素引きの精兵、畠水練の言(ことば)に、怖(お)づる人はあらじ(太平記)、
とある、
素引(すび)きの精兵(せいびょう)、
の、「素引き」とは、
矢をつがえずに、弓の強さをためすために弦だけ引き試みること、
で、「素引きの精兵」とは、
素引きだけは(弓の使い手のように)強そうに見えるが、実戦の役に立たない兵(兵藤裕己校注『太平記』・広辞苑)、
あるいは、
理論だけは詳しいが実戦には役に立たないものをあざけって言う(故事ことわざの辞典)、
あるいは、
敵なきに、矢を射ること(大言海)、
などの意で使う。
素引きの精兵、畠水練、
と並ぶ、「畠水練」も同義で、
畑で水練したような、実戦経験のない兵、
の意で(仝上)、
畳の上の水練、
ともいう。似た言い回しに。
砂上の楼閣、
机上の空論、
座上の空論、
絵に描いた餅、
等々がある。「素引き」は、
その後(のち)、百(もも)矢二腰(こし 百本の矢を入れた箙(えびら)をふたつ)取寄て、張替(が)への弓の寸引(すびき)して(太平記)、
と、
寸引き、
あるいは、
白引き、
とも当てる(岩波古語辞典)。「素引き」の意味は、文字通り、
弓に矢をつがえないで弦だけを引く、
意で(故事ことわざの辞典)、
虚控、
空張、
ともいう(武経開宗)らしい(大言海)が、意味に変遷がある。本来は、
安達の野辺の白檀弓(しらまゆみ)、押し張り素引き肩に懸け(義経物語)、
と、
弓弦(ゆづる)を引いて、張り具合を調べる、
意であるが、そこから、
ヒトノココロヲスビイテミル(日葡辞書)、
と、
試す、
試みる、
とか、
かかは彼の銀を取って素引いて見(浮世草子・好色貝合)、
と、
指先で調べる、
意に広がり(岩波古語辞典)、
箱王竹刀素引(スビキ)して(浄瑠璃・伊豆院宣源氏鏡)、
と、
太刀、竹刀(しない)などを振ること、
素振りすること、
の意でも使い(精選版日本国語大辞典)、さらには、
スヂガスビク(日葡辞書)、
と、
筋がひきつる、
意にまで広がり(岩波古語辞典)、
用意の早縄すびきしてずっと寄るを寄付ぬ(浄瑠璃・源平布引滝)、
と、
縄などをしごく、
意でも使う(精選版日本国語大辞典)に至る。
「素」(漢音ソ、呉音ス)は、
会意。「垂(スイ たれる)の略体+糸」で、一筋ずつ離れてたれた原糸、
とあり(漢字源)、「人工を加える前のもと」「生地のまま」の意で、
素以為絢兮(素以て絢(あや)となす)、
と(論語)、生地のままの「白い」(布)の意でもある(仝上)。別に、
会意。古体は「𦃃」。上部は垂の略で、撚り合わせる前の糸を意味する。疏、索と同系、
とか(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%B4%A0)、
形声。糸と、音符𠂹(スイ、サ)→(ソ 変わった形)とから成る。繭から取り出したばかりの生糸、転じて、かざりけがない、「しろい」意を表す、
とか(角川新字源)、
形声文字です(糸+昔の省略形)。「より糸」の象形(「糸」の意味)と「積み重ねた肉片と太陽の象形」(太陽にほした鳥獣の肉の意味だが、ここでは、「初」に通じ(「初」と同じ意味を持つようになって)、「初め」の意味)から、繭(まゆ)からつむぎだしたばかりの白い糸を意味し、そこから、「もと(初め)」、「白い」を意味する「素」という漢字が成り立ちました、
とか(https://okjiten.jp/kanji896.html)の諸解釈があるが、最後の二説が「白」につながる意を絵解きしている。
(「素」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%B4%A0より)
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95