簀の子の下尋ぬるに、母常々秘蔵せし虎毛の猫死し居たりとなり。是猫又か(宿直草)、
千歳の狐は美女となり、百年の鼠は相卜すと経文に見えたり。年経し猫は猫又とも成るべし(仝上)、
とある、「猫又」は、
猫股、
とも当て、「化け猫」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/461633915.html)で触れたように、
古猫の尻尾の二本に裂けた猫股(猫又とも)はよく化ける、
とか、
飼猫が一三年たつと化けて人を害す、
というが、
想像上の怪獣で、年をとって犬のような大きさになったもの、
ともあり(岩波古語辞典)、
奥山に猫又といふものありて人をくらふなり(徒然草)、
とある。
(荻田安静『宿直草』「ねこまたといふ事」 狩人が自分の母に化けた猫又(左下)を射る場面 『江戸怪談集』より)
和名類聚抄(平安中期)には、
猱㹶、萬太、
とあるものが、
是か、
とある(大言海)。明月記(藤原定家)天福元年(1233)八月二日には、
南都云、猫股獣出来、一夜噉七八人死者多、或又打殺件獣、目如猫、其體如犬長、
と載る。これが初出らしいが、「猫又」は、
大別して山の中にいる獣といわれるものと、人家で飼われているネコが年老いて化けるといわれるものの2種類、
あるらしい(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8C%AB%E5%8F%88)。貞享二年(1685)『新著聞集』で、紀伊国山中で捕えられた猫又は、
イノシシほどの大きさ、
とあり、安永四年(1775)『倭訓栞』では、
猫又の鳴き声が山中に響き渡った、
とあり、ライオンほどの大きさだったと見られ、文化六年(1809)『寓意草』では、
犬をくわえていたという猫又は全長9尺5寸(約2.8メートル)、
とあるとか(仝上)と、
山中の猫又は後世の文献になるほど大型化する傾向、
がある(仝上)が、江戸時代以降には、人家で飼われているネコが年老いて猫又に化けるという考えが一般化し、
江戸中期の『安斎随筆』(伊勢貞丈)に、
数歳のネコは尾が二股になり、猫またという妖怪となる、
とあり、また江戸中期の新井白石も、
老いたネコは「猫股」となって人を惑わす、
と述べるなど、
金花猫(ねこまた)でも化けたと申スやうな事かナ(文化十一年(1814)「素人狂言紋切型」)、
と、老いたネコが猫又となることが常識となっていたようだ(仝上)。
(「猫また」 鳥山石燕『画図百鬼夜行』より)
「猫又」の語源は、
「又」は尾が二又に分かれているから、
とされているが、民俗学的には、
年を重ねて化けることから、重複の意味である「また」、
とする説、あるいは、
老いたネコの背の皮が剥けて後ろに垂れ下がり、尾が増えたり分かれているように見える、
とする説、
かつて山中の獣と考えられていたことから、サルのように山中の木々の間を自在に行き来するとの意味で、サルを意味する「爰(また)」、
とする説などがあるが、
サルを意味する爰(また)、
から思い至るのは、和名類聚抄(平安中期)の、
猱㹶、萬太、
とする説である。「㹶」(テイ・ジョウ)はどの漢和辞典にも載らなかったが、「猱」(ドウ・ジョウ)は、
さる、テナガザルの一種、
とされている(https://kanji.jitenon.jp/kanjiy/16418.html)。あるいは、「猫又」は猿の謂いなのかもしれない。いまひとつ、「猫又」は、中国の、
仙狸、
が由来とする説(https://dic.pixiv.net/a/%E4%BB%99%E7%8B%B8)がある。「仙狸(せんり)」は、
中国に伝わる猫の妖怪。歳を経た山猫が神通力を得て妖怪化したもので、美男美女に化けては人間の精気を吸う、
とされている(https://dic.pixiv.net/a/%E4%BB%99%E7%8B%B8)。「狸(リ)」は、
貍(リ)、
と同義で、
むじな、
たぬき、
の意の他に、
野生の猫、
の意がある(漢字源)。
「猫」(漢音ビョウ・ボウ、呉音ミョウ)は、
会意兼形声。「犬+音符苗(なよなよとして細い)」。からだがしなやかで細いねこ。あるいは、ミャオと鳴く声になぞらえた擬声語か、
とか(漢字源)、
会意形声。犬+音符「苗」(ビョウ・ミョウ;なよなよして弱い。一説に、ニャーという猫の鳴き声をあらわす。cf.喵(miāo) 中国語における猫の鳴き声の擬声語)、
と、二説があるようである(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%8C%AB)が、
(「猫」 小篆・説文・漢 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%8C%ABより)
会意兼形声文字です(犭(犬)+苗)。「犬」の象形(「獣」の意味)と「並び生えた草の象形と区画された耕地の象形」(「田畑に生えた苗(なえ)」の意味)から、苗を荒らす鼠(ねずみ)を捕まえて苗の害をなくす獣、すなわち「ねこ」を意味する「猫」という漢字が成り立ちました、
と、「苗」説をとるもの(https://okjiten.jp/kanji56.html)もある。
(「猫」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji56.htmlより)
「ねこ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/451841720.html)、「猫も杓子も」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/451814115.html?1500062074)、については、別に触れた。
参考文献;
高田衛編・校注『江戸怪談集』(岩波書店)
鳥山石燕『画図百鬼夜行全画集』(角川ソフィア文庫)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
ラベル:猫又