2022年02月24日

呉牛


車輾(きし)りて横軸を摧(くだ)き、呉牛喘ぎて舌を垂る(太平記)、

にある、

呉牛喘ぎ舌を垂る、

は、

呉牛月を見て喘ぐ、

を出典とし、

中国南方の呉の牛が、暑さに月を日と見誤って喘ぐ、

の意と注記する(兵藤裕己校注『太平記』)。

呉牛、

は、

水牛の異称、

とあり(広辞苑)、

呉の地に多く産したから、

とも(仝上)、

中国の南方、呉の地方に多く棲息するところから、

ともある(精選版日本国語大辞典)。中国では、

8000~9000年前から家畜化されていた、

とされるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%A5%E3%82%A6ので、棲息ではなく、「家畜」としての「水牛」の生産地というべきだろう。

水牛.jpg


「呉牛月を見て喘ぐ」は、

呉牛喘月、

と四字熟語ともなっているが、出典は『世説新語』(せせつしんご 五世紀、南朝宋の劉義慶が編纂した、後漢末から東晋までの著名人の逸話を集めた文言小説集)言語篇の、冀州刺史・尚書令・司隷校尉を歴任した西晋の文官・満奮(マンフン)の故事、

滿奮畏風、在晉武帝坐、北窻作琉璃屏、實密似疎、奮有難色、帝笑之、奮荅曰、臣猶呉牛見月而喘(滿奮風を畏る、
晉の武帝(司馬炎)坐に在り、北窓に琉璃屏(ルリヘイ)を作る、実は密なれども疎なるに似たり、奮、難色有り、帝之を笑ふ、奮答へて曰く、臣は猶呉牛の月を見て喘ぐがごとし)、

に由来する(http://fukushima-net.com/sites/meigen/1614・大言海)。註に曰く、

今之水牛、唯生江淮閒(長江と淮河(わいが)の下流域の間)、故謂之呉牛也、南土多暑、而此牛畏熱、見月疑是日、所以見月則喘、

とある(大言海)。

昼間太陽の暑さに苦しんでいるため、夜月を見ても太陽と思って喘ぐ、

意で(広辞苑)、

似たるものを真物と見誤りて畏る、

意味である(大言海)。

蜀犬日に吠ゆ(霧の多い蜀地方でまれに日が出ると犬が怪しんで吠える、吠日之怪(はいじつのあやしみ)ともいう)、

は同趣の言い回しになる(広辞苑)し、

思い過ごして取り越し苦労をする、

という意味では、

羹に懲りて膾を吹く(「熱い羹に懲りて、冷たい膾を吹く」「懲羹吹膾(ちょうこうすいかい)」ともいう)、
羹に懲りたる者韲(和)えを吹く、

も、

似たるものを真物と見誤りて畏る、

意味では重なる。また、「杞憂」のもとになったのは、

杞人天憂(きじんてんゆう)、

つまり、

杞人天を憂う(杞の国に天が崩れ落ちたらどうしようと心配して、夜も眠れず飯ものどを通らなかった人がいたという故事)、

で(故事ことわざの辞典)、似た意味の外延にある。

「呉」 漢字.gif

(「呉」 https://kakijun.jp/page/0746200.htmlより)

「呉」(漢音ゴ、呉音グ)は、

会意。「口+人が頭をかしげるさま」。人が頭をかしげて、口をあけ笑いさざめくさまを示し、娯楽の娯の原字。古くから国名に当てる、

とある(漢字源)。別に、

口と、夨(しよく 頭をかたむけた人)とから成り、顔をそむけるほどの大声の意を表す、

ともある(角川新字源)。ただ、口を開けて笑うさま(藤堂明保)とは別に、

祭器を担いで踊る様(白川静)、

との解釈もあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%91%89ので、

象形文字です。「頭に大きなかぶりものをつけて、舞い狂う」象形から「やかましい」、「はなやかに楽しむ」を意味する「呉」という漢字が成り立ちました、

との説になるhttps://okjiten.jp/kanji1685.html

「呉(旧字)」 漢字.gif

(「吳」(「呉」旧字) https://kakijun.jp/page/U_E590B3.htmlより)

「牛」(漢音ギュウ、呉音グ、慣用ゴ)は、

象形。牛の頭部を描いたもの。ンゴウという鳴き声をまねた擬声語であろう、

とある(漢字源)。別に、

「牛」 漢字.gif

(「牛」 https://kakijun.jp/page/0471200.htmlより)

象形。羊(の象形)と区別し、前方に湾曲して突き出た角のあるうしの頭の形にかたどり、「うし」の意を表す、

とある(角川新字源)。

「牛」 甲骨文字・殷.png

(「牛」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%89%9Bより)

「羊」 甲骨文字・殷.png

(「羊」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%BE%8Aより)

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)
田部井文雄編『四字熟語辞典』(大修館書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:54| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする