嶮しき山の習ひとしとて、余所(よそ)は見えて、麓は見えざりければ(太平記)、
にある、
余所、
は、
他所、
外、
とも当てる(広辞苑)が、
天雲の外(よそ)に鴈(雁)鳴き聞きしより薄垂(はだれ)霜雫(しもふり)寒しこの夜は(万葉集)、
いつしかも見むと思ひし粟島を与曾(ヨソ)にや恋ひむ行くよしをなみ(仝上)、
昔こそ外(よそ)にも見しか吾妹子が奥つ城と思へば愛(は)しき佐保山(仝上)、
など、
万葉集の「よそ」に「余所(処)」の表記が一例もないところから、「余所」は中世以降の当て字と思われる、
とある(日本語源大辞典)。「よそ」は、
かけ離れていて容易に近寄りがたい場所、またそのような関係の意。転じて、全く無関係であること、局外者の意。類義語ホカは中心点からはずれた端の方の所の意、
とある(岩波古語辞典)。だから、
遠き所→疎遠な事→自分の外のもの、
といった意味の転化をした(大言海)ものと思われ、「ほか」と重なっていく。なお、
他所(たしょ)、
は漢語である(字源)。
風発於他所(漢書・五行志)、
と、
他の場所、
という状態表現の語である。それを「よそ」に当てはめたとき、価値表現に転じている。
こうみると、語源的に、
ヨソ(余所・他所)の義(名語記・言元梯・国語の語根とその分類=大島正健)、
とするのは、如何なものか。とはいえ、
イヤセ(弥脊)の転呼(日本古語大辞典=松岡静雄)、
形容詞ヤサシの語幹ヤサから(続上代特殊仮名音義=森重敏)、
というのはしっくりこない。むしろ、説明的すぎるが、
ヨ(関係のない)+所、つまり関係のない場所、
ヨ(横・避く)+ソ(背・外)、横の外、避くべきところの意、
とする(日本語源広辞典)ほうが、意味的にはあっている。ただ、
ソ、
は、
セ(脊)の古形、
なので、「よそ」の「そ」は該当するが、「よ」は分からない。
「よそ」は、
かけ離れて関係なない所、
という意で、
玉桙(ほこ)の道の行き逢ひに天雲の外(よそ)のみ見つつ言問はむ縁(よし)のなければ心のみ咽(む)せつつあるに(万葉集)、
と、
位置的に近寄れない所、
という意や、
光なき谷には春もよそなれば咲て疾(と)くも散るもの思ひもなし(古今集)、
と、
縁がない、
という意や、
御涙に咽ばせ給ふとばかりこそ、御車のよそへは聞へけれ(保元物語)、
と、
内に対して外(そと)、
の意で使われるが、ここまでは、
外、
の意である。しかし、
貝をおほふ人の、我が前なるをばおきて、よそを見渡して、人の袖のかげ、膝の下まで目を配る間に(徒然草)、
と、
他の領分、
の意で、
余所、
を当てる意味が出てくる。また、
相手と直接つながらない人間関係、
という意味で、
よその人漏り聞けども、親に隠すたぐひこそは昔物語にもあれど(源氏物語)、
と、
血縁関係がない、
意や、
この大将の君の、今はよそになり給はむなむ、飽かずいみじく思ひ給へらるる(源氏物語)、
と、
疎遠な関係、
の意や、
さればよ、なほよその文通はしのみにはあらぬなりけり(源氏物語)、
と、
男女の関係がないこと、
の意や、
まして女はさる方に絶えこもりて、いちじるくいとほしげなるよそのもどきを負はざらむなむ良かるべき(源氏物語)、
と、
世間一般、
の意までは、
外、
の意だが、
これほどにもてなし興しあへるに、身の力なくて、そこばく多かる殿原の中に、われ一人よそなるが(古今著聞集)、
となると、
仲間はずれ、
の意で、
余所、
の当て字に当たる意味になる。で、
よろづの物まねは心根、鬼の能、ことさら当流に変れり。拍子も、同じものを、よそにははらりと踏むを、ほろりと踏み、よそにはどうど踏むを、とうど踏む(「申楽談儀(1430)」)、
申さばそちとは相弟子同前、夫故余所には思はねど(歌舞伎・「小袖曾我薊色縫(十六夜清心)(1859)」)、
と、
余所、
が主流になる(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。
「餘(余)」(ヨ)の字源は、「余」は、
会意。「スコップで土を押し広げるさま+八印(分散させる)」で、舒(ジョ のばす・ゆったり)の原字。ゆったりとのばし広げるの意を含む。余・予を「われ」の意で用いるのは当て字で、原意には関係ない、
「餘」は、
会意兼形声。餘は、「食+音符余(ヨ)」で、食物がゆったりとゆとりがある意を示す。ゆとりがあることから、余ってはみ出るの意、
とある(漢字源)。「餘」と「余」は、別由来であることは、解釈は異なるが、
「余」 象形。柱で支えた屋根の形にかたどる。借りて、おもに、一人称単数代名詞「われ」の意に用いる、
「餘」 形声。意符食と、音符余(ヨ)とから成る。食物がありあまる、ひいて「あまる」意を表す。教育用漢字は、俗に餘の略字として余を用いたものによる、
も(角川新字源)、
「余」 象形文字です。「先の鋭い除草具」の象形から、「自由にのびる」を意味する「余」という漢字が成り立ちました。借りて(同じ読みの部分に当て字として使って)、「我(われ)」の意味にも用いるようになりました、
