その昔、紅顔翠黛の世に類ひなき有様を、ほのかに見染し玉簾の、ひまもあらばと三年(みとせ)余り恋慕しけるを、とかく方便(てだて)を廻らして盗みい出してぞ迎へける(太平記)、
とある、
紅顔翠黛(こうがんすいたい)、
は、
紅(くれない)の顔と翠(みどり)の眉墨、
で、
翠黛紅顔錦繍粧(翠黛紅顔錦繍(きんしゅう)の粧(よそお)ひ)、
泣尋沙塞出家郷(泣くなく沙塞(ささい)を尋ねて家郷を出づ)、
と(「和漢朗詠集(1018頃)」)、
容貌の美しい、
意である(兵藤裕己校注『太平記』)。
「紅顔」は、
朝有紅顔誇世路(朝(あした)には紅顔ありて世路(せろ)に誇れども)、
暮為白骨朽郊原(暮(ゆふべ)には白骨となりて郊原(かうげん 野辺)に朽(く)つ)、
と(「和漢朗詠集(1018頃)」)、
年若い頃の血色のつやつやした顔、
の意(広辞苑)で、
此翁白頭眞可憐、伊(これ)昔紅顔美少年、
と(劉廷芝)、
少年をいふ、
が(字源)、
嗟呼痛しきかも紅顔は三従(さんしょう)と長(とこしなえ)に逝き(万葉集)、
と、
婦人の麗しい容貌、
をもいう(広辞苑)。
漢字「紅」は、中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)によると、
赤糸と白糸からなる布の色、すなわち桃色、ピンク、
であり、中国ではその後、紅が赤を置き換えた(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%B4%85)、とある。
赤は、きらきらとあかきなり(字源)、火のあかく燃える色(漢字源)、
紅は、桃色なり、
丹は、丹沙の色なり、大赤なり、
緋は、深紅色なり(字源)、目の覚めるような赤色(漢字源)、
絳(コウ)は、深紅の色(漢字源)、大赤色なり(字源)、
茜(セン)は、夕焼け色の赤色(漢字源)、
殷(アン)は、赤黒色なり、血の古くなりて黒色を帯びたるをいふ、
と(字源・漢字源)、赤系統の色の区別があり、「紅」は、
桃色に近いあか色、
である。
少年の顔色、
に、似つかわしい。「紅」を
くれなゐ、
と訓むのは、
呉(くれ)の藍(あゐ)、
と、中国から来た染料の意(漢字源)、とある。
「翠黛」は、
燕姫翠黛愁(杜甫)
と、
みどりのまゆずみ、
の意、さらに、
そのまゆずみで描いた美しい眉、
を指し(精選版日本国語大辞典)、それをメタファに、
煙波山色翠黛横(彦周詩話)、
と、
青き山の形容(字源)、
緑にかすむ山のたとえ(精選版日本国語大辞典)、
にも使い、さらに、
翠黛開眉纔画出、金糸結繭未繰将(「菅家文草(900頃)」)、
と、
柳の葉、
にも喩える(精選版日本国語大辞典)。
「翠」(スイ)は、
会意兼形声。「羽+音符卒(シュツ 小さい、よけいな成分を去ってちいさくしめる)」。からだの小さな小鳥のこと。また汚れを去った純粋な色、
とある(漢字源)が、別に、
形声文字です(羽+卒)。「鳥の両翼」の象形(「羽」の意味)と「衣服のえりもとの象形に一を付した」文字(「神職に携わる人の死や天寿を全うした人の死の時に用いる衣服」の意味だが、ここでは、「粹(スイ)」に通じ(「粹」と同じ意味を持つようになって)、「混じり気がない」の意味)から、色に混じり気のない羽の鳥「かわせみ」を意味する「翠」という漢字が成り立ちました、
との解釈もある(https://okjiten.jp/kanji2662.html)。
(「翠」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji2662.htmlより)
「黛」(漢音タイ、呉音ダイ)は、
形声。黒+音符代、
とあるのみだ(漢字源)が、
別に、
会意兼形声文字です(代+黒)。「横から見た人の象形と2本の木を交差させて作ったくいの象形」(人がたがいちがいになる、すなわち「かわる」の意味)と「煙出しにすすが詰まった象形と燃えあがる炎の象形」(すすの色が黒い事から、「黒い」の意味)から、「人の眉にとってかわる黒いすみ」を意味する「黛」という漢字が成り立ちました、
との解釈がある(https://okjiten.jp/kanji2542.html)。
(「黛」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji2542.htmlより)
「紅」(漢音コウ、呉音グ、慣用ク)は、
形声。糸+音符工(コウ)、
としかない(漢字源)が、
別に、
形声。「糸」+音符「工」、同義同音字「絳」。植物性原料による染料(「糸」を染めるもの)。説文解字によると、赤糸と白糸からなる布の色、すなわち桃色、ピンク。中国ではその後、紅が赤を置き換えた、
とか(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%B4%85)、
形声文字です(糸+工)。「より糸」の象形と「工具(のみ又はさしがね)の象形」(「作る」意味だが、ここでは「烘(コウ)」に通じ(同じ読みを持つ「烘」と同じ意味を持つようになって)、「赤いかがり火」の意味)から、「あかい」、「べに」を意味する「紅」という漢字が成り立ちました、
とか(https://okjiten.jp/kanji927.html)の解釈がある。
(「紅」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji927.htmlより)
「顔(顏)」(漢音ガン、呉音ゲン)は、
会意兼形声。彥(ゲン)彦は「文(もよう)+彡(もよう)+音符厂(ガン 厂型にかどがたつ)」の会意兼形声文字で、ひたいがひいでた美男のこと。顏は「頁(あたま)+音符彥(ゲン)で、くっきりした美男のひたい、
とあり(漢字源)、
「厂(がけ)」は、岸(水辺のがけ)、雁(厂型に飛ぶ雁)と同系で、くっきりと角張っている意を含む、
とある(仝上)。
別に、
会意兼形声文字です(彦(彥)+頁)。「人の胸に入れ墨した」象形(模様、彩り」の意味)と「崖」の象形(「崖」の意味だが、ここでは、「鉱物性顔料」の意味)と「長く流れる豊かでつややかな髪」の象形(「模様、彩り」の意味)と「人の頭部を強調した」象形から「化粧をする部分、かお」を意味する「顔」という漢字が成り立ちました、
との説明もある(https://okjiten.jp/kanji20.html)。
(「顔」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji20.htmlより)
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95