「狡兎死して」は、
走狗烹らる、
とつづく。「狡兎」
は、文字通り、
狡知ある兎、
で(大言海)、
素早い兎、
かしこい兎、
の意(広辞苑)で、「走狗」は、
狩猟などで駆け走って人のためにおいつかわれる狗(いぬ)、
の意で、それをメタファに、
権力の走狗、
というように、
他人の手先になって使役される人を軽蔑していう語、
としても使われる(広辞苑)が、
よく走る猟犬、
の意である(字源)。
狡兎死して走狗烹らる、
は、
兎が死ねば猟犬は不用となって煮て食われる、
意で、
敵國が滅びたあとには、軍事に尽くした功臣も邪魔者とされ殺されてしまう、
の喩えとして使う(広辞苑)。ために、
狡兎死して良狗烹らる、
狡兎尽きて良犬烹らる、
などともいう。出典は、『史記』越王勾践世家の、越を去った范蠡(はんれい)が大夫種(しょう)に宛てた手紙で、
范蠡遂去、自齊遣大夫種書曰(范蠡遂去り、齊より大夫種に書を遣わして曰く)、
蜚鳥盡、良弓藏(蜚鳥(ひちょう)盡(つ)きて、良弓(リョウキュウ)藏(おさめ)られ)、
狡兔死、走狗烹(狡兎(コウト)死して、走狗(ソウク)烹(に)らる)、
の、
蜚鳥尽良弓蔵、狡兎死走狗烹、
や、
『史記』淮陰侯列伝に、漢創業に功があった韓信が、高祖(劉邦)に謀反の疑いをかけられたときに引用した諺として、
信曰、果若人言(信曰く、果たして人の言の若し)、
狡兔死、良狗亨(狡兔死して、良狗亨られ)、
高鳥盡、良弓藏(高鳥(コウチョウ)盡きて、良弓藏(おさめ)られ)、
敵國破、謀臣亡(敵國破れて、謀臣亡ぶ)、
天下已定、我固當亨(天下已(すで)に定まる、我固(もと)より當(まさ)に亨(=烹)らるべし)。
の、
狡兔死、良狗亨、
であり(http://fukushima-net.com/sites/meigen/1917)、『韓非子』内儲説の、
狡兎尽則良犬烹、敵国滅則謀臣亡、
などである(故事ことわざの辞典)。「蜚」は、
三年不蜚、蜚将沖天(三年蜚バス、蜚ベバマサニ天ニ沖セントス)(史記)、
とあり、
飛ぶ、
意で、
蜚鳥=飛鳥、
である。
蜚鳥尽良弓蔵、狡兎死走狗烹、
と対比されているように、
蜚鳥尽良弓蔵(飛鳥尽きて良弓蔵(かく)る)、
も、
捕らえるべき鳥がいなくなれば、良い弓は不用となり仕舞われてしまう、
意で、
狡兎死して走狗烹らる、
と同様、
敵國が滅びたあとには、軍事に尽くした功臣も邪魔者とされ殺されてしまう、
という喩えに使われる(故事ことわざの辞典)。
鳥尽弓蔵、
と四文字熟語ともなっている。英語にも、
The nurse is valued till the child has done sucking.(子供が乳を飲んでいる間は乳母も大事にされる)、
When the fish is caught the net is laid aside.(魚が捕らえられると網は捨てられる)、
と似た言い方があるらしい(http://kotowaza-allguide.com/ko/koutoshishitesouku.html)。
なお、「にる」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/481728394.html)で触れたように、「にる」の意の漢字には、
煮、
烹、
煎、
があり、三者は、
「煎」は、火去汁也と註し、汁の乾くまで煮つめる、
「煮」は、煮粥、煮茶などに用ふ。調味せず、ただ煮沸かすなり、
「烹」は、調味してにるなり。烹人は料理人をいふ。左傳「以烹魚肉」、
と、本来は使い分けられ(字源)、漢字からいえば、「にる」は、
狡兎死して走狗烹らる、
のように、「煮る」は「烹る」でなくてはならないが、当初から、「煮る」を用いていた可能性がある(広辞苑・大言海・岩波古語辞典)。なぜなら、
「烹」(漢音ホウ、呉音ヒョウ)は、
会意。亨(キョウ)は、上半の高い家と下半の高い家とが向かい合ったさまで、上下のあい通うことを示す。烹は「火+亨(上下にかよう)」で、火でにて、湯気が上下にかよい、芯まで通ることを意味するにえた物が柔らかく膨れる意を含む、
とあり(漢字源)、「割烹」(切ったりにたり、料理する)と使い、「湯気を立ててにる」意であるが、
会意。「亨」+「火」、「亨」の古い字体は「亯」で高楼を備えた城郭の象形、城郭を「すらりと通る」ことで、熱が物によくとおること(藤堂)。白川静は、「亨」を物を煮る器の象形と説く。ただし、小篆の字形を見ると、「𦎫」(「亨(亯)」+「羊」)であり「chún(同音:純)」と発音する「燉(炖)(音:dùn 語義は「煮る」)」の異体字となっている。説文解字には、「𦎫」は「孰也」即ち「熟」とあり、又、「烹」の異体字に「𤈽」があり、「燉」に近接してはいる、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%83%B9)、「烹る」と「煮る」の区別は、後のことらしいのである。
「狡」(漢音キョウ、呉音コウ)は、
会意兼形声。交は、人が足をくねらせて交差させたさまを描いた象形文字。狡は、「犬+音符交」で、犬が身をくねらせて、すばしっこくにげるさま。すばしっこい、ずるい意となる、
とある(漢字源)。
「兎」(漢音ト、呉音ツ)は、
象形。長い耳と短い尾をもつうさぎの形にかたどる(角川新字源)、
象形文字です。「うさぎ」の象形から「うさぎ」、「月の別名(うさぎは月の中に含み持つという伝説に基づく)」を意味する「兎・兔」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji2318.html)、
とある。
(「兎」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji2318.htmlより)
「狗」(漢音コウ、呉音ク)は、
会意兼形声。「犬+音符句(小さくかがむ)」、
とある(漢字源)。
犬は大、狗は小、
とも(字源)、
「狗」の場合は子犬や小型犬、つまり「小さいイヌ」を指す、
ともあり(https://www.docdog.jp/2020/03/magazine-dogs-s-k-2802.html)、
「狗」は、
小犬、
の意だが、
後世には、いぬの総称となった、
とある(漢字源)。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95