2022年01月12日
蚍蜉大樹を動かす
この兵を以て、かの大敵に合はん事、たとへば蚍蜉の大樹を動かし、蟷螂の隆車を遮らんとするが如し(太平記)、
と、
蚍蜉(ひふ)大樹を動かす、
と、
蟷螂(とうろう)の隆車を遮らんとする、
は、共に、
弱者が自分の力や身分を弁えず、強者に立ち向かう、無謀で、身の程知らずの振舞い、
の喩えとして使われ(故事ことわざの辞典・広辞苑)、ほぼ同義である。「蚍蜉」は、
大蟻、
の意(字源・広辞苑)、あるいは、
羽アリ、
の意であり(白水中国語辞典)、
蚍蜉撼大樹(蚍蜉大樹を撼(うご)かす)、
は、時に後に
「可笑不自量」を伴う、
とある(仝上)のは、
蚍蜉撼大樹(蚍蜉大樹を撼(うご)かす)、
可笑自不量(笑うべし自ら量(はか)らざるを)、
からきている(韓愈・調張籍(張籍を調(の)ぶ)詩)。
蟷螂の隆車を遮らんとす、
は、
蟷螂の斧、
蟷螂が斧、
蟷螂が斧を以て隆車(りゅうしゃ)に向かう、
蟷螂車を遮る、
蟷螂の怒り、
蟷螂手を挙げて毒蛇を招き、蜘蛛網を張りて飛鳥を襲う、
蟷螂車轍(しゃてつ)に当る、
などともいう(故事ことわざの辞典)。「隆車」は、
大きな車、
の意。出典は、「淮南子(えなんじ)」人間訓の、
齊莊公出獵(斉(せい)の荘公出でて猟す)、
有一蟲、擧足將搏其輪(一虫有あり、足を挙て将に其の輪を搏(う)たんとす)、
問其御曰、此何蟲也(其の御に問いて曰く、此何の虫ぞや)、
對曰、此所謂螳螂者也(対えて曰く、此所謂螳螂なる者なり)、
其爲蟲也、知進而不知却、不量力而輕敵(其の虫たるや進むを知りて却くを知らず、力を量らずして敵を軽んず)、
莊公曰、此爲人而必爲天下勇武矣(荘公曰く、此人為(た)らば必ず天下の勇武為らん)、
廻車而避之(車を廻らして之を避さく)、
勇武聞之、知所盡死矣(勇武之を聞き、死を尽す所を知る)、
とか(https://kanbun.info/koji/toro.html・故事ことわざ辞典)、荘子・人間世(じんかんせい)の、
猶蟷螂之怒臂、以当車轍、則必不勝任矣(猶蟷螂の臂を怒らして以て車轍に当たるが如し、則ち必ず任に勝(た)へず)、
とか(故事ことわざの辞典)、後漢書・袁紹傳の、
乃欲運蟷螂之斧、禦隆車之隧(スイ 道)、
等々ある(http://fukushima-net.com/sites/meigen/246・故事ことわざの辞典・大言海)。『淮南子』の言葉は、
強敵を恐れない勇敢な姿、
の喩えとして使われているので、今日の「蟷螂の斧」の意味からは少しはずれる。荘子の言葉は、
中国の春秋時代、衛という国で、太子のお守り役に任命されたある人物が、太子が凶暴な性格であることを知って、どうしたものか蘧伯玉(きょはくぎょく)に相談をしました。すると蘧伯玉は、「螳螂を知らざるか、其の臂(ひぢ)を怒らして以て車轍に当たるを」と言って、身のほど知らずのことはせず、相手に合わせていくのがよいでしょう、と諭した、
というところからきている(故事成語を知る辞典)。これが今日の意味になる。
なお、漢文では、「蟷螂」は、
螳蜋、
螗蜋、
などとも書かれる(仝上)。類義の諺に、
石亀の地団駄、
小男の腕立て、
ごまめの歯ぎしり、
泥鰌の地団駄、
竜の鬚を蟻が狙う、
等々がある(故事ことわざ辞典)とされるが、
石亀の地団駄、
ごまめの歯ぎしり、
泥鰌の地団駄、
は、ちょっと含意が異なるような気がする。
「蚍」(ヒ)は、中国最古の字書『爾雅(じが)』(秦・漢初頃)に、
蚍蜉大螘、
とあり(螘は蟻)、
蚍蜉蟻子之援(ヒフキセシノエン 少しばかりの援兵に喩ふ 韓愈、張中丞伝後序「外無蚍蜉蟻子之援」)、
蚍蜉憾大樹(ヒフタイジュヲウゴカス 見識狭き者が妄りに大学者を批評するに喩ふ 韓愈詩「蚍蜉憾大樹、可笑不自量」)、
と、「蚍蜉」の用例以外載っていなかった(字源)。
「蜉」(慣用フ、漢音フウ、呉音ブ)は、
会意兼形声。「虫+音符孚化(フ =浮かぶ)」で、空中に浮遊する虫、
とある(漢字源)。「蜉蝣」は、蜻蛉の意となる。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95