「餘」 会意兼形声文字です(食+余)。「食器に食べ物を盛り、それにふたをした象形」(「食べ物」の意味)と「先の鋭い除草具」の象形(「自由に伸びる、豊か」の意味)から「食物が余る」、「豊か」を意味する「餘」という漢字が成り立ちました、
とするのも(https://okjiten.jp/kanji796.html)同趣旨である。しかし、「餘」を、
会意形声文字。「食」+音符「余」。「余」は土を払い退ける農具で、掘り出した土の有り余る様で、食物が余ること、
とする説もある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A4%98)。
(「餘」 小篆・説文・漢 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A4%98より)
(「餘」「余」の成り立ち https://okjiten.jp/kanji796.htmlより)
「他」(タ)は、
会意兼形声。它は、頭の大きい、ハブのような蛇を描いた象形文字。蛇(ダ・ジャ)の原字。昔、蛇の害がひどかったころ、人の安否を尋ねて、「無它=它(タ)無きや(ヘビの害はないか)」といった。変異の意から転じて、見慣れぬこと、他のことの意となった。也は、サソリを描いた象形文字。它と也は字体が似ているため古くから混用されて、佗を他と書くようになった。他は「人+音符也」、
とあり(漢字源)、「無它」は、無事を確認する挨拶であったことから、異変の意を生じたようである(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%BB%96)。別に、
会意形声。もと、佗(タ)に同じ。人と、它(タ ほかの意。也はその変形)とから成り、もと、異族の人の意を表したが、它の意に用いられる、
とも(角川新字源)、
会意兼形声文字です(人+也・它)。「横から見た人」の象形と「へび」の象形(「蛇(へび)、人類でない変わったもの」の意味)から、「見知らない人、たにん」を意味する「他」という漢字が成り立ちました、
との解釈もある(https://okjiten.jp/kanji248.html)。
「所」(漢音ソ、呉音ソ)は、「一業所感」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/485653172.html?1645128312)で触れたように、
形成。「斤(おの)+音符戸」で、もと「伐木所所(木を伐ること所々たり)」(詩経)のように、木をさくさくと切り分けること。その音を借りて指示代名詞に用い、「所+動詞」の形で、~するその対象を指し示すようになった。「所欲」とは、欲するそのもの、「所至」とは、至るその目標地をさし示した言い方。後者の用法から、更に場所の意を派生した、
とある(漢字源)が、別に、
会意文字です(戸(戶)+斤)。「入り口の戸」の象形と「斧(おの)」の象形から斧等を置いた入り口の戸を意味し、それが転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、「ところ・ばしょ」を意味する「所」という漢字が成り立ちました、
ともあり(https://okjiten.jp/kanji468.html)、
会意、「斤」(おの)で「戸」を守るの意で、神の居る所(白川静)。または、「戸」を音とし、「斤」で切り開く意であったものが、音を仮借し指示代名詞として用いた(藤堂明保)、
と(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%89%80)、
「戸」を守る、
の意と、
「戸」を音、
の意との二説ある。
「處(処)」(ショ)は、
会意。処は「夊(あし)+几(だい)」。足を止めて床几(しょうぎ)に腰を落ち着ける意を示す。處は、のち音符として虎の略体「虍」を添えた形声文字、
とある(漢字源)。
処は、会意。几と、夂(ち 後ろから追いつく)とから成り、来て止まる、ひいて「おる」意を表す。「處(シヨ)」の原字。處は、形声で、処に、音符虍(コ)→(シヨ)が加わったもの。教育用漢字は、のちに處の俗字として用いられた処による、
も解釈は少し異なるが同趣旨(角川新字源)。「処」が原字で、後から「處」を作ったということである。しかし、
会意文字です(几+夂)。「下向きの足」の象形と「台」の象形から、「台をおりる」、「腰掛ける」、「居る」を意味する「処」という漢字が成り立ちました。(旧字の虎の頭の象形(虍)は、「居(コ)」に通じ(同じ読みを持つ「居」と同じ意味を持つようになって)、「居る」の意味である)。「処」は「處」の略字です、
と、真逆の解釈もある(https://okjiten.jp/kanji977.html)。しかし、簡略の方が新字とするのは、「處」という漢字に欺かれた解釈のように思える。
(「処」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji977.htmlより)
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95