽」の意味)と「衣服のえりもとの象形に一を付した」文字(「神職に携わる人の死や天寿を全うした人の死の時に用いる衣服」の意味だが、ここでは、「粹(スイ)」に通じ(「粹」と同じ意味を持つようになって)、「混じり気がない」の意味)から、色に混じり気のない羽の鳥「かわせみ」を意味する「翠」という漢字が成り立ちました、

との解釈もあるhttps://okjiten.jp/kanji2662.html

「翠」 成り立ち.gif

(「翠」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji2662.htmlより)

「黛」(漢音タイ、呉音ダイ)は、

形声。黒+音符代、

とあるのみだ(漢字源)が、

「黛」 漢字.gif

(「黛」 https://kakijun.jp/page/1678200.htmlより)

別に、

会意兼形声文字です(代+黒)。「横から見た人の象形と2本の木を交差させて作ったくいの象形」(人がたがいちがいになる、すなわち「かわる」の意味)と「煙出しにすすが詰まった象形と燃えあがる炎の象形」(すすの色が黒い事から、「黒い」の意味)から、「人の眉にとってかわる黒いすみ」を意味する「黛」という漢字が成り立ちました、

との解釈があるhttps://okjiten.jp/kanji2542.html

「黛」 成り立ち.gif

(「黛」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji2542.htmlより)

「紅」(漢音コウ、呉音グ、慣用ク)は、

形声。糸+音符工(コウ)、

としかない(漢字源)が、

「紅」 漢字.gif


別に、

形声。「糸」+音符「工」、同義同音字「絳」。植物性原料による染料(「糸」を染めるもの)。説文解字によると、赤糸と白糸からなる布の色、すなわち桃色、ピンク。中国ではその後、紅が赤を置き換えた、

とかhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%B4%85

形声文字です(糸+工)。「より糸」の象形と「工具(のみ又はさしがね)の象形」(「作る」意味だが、ここでは「烘(コウ)」に通じ(同じ読みを持つ「烘」と同じ意味を持つようになって)、「赤いかがり火」の意味)から、「あかい」、「べに」を意味する「紅」という漢字が成り立ちました、

とかhttps://okjiten.jp/kanji927.htmlの解釈がある。

「紅」 成り立ち.gif

(「紅」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji927.htmlより)

「顔(顏)」(漢音ガン、呉音ゲン)は、

会意兼形声。彥(ゲン)彦は「文(もよう)+彡(もよう)+音符厂(ガン 厂型にかどがたつ)」の会意兼形声文字で、ひたいがひいでた美男のこと。顏は「頁(あたま)+音符彥(ゲン)で、くっきりした美男のひたい、

とあり(漢字源)、

「厂(がけ)」は、岸(水辺のがけ)、雁(厂型に飛ぶ雁)と同系で、くっきりと角張っている意を含む、

とある(仝上)。

「顔」 漢字.gif

(「顔」 https://kakijun.jp/page/1837200.htmlより)

別に、

会意兼形声文字です(彦(彥)+頁)。「人の胸に入れ墨した」象形(模様、彩り」の意味)と「崖」の象形(「崖」の意味だが、ここでは、「鉱物性顔料」の意味)と「長く流れる豊かでつややかな髪」の象形(「模様、彩り」の意味)と「人の頭部を強調した」象形から「化粧をする部分、かお」を意味する「顔」という漢字が成り立ちました、

との説明もあるhttps://okjiten.jp/kanji20.html

「顔」 成り立ち .gif

(「顔」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji20.htmlより)

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 05:10| Comment(0) | カテゴリ無し | 更新情報をチェックする