不肖の身としてこの一大事を思ひ立ち候事、涯分を量(はか)らざるに似たりと云へども(太平記)、
の、
涯分、
は、
がいぶん、
と訓むが、
かいぶん、
とも訓ます(精選版日本国語大辞典)。
逍遥飲啄安涯分、何假扶揺九萬爲(蘆象詩)、
と、
身分に相応したこと、
身の程、
の意であり(字源)、そこから、
環視其中所有、頗識涯分(曾鞏文)、
と、
本分、
の意にもなる(仝上)が、「涯分」は、
かぎり、
の意である。さらに、
涯分武略を廻ぐらし、金闕無為なるやう成敗仕るべし(「平治物語(1220頃)」)、
と、
「身分相応に」の意から転じて、副詞的に、
自分の力の及ぶ限り、精一杯、
の意でも用いる(精選版日本国語大辞典・広辞苑)。
日本で中世以降に生じた用法である。本来名詞として用いられた漢語が、副詞としての用法に転じたという点は「随分」などと同様の変化をたどっている、
とある(仝上)。「随分」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/463881312.html)については、触れた。
「涯分」を超えると、
報国の忠薄くして、超涯の賞を蒙らん事、これに過ぎたる国賊や候ふべき(太平記)、
と、
度を超えたること、
分限に過ぎたること、
の意、つまり、
過分、
の意で、
超涯、
といい(大言海・広辞苑)、
身分不相応の昇進、
異例の抜擢、
を、
労功ありとて、超涯不次の賞を行はれける(太平記)、
と、
超涯不次(ちょうがいふじ)、
と使う(デジタル大辞泉)。しかし、それを、
シカラバ イカナルセイカノツマトモナシ、chôgai(チョウガイ)ノガイタクニホコルベシ(「サントスの御作業(1591)」)、
と、
一生涯にわたっていること、
の意でも使う例がある(精選版日本国語大辞典)。「涯」を、
果て、
と見なせば、「涯分」を、
精一杯、
と見なしたのと同じかと見える。
「涯」(漢音ガイ、呉音ゲ)は、
会意兼形声。厓(ガイ)は、「圭(土盛り)+音符厂(ガン・ガイ 切り立った姿)」の会意兼形声文字で、崖と同じく、切り立ったガケのこと。涯はそれを音符とし、水を加えた字で、水辺のがけ、つまり岸を表す、
とある(漢字源)。別に、
会意兼形声文字です(氵(水)+厓)。「流れる水」の象形と「削り取られた崖の象形と縦横線を重ねて幾何学的な製図」の象形(「傾いた崖」の意味)から、崖と水との接点「水際」を意味する「涯」という漢字が成り立ちました。転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、「果て」の意味も表すようになりました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji1833.html)。
(「涯」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji1833.htmlより)
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95