2022年02月16日

傾城傾国


その比(ころ)、世に聞こえし勾当内侍(こうとうのないし)を貴重せられける初めにて、暫時の別れをも悲しみて、……西国下向の事を延引せられけるぞ、誠に傾城傾国(けいせいけいこく)の謂はれなりける(太平記)、

に、

美女が城や国を傾ける故事の通りである、

と注記する(兵藤裕己校注『太平記』)、

傾城傾国、

は、

傾国傾城、

とも言い、「傾城」は、

町を危うくさせること、

「傾国」は、

国を危うくさせること、

とあり(故事ことわざの辞典)、

男がおぼれて、町も国も顧みぬまでに進水させるほどの絶世の美人、

の意とある(仝上)が、「傾城」を、

城を傾けしむるものなれば云ふ、傾くるは、ほろぼすにて、不詳の語原なり、傾国と云ふも意同じ、草苞(くさづとと 賄賂)に国傾くと云ふ諺あり、大砲を国崩(くにくづし)などとも云ふ、

とある(大言海)。

「傾」 漢字.gif


「傾」(漢音ケイ、呉音キョウ)は、

会意兼形声。頃(ケイ)は「頁(あたま)+化(かわる)の略」の会意文字で、頭を妙な具合にまげ、垂直の状態から変化させる意を示す。傾は「人+音符頃」。頃が田畑の単位(一頃が一畝)に転用されたため、傾でその原義(かたむく)をあらわした、

とあり(漢字源)、「傾覆」「傾陥(人をたおしておとしいれる)」と使い、「立っている物を倒す」意がある。「傾城」「傾国」を、メタファと考えれば、意は通じる。別に、

会意兼形声文字です(人+頃)。「横から見た人」の象形と「かたむく人の象形と人の頭部を強調した象形」(「頭をかたむける」の意味)から、「かたむく」、「かたむける」を意味する「傾」という漢字が成り立ちました、

との説もあるhttps://okjiten.jp/kanji1105.html

「傾」 成り立ち.gif

(「傾」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji1105.htmlより)

「傾城」「傾国」は、「詩経」大雅・蕩之什・膽卬編に、

哲夫成城、哲婦傾城、……婦有長舌、維厲之階(ミダレノハシ)(哲は聟なり、これは、支那の三代の周の幽王の寵姫褒姒(ほうじ)をさして云ふ)、

とあり(大言海)、さらに、「漢書」外戚伝に、

北方有佳人(北方に佳人有り)
絶世而獨立(絶世に而て獨り立つ)
一顧傾人城(一たび顧みれば人の城を傾け)
再顧傾人國(再び顧みれば人の國を傾ける)
寧不知傾城與傾國(寧ぞ傾城と傾國を知らずや)
佳人難再得(佳人を再び得るは難し)

と、漢の李延年(りえんねん)の「佳人の歌」がある。これは、自分の妹を武帝に売りこむために作ったといわれる。その結果、妹は李夫人と呼ばれ武帝の寵愛を得ることになるhttps://www.minyu-net.com/serial/yoji-jyukugo/yoji0602.html

李夫人.jpg


また、白居易(字は楽天)の長恨歌に、

漢皇重色思傾国(漢皇(かんのう)色を重んじて傾国(けいこく)を思う)
御宇多年求不得(御宇(ぎょう)多年(たねん)求むれども得ず)
楊家有女初長成(楊家(ようか)に女(むすめ)有り初めて長成(ちょうせい)す)
養在深閨人未識(養われて深閨(しんけい)に在り人未(いま)だ識(し)らず)
天生麗質難自棄(天生(てんせい)の麗質(れいしつ)自(みずか)ら棄(す)て難(かた)く)
一朝選在君王側(一朝(いっちょう)選ばれて君王(くんのう)の側(かたわら)に在り)
迴眸一笑百媚生(眸(ひとみ)を迴(めぐ)らして一笑すれば百媚(ひゃくび)生じ)
六宮粉黛無顔色(六宮(りくきゅう)の粉黛(ふんたい)顔色(がんしょく)無し)

と詠われた、

楊貴妃、

もある。

壁画中の楊貴妃.jpg


あるいは、古くは、夏の最後の帝・桀(けつ)の妃、

末喜(ばっき、まっき)、

殷の紂王の妃、

妲己(だっき)、

も有名だ。しかし、わが国では、「傾城」は、

契情、

と、音意ともに写した当て字(広辞苑)で、

色をもって人を溺らする意、

で(大言海)、

昔一條の桟敷屋に、或男、泊まりて、けいせいと臥したりけるに(宇治拾遺)、

と、

遊女、

を指す(広辞苑)。

浄瑠璃、歌舞伎の役柄に多く取入れられ、女方の基本の一つとされる。特に上方歌舞伎では『傾城浅間獄』『傾城壬生大念仏』など、「傾城」「契情」「けいせい」の字を外題につける習慣があった、

ともある(ブリタニカ国際大百科事典)。

紂王と妲己.jpg

(紂王と妲己(右) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A6%B2%E5%B7%B1より)

「傾城」にかかわる、

傾城買いの糠味噌汁、
傾城買いと灰吹きは青いうちが賞翫、
傾城買いより紙屑買い、
傾城狂いによい程という程がない、
傾城と行燈、昼は見られず、
傾城と辻風は会わぬが秘密、
傾城に誠なし、
傾城に誠あれば晦日に月が出る、
傾城の千枚起請、
傾城の柄(づか)を握る、
傾城小忠実(こまめ)に盥が女房、

等々の多くの諺は、遊女の意意である。

なお、和語「傾く」については、「傾く」http://ppnetwork.seesaa.net/article/463942949.html、「かぶく」http://ppnetwork.seesaa.net/article/463958263.htmlで触れた。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 05:07| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする