2022年03月21日

肆(かかるがゆえ)に


天慮臣を以て爪牙(そうげ)の人と為す。肆(かかるがゆえ)に、否泰(ひたい)を卜する遑(いとま)あらず(太平記)、

にある、

肆に、

は当て字である。普通は、

斯るが故に、

と表記するのではないか。

かかるがゆえに、

は、

か(斯)あるがゆえ(故)に、

あるいは、

斯(か)くあるがゆえに、

の変化したもの(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)、

で、

般若波羅蜜ををこなひたまはすよりほかには、諸仏の正覚なりたまふ事なし。かるがゆへに、依般若波羅蜜多故得阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)、とのたまへり(「百座法談(1110)」)、

と、

先行の事柄の当然の結果として、後行の事柄が起こることを示す、

言い回しで、

こういうわけで、
このために、
それゆえに、

という意味になる。

斯(か)く、

自体が、類聚名義抄(11~12世紀)に、

斯、カク、

とあり、

カは此・彼、クは副詞語尾、目前の状態や、直前に述べたこと、直後に述べることを指している、

使い方で、例えば、

神代紀には、

如斯(カク)、

とあり、

海つ道のなぎなむ時も渡らなむかく立つ波に船出すべしや(万葉集)、

と、

このように、

の意でもあり(岩波古語辞典)、

いにしへよりかく伝はるうちにも(古今集序)、

と、

上の意をうけて下に移す、

形で、

かように、
それゆえに、

とか、

の意で使われる(大言海)。

古くは漢文訓読の語で、中世・近世には改まった感じの文章語として用いられた、

もののようである(精選版日本国語大辞典)。ただ、

肆に、

と当てるケースは少ない。

「肆」 漢字.gif


「肆」(シ)は、

会意。もと「長(ながい)+隶(手でもつ)」。物を手にとってながく横に広げて並べることをあらわす。後に、肆(長+聿)と誤って書く、

とある(漢字源・https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%82%86)。「肆陳」(シチン)というように、「つらねる」「横に長く並べる」意であり、「書肆」のように、「品物を横に並べてみせる店」の意で使う。どちらかというと、「放情肆志」(ホウジョウシシ)というように、「放肆」「恣肆」「驕肆」などと「ほしいまま」の意で使う方が目につく。

かかるがゆえに、

に当てたのは、

肆不殄厥愠(肆にその愠を殄(た)たず)(詩経)、

と、

ゆえに、

の意で、

語の端を更(あらた)める辞(字源)、

として使われたり、

肆中宗之享國七十有五年(書経)、

と、

ここに、

の意で、

詩の句調をととのえることば(漢字源)、

として使われるからと思われる。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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2022年03月22日

たまたま


庶幾(こいねが)ひて聴(きき)を貪る処に、儻(たまたま)、青鳥(せいちょう 使者)を投じて丹心(たんしん 忠義の誠)を竭(つく)さる(太平記)、

にある、

儻(たまたま)、

は、

偶、
適、
会、

等々とも当て、

儻、

と当てるケースは少ないが、「儻」(トウ)は、

会意兼形声。「人+音符黨(トウ)」で、もと大きくこだわらない人の意、

とある(漢字源)が、接続詞として、

儻所謂天道是耶非耶(儻しくはいはゆる天道は是か非か)(史記・伯夷傳)、

と、

もしくは、
ひよっとしたら、
たまたま、

の意で使うところから、

儻(たまたま)心を遂げずは必ず瞋怒を起し国をも毀(そこな)ひ祀をも滅してむ(「大唐西域記(646年)」)、

と、漢文系の用例かと思われる。

「儻」 漢字.gif


「たまたま」は、

予期もしなかったことに偶然出くわすさま。和文脈系には使われることが少ない、

とあり(岩波古語辞典)、意味の幅としては、

たまたま、まゐらせ給ふとものせしかど(「宇津保(970~99)」)、

と、

その場合とか機会とかがまれではあるが何度かあるさまをいう、時おり、ときたま、

の意で、あるいは、

知らぬ世にまとひ侍りしをたまたまおほやけに数まへられたてまつりては(「源氏物語(1001~14)」)、
至りて愚かなる人はたまたま賢なる人を見てこれを憎む(「徒然草(1330~131年)」)、

と、

その場合とか機会とかが偶然であるさまをいう、偶然に。ふと、

の意で、あるいは、

若、偶(タマタマ)音響に中らば、十九首の流なり(「文鏡秘府論保延四年点(1138)」)、
念じわびつつ、さまざまの財物、かたはしより捨つるがごとくすれども、更に目見立つる人なし。たまたま換ふるものは金を軽くし、粟を重くす(「方丈記(1212)」)、

と、

ごくまれではあるが、ひょっとしてそうなるとか、そうなるかもしれないとかいう気持を表わす、ひょっとして、どうかして、もしかして、

の意で、あるいは、

属(タマタマ)有道に逢ふ。時惟(ときこれ)我が皇なり(「大慈恩寺三蔵法師伝承徳三年点(1099)」)、

と、

予期したことが実現するとか、実現してよかったとかいう気持を表わす、折よく、折があって、運よく、

の意と、微妙な意味の幅で使う(精選版日本国語大辞典)。

和文資料では、「宇津保物語」「枕草子」「和泉式部日記」「栄花物語」などに散見するが、「蜻蛉日記」「更級日記」「紫式部日記」などには見えない。また、「方丈記」や「徒然草」では「たまたま」があって「たまさか」がないこと、「源氏物語」では他はすべて「たまさか」が用いられているが、光源氏のことば一例のみが「たまたま」であることなどから、男性語であると考えられる、

ともある(仝上)。「たまさか」http://ppnetwork.seesaa.net/article/441825356.htmlで触れたように、「たまさか」も、

偶、
適、

と当て(広辞苑)、

邂逅、

とも当て(大言海)、

偶然出会うさま。類義語マレは、存在・出現の度数がきわめて少ない意。ユクリカ・ユクリナシは、不意・唐突の意、

とあり(岩波古語辞典)、

ゆくりなし、

とも意味が重なる。「たまさか」の意味の幅は、

玉坂(たまさかに)吾が見し人を如何にあらむ縁(よし)をもちてかまた一目見む(万葉集)、
邂逅(タマサカニ)児有る家に次(やど)り、遂に是の子を得たり(「日本霊異記(810~824)」)、

と、

思いがけないさま、偶然であるさま、

の意と、

よき帯などたまさかにありけるなども、皆大将殿に奉り給ふ(「落窪(10C後)」)、

と、

まれであるさま、その場合とか機会が数少ないさま、

の意と、

若し天竺(てんぢく)にたまさかにもて渡りなば(「竹取物語(9C末~10C初)」)、
たまさかにも、おぼし召しかはらぬやう侍らば……必ず、かずまへさせ給へ(「源氏物語」)、

と、多く、「に」「にも」を伴って副詞的に、

めったにないさま、あまり期待できないが、ひょっとしてそうなるさま、

の意と、その意の幅がある(精選版日本国語大辞典)。

奈良時代の用例は……、平安時代になるとこの意は「たまたま」が担い、「たまさか」は時間的に長い間隔があることを意味する場合と、仮定条件句とともに用いられる意を表わすようになった、

とあり、

女性の手になる作品、たとえば「蜻蛉日記」では「たまさか」は使用されているが「たまたま」は現われない。また、他の女流作品でも「たまたま」は僅少である。一方、男性の手になる「方丈記」や「徒然草」には「たまさか」は見られないという事実から「たまさか」は女性的な用語であったと思われる、

とある(仝上)。「ゆくりなし」http://ppnetwork.seesaa.net/article/441967296.htmlで触れたように、「ゆくりなし」は、

ユクは擬態語。ユクリカと同根(リカは状態を示す接尾語)。気兼ね遠慮なしに事をするさま。相手がそれを突然だと感じるような仕方。リは状態を示す接尾語。ナシは、甚だしい意、

であり(岩波古語辞典)、

ゆくりなくかぜふきて、こげどもこげども、しりへしぞきにしぞきて(「土左日記(935頃)」)、

と、

予想もしないようなさまである、にわかである、不意である、突然である、思いがけない、

意や、

あたら思ひやり深うものし給ふ人のゆくりなくかうやうなる事(源氏物語)、

と、

思慮をめぐらさずに事をなすさまである、かるはずみである、不注意である、

の意の幅がある(精選版日本国語大辞典)。「たまたま」から連想される語に、

たま(偶)に、

あるいは、

たま(偶・適)、

がある。これは、

たまにこととふものとては、みねにこづたふむらざるの(御伽草子「六代(室町時代物語大成所収 室町末)」)、

と、

めったにないこと、まれであること、

の意となる(仝上)。こう見ると、

たまさか、
たまに、
たまたま、
ゆくりなく、

は、かなり意味が重なり、

まれに、

が、

思いがけず、

となり、

偶然に、

となる、という意味の流れはある程度わかる気がする。とくに、

たまに、
たまさか、
たまたま、

は、音韻的なつながりが強いとみていい。そのつながりを、

「ひじょうに希である」という意のイタマレニ(甚稀に)は、省略されてタマニ(偶に)に変じた。これを強めてタマタマ(偶々)という。
 イササカ(聊か)は「ついちょっと。ほんのすこし。わずかばかり」という意の形容動詞である。「めったに会いがたいものがついちょっとあう」という意を表現するとき、ふたつの形容動詞を重ねてタマニイササカ(偶に聊か)といった。語中の三音節を落として「タマサカ(偶)になった。〈わたつみの神のをとめにタマサカニ漕ぎ向かひ〉(万葉・永江浦島)、〈タマサカニわが見し人をいかならむ縁(よし)をもちてかまた一目見む〉(万葉)、

とする説もある(日本語の語源)。「たまさか」http://ppnetwork.seesaa.net/article/441825356.htmlで書いたように、この音韻変化によるならば、元々は、

まれ、

という意であり、それを出会う側が、

不意に、

と受け止めるか、

偶然に、

と受け止めるか、

唐突に、

と受け止めるか、

予期せずに、

と受け止めるかで、微妙な語感の幅になったということなのではあるまいか。

「たまに」と「たまたま」は語原が同一だと思われるが、その「たま」をどう見るか、

タマは形容詞トモシ(乏)の語幹トモと同根、タマタマはこれを重ねたもの(小学館古語大辞典・日本語源広辞典)、
タエマタエマ(絶間絶間)の義(大言海)、
タマタマ(時間時間)の義(日本語原学=林甕臣)、
「たま」は、滅多にないこと、希なことを意味する「たまさか」と同源(語源由来辞典)、

と、諸説あるが、「ともし」は、

トメ(求)と同根、跡をつけたい、求めたいの意。欲するものがあって、それを得たいという欠乏感・羨望感をあらわす、

という意味(岩波古語辞典)から見て、意味が違い過ぎる気がするし、「たえま」「時間」も、時間幅があって、

まれに、
たまに、

の意だと思われるが、どうも後付けの解釈なのではないかという気がする。やはり、上記の、

めったにないこと、

由来と見て、

イタマレニ(甚稀に)→タマニ(偶に)→タマタマ(偶々)

と転訛したとするのが、いまのところ妥当な気がするのだが。

類義語「わくらば」については、「ゆくりなし」http://ppnetwork.seesaa.net/article/441967296.html、「たまさか」http://ppnetwork.seesaa.net/article/441825356.htmlで触れた。

「偶」 漢字.gif

(「偶」 https://kakijun.jp/page/1103200.htmlより)

「たまさか」http://ppnetwork.seesaa.net/article/441825356.htmlで触れたように、「偶」(慣用グウ、呉音グ、漢音ゴウ)は、

会意兼形声。禺は、上部が大きい頭、下部が尾で、大頭のひとまねざるをえがいた象形文字。偶は「人+音符禺」で、人に似た姿をとることから、人形の意となり、本物と並んで対をなすことから、偶数の意図なる、

とあり(漢字源)、

形声。人と、音符禺(グ)→(ゴウ)とから成る。ひとがたの意を表す。耦(グウ)・俱(グ)に通じ、転じて、つれあい、くみの意に用いる、

とも(角川新字源)、

形声文字です(人+禺)。「横から見た人」の象形(「人」の意味)と「大きな頭と尾を持ったサル、おながざる又は、なまけもの」の象形(「おながざる・なまけもの」の意味だが、ここでは、「寓(ぐう)」に通じ(同じ読みを持つ「寓」と同じ意味を持つようになって)、「かりる」の意味)から、木を借りて人の形に似せたもの「人形(ひとがた・でく)」を意味する「偶」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1529.html

参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
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ラベル:たまたま
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2022年03月23日

青鳥


庶幾(こいねが)ひて聴(きき)を貪る処に、儻(たまたま)、青鳥(せいてう)を投じて丹心(たんしん 忠義の誠)を竭(つく)さる(太平記)、

にある、「せいちょう」と訓ます、

青鳥、

は、文字通り、

青鳥居山日、丹鳥(鳳凰)表瑞時(張衡「西京賦」)、

と、漢語であり、

青い鳥、

の意で、

藍鳥、

とも表記するhttps://dic.pixiv.net/a/%E9%9D%92%E9%B3%A5が、ここでは、

西王母の使いの鳥、

の意で、

転じて、

使者、

また、

書簡、

の意である(広辞苑・兵藤裕己校注『太平記』)。

武帝(ぶてい) 前漢の第7代皇帝.jpg

(前漢第七代皇帝 武帝(ぶてい) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E5%B8%9D_%28%E6%BC%A2%29より)

この由来は、

七月七日、忽有青鳥、飛集殿前、東方朔曰、此西王母欲來、有頃王母至、三靑鳥夾侍王母傍(漢武故事)、

による、

前漢の東方朔が、三足の青い鳥の飛来したのを見て、西王母の使いであるといった、という故事による(字源・大言海)。「漢武故事」は、「漢武内伝」とともに、

中国、六朝時代(222~ 589年)の志怪小説、

で、「漢武故事」は、

漢の武帝の出生から崩御までを描いたもの、

であり、「漢武内伝」は、

『漢武故事』の武帝の行状のうち、神仙との交渉をおもに述べたもので、特に西王母と会って宴をともにし、仙書を授けられる話が中心になっている、

とある(ブリタニカ国際大百科事典)。

後漢の班固の作と称するが、いずれも六朝人の偽作と考えられている、

とある(仝上)。「史記」司馬相如傳に、

幸有三足鳥、為之使、

とあり、その註に、

三足鳥、青鳥也、主為西王母取食、

とある(大言海)。

案内を達せんとするところに、青鳥飛来りて芳簡(はうかん)を投げたり(「平家物語(13C前)」)」、

とか、

翌日青鳥飛来投芳簡(源平盛衰記)、

とか、

方々御下文等、被附此青鳥(「吾妻鑑(1300年頃)」)、

等々、使者や書簡のメタファとして使われている。

「靑」 漢字.gif


「靑(青)」(漢音セイ、呉音ショウ)は、

会意。「生(あおい草の芽生え)+丼(井戸の中に清水のたまったさま)」で、生(セイ)・丼(セイ)のどちらかを音符と考えてよい。あお草や清水のような澄み切ったあお色、

とある(漢字源)が、

会意形声。丹(井の中からとる染料)と、生(セイ は変わった形。草が生えるさま)とから成り、草色をした染料、「あお」「あおい」意を表す、

とも(角川新字源)、

会意。「生」と「丹」を合わせた字形に由来する、

ともhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9D%91

会意兼形声文字です。「草・木が地上に生じてきた」象形(「青い草が生える」の意味)と「井げた中の染料(着色料)」の象形(「井げたの中の染料」の意味)から、青い草色の染料を意味し、そこから、「あおい」を意味する「青」という漢字が成り立ちました、

ともhttps://okjiten.jp/kanji137.htmlあり、「生」と「丹」とする説が大勢のようだ。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:青鳥
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2022年03月24日

天魔波旬


川を渡り、馳せ懸かる威(いきおい)、寔(まこと)に天魔波旬(てんまはじゅん)をも欺くべし(播磨別所記)、

とある、

天魔波旬、

は、

(三浦介高継は)千葉(介貞胤)が右に立たん事を怒(いか)って、共に出仕を留めてければ、天魔の障碍、法会の違乱(いらん)とぞなりにける(太平記)、

と、

天魔、

ともいい、「魔」は、

マーラ(Māra 魔羅)の略、

「魔羅(摩羅)」は、

問、何故名魔、答曰、斷慧命故名魔、復次常行放逸、害自身、故名魔(大婆娑論)、

と、

智慧の命を奪ふ因縁となる故に、能奪命と訳す、又、能く修道の障碍をなす故に、破壊善者とも訳す、下略して、魔とのみも云ふ、

とあり(大言海)、「魔」の字は、

舊訳の経論は磨に作る、梁の武帝より魔の字に改めしと云ふ、弘決外典抄「魔字従石、梁武帝(502~49年)来、謂、魔能悩人、字宜従鬼」、

とある(仝上)。なお、梁(りょう 502~57年)は、中国の南北朝時代に江南に存在した国。蕭梁とも呼ばれる。

粱・武帝(蕭衍).jpg


「波旬」は、

梵語pāpīyas、

の音訳で、

邪悪なもの、

の意である。

佛初成道、天魔波旬、以三旬、嬈乱(にょうらん)耳(四十二章経)、

とある(大言海)。

「摩醯修羅(まけいしゅら)」http://ppnetwork.seesaa.net/article/485376769.htmlで触れたように、「天魔波旬」は、

第六天魔王、

といい、

欲望が支配する欲界(三界(欲界・色界(しきかい)・無色界の三種の迷いの世界)のひとつ。色欲・食欲など本能的な欲望の世界)に属する六種(四王天・忉利(とうり)天・夜摩(やま)天・兜率(とそつ)天・楽変化(らくへんげ)天・他化自在(たけじざい)天)の天のうち、第六の他化自在(たけじざい)天、

にすみ、

第六天魔王波旬(はじゅん)、
天子魔(てんしま)、
他化自在天(たけじざいてん)、

などともいい、

仏道修行を妨げる悪魔、

とされる(広辞苑・https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E9%AD%94)。よく、

摩醯首羅(まけいしゅら)、

つまり、

大自在天(だいじざいてん)、

と混同される。

他化自在天.png


第六天、つまり、

他化自在天、

は、

此の天は他の所化を奪いて自ら娯楽す、故に他化自在と言う、

とあり(大智度論)、

他人の変現する楽事をかけて自由に己が快楽とするからこの名がある。この天の男女は互いに相視るのみにて淫事を満足し得、子を欲する時はその欲念に随って膝の上に化現するという。天人の身長は三里、寿命は1万6千歳という、

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%96%E5%8C%96%E8%87%AA%E5%9C%A8%E5%A4%A9。その一尽夜は人間の1600年に相当するという(仝上)。また、

他の者の教化を奪い取る天、

とされ、

他化天の上、梵身天の下、其の中間に摩羅波旬・諸天の宮殿有り、

とあり(起世経)、

第六天魔王、

は、

自在天王、

と称し(過去現在因果経)、

魔波旬六欲の頂に在りて別に宮殿有り。今因果経すなわち自在天王を指す。是の如くなれば則ち第六天に当たる、

とある(仏祖統紀)。

第六天魔王(葛飾北斎『釈迦御一代図会.jpg

(仏法を滅ぼすために釈迦と仏弟子たちのもとへ来襲する第六天魔王(葛飾北斎『釈迦御一代図会』) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E9%AD%94より)

欲界の六種の天、つまり、

六欲天、

は、上から、

他化自在天(たけじざいてん) 欲界の最高位。六欲天の第6天、天魔波旬の住処、
化楽天(けらくてん、楽変化天=らくへんげてん) 六欲天の第5天。この天に住む者は、自己の対境(五境)を変化して娯楽の境とする、
兜率天(とそつてん、覩史多天=としたてん) 六欲天の第4天。須弥山の頂上、12由旬の処にある。菩薩がいる場所、
夜摩天(やまてん、焔摩天=えんまてん) 六欲天の第3天。時に随って快楽を受くる世界、
忉利天(とうりてん、三十三天=さんじゅうさんてん) 六欲天の第2天。須弥山の頂上、閻浮提の上、8万由旬の処にある。帝釈天のいる場所、
四大王衆天(しだいおうしゅてん) 六欲天の第1天。持国天・増長天・広目天・多聞天の四天王がいる場所、

となる(http://yuusen.g1.xrea.com/index_272.html他)。

なお、「奈利」http://ppnetwork.seesaa.net/article/485836000.html?1646337121で触れたことだが、「由旬」(ゆじゅん)は、

古代インドで用いた距離の単位の一つ、

で、

帝王の軍隊が一日に進む行程(精選版日本国語大辞典)、

あるいは、

「くびきにつける」の意で、牛に車をつけて1日引かせる行程のこと(岩波仏教辞典)、
牛車の1日の行程(デジタル大辞泉)、

などともあり、古代インドでは度量衡が統一されておらず、厳密に定義できないが、

約11.3kmから14.5km前後(仝上)、
あるいは、
約7マイル(約11.2キロメートル)あるいは九マイル(約14.5キロメートル)(精選版日本国語大辞典)、

とある。

「天」 漢字.gif

(「天」 https://kakijun.jp/page/0441200.htmlより)

「天」(テン)は、「天知る」http://ppnetwork.seesaa.net/article/484881068.htmlで触れたように、

指事。大の字に立った人間の頭の上部の高く平らな部分を一印で示したもの。もと、巓(テン 頂)と同じ。頭上高く広がる大空もテンという。高く平らに広がる意を含む、

とある(漢字源)。

別に、

象形。人間の頭を強調した形からhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A4%A9

指事文字。「人の頭部を大きく強調して示した文字」から「うえ・そら」を意味する「天」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji97.html

指事。大(人の正面の形)の頭部を強調して大きく書き、頭頂の意を表す。転じて、頭上に広がる空、自然の意に用いる(角川新字源)、

等々ともある。

「魔」 漢字.gif

(「魔」 https://kakijun.jp/page/2106200.htmlより)

「魔」(漢尾バ、呉音マ)は、

会意兼形声。麻は、摩擦してもみとる麻。こすってしびれさせる意を含む。魔は「鬼+音符麻(しびれさす)」。あるいは、梵語の音訳字か、

とあり(漢字源)、

「麻」は植物のアサで人をしびれさせる(麻痺)させる効能を持つ。しびれさせ、正気でなくさせる「鬼(=霊魂)」。唐代以降に見られる文字で、仏教の悪鬼マーラの漢音訳『魔羅』を表記するために造字されたものといわれる、

ともありhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%AD%94、さらに、

形声文字です(麻+鬼)。「切り立った崖の象形とあさの表皮をはぎとる象形」(「麻」の意味だが、ここでは、「梵語mara(釈尊の成道を妨げようとした魔王の名)の音訳」の意味)と「グロテスクな頭部を持つ人」の象形(「鬼」の意味)から、「人をまどわす悪い鬼」を意味する「魔」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1767.html。上記したように、梁・武帝の指示で作字したとする説がある。

「波」 漢字.gif


「波」(ハ)は、

会意兼形声。皮は「頭のついた動物のかわ+又(手)」の会意文字で、皮袋を手でななめに引き寄せて被るさま。波しは「水+音符皮」で、水面がななめにかぶさるなみ、

とある(漢字源)が、

会意兼形声文字です(氵(水)+皮)。「流れる水の象形」と「獣の皮を手ではぎとる象形」(「毛皮」の意味)から、毛皮のようになみうつ水、「なみ」を意味する「波」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji405.html

「皮」 金文・西周.png

(「皮」 金文・西周 ttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%9A%AE)より)

ただ「皮」(漢音ヒ、呉音ビ)は、

象形又は会意。頭のついた獣のかわ+「又(=手)」で動物の皮を引きはがす様、または、斜めに身にまとう様、

ともhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%9A%AE

会意。「頭のついた動物のかわ+又(手)」で、動物の毛皮を手で身体にかぶせるさま。斜めにかける意を含む、

とも(漢字源)あるが、

象形文字です。「獣の皮を手ではぎとる」象形から「かわ」を意味する「皮」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji525.html。「はぎとる」とも「かぶる」とも、金文(西周)からだけでは、判別しにくい。

「旬」 漢字.gif

(「旬」 https://kakijun.jp/page/0690200.htmlより)

「旬」(漢音シュン、呉音ジュン)は、

会意兼形声。「日+音符勹(手をまるくひとめぐりさせたさま)」で、甲乙丙……の十干(じつかん)を一回りする十日の日数のこと、

とあり(漢字源)、

形声文字です(勹+日)。「人が腕を伸ばして抱え込んでいる」象形(「つつむ」の意味だが、ここでは、「匀(キン)」に通じ(「匀」と同じ意味を持つようになって)、「ひとしい」の意味)と「太陽」の象形から、ひとしい太陽の運行を意味し、そこから、「十日」、「十日間」を意味する「旬」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1154.html

「旬」 甲骨文字・殷.png

(「旬」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%97%ACより)

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:天魔波旬
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2022年03月25日

ぼったくる


いっとき、

ぼったくり男爵、

という言葉が世上で話題になったが、「ぼったくり」とは、

法外な料金を取ること、
力ずくで奪い取ること、

といった意味で、訛って、

ぶったくり、

ともいう(デジタル大辞泉)。その動詞が、

ぼったくる、

で、あまり辞書には載らないが、

ぼったくりをする、
ぼる、

ともいい(精選版日本国語大辞典)、

法外な料金を取る、
むりやり奪い取る、

意で、訛って、

ぶったくる、

ともいう(デジタル大辞泉)。この「ぼったくる」の、

「ぼっ」は「ぼる」(暴利)から、

とある(デジタル大辞泉)。

「ぼったくる」から、当然連想されるのは、

ぼる、

という言葉だが、

名詞「暴利(ぼうり)」の動詞化(デジタル大辞泉)、
米騒動の際の暴利取締令に出た語で、「暴利」を活用させたもの(広辞苑)、
「ぼうり(暴利)」を動詞化した語(精選版日本国語大辞典)、
1917年に発せられた「暴利取締令」にある「暴利」からとも、従来一般的な語でなかったが、この法令により民衆に強く印象づけられたhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E3%81%BC%E3%82%8B
「ぼりたくる」が音的に変化したものである。「ぼり」は「暴利」を動詞化した「ぼる」の連用形(日本語俗語辞典)、

などとあり、

法外な代価や賃銭を要求する、
不当な利益をむさぼる、

意とされる(広辞苑・デジタル大辞泉)。「暴利取締令」は、

第一次世界大戦期インフレによる物価騰貴を抑えるため農商務省が定めた省令「暴利ヲ目的トスル売買ノ取締ニ関スル件」の通称。1917年(大正6)9月1日寺内内閣により公布施行された。適用を受けた物品は、米穀類、鉄類、石炭、綿糸および綿布、紙類、染料、薬品、肥料(18年6月追加)で、買占めや売り惜しみに対して戒告、さらに3か月以下の懲役、100円以下の罰金が定められた。おもなねらいは米価騰勢を抑えることにあったが、米騒動を未然に防ぐことはできなかった、

とある(日本大百科全書)。ただ、「ぼる」という言葉は、

貪る、

と当て、

江戸の大坂屋のぼられし年、此男を見て養子にせんと云ふ(北条團水『日本新永代蔵(正徳三(1713)年)』)、

と、

ものを強いてとる、
格外なる代価、または賃錢などを請求する、

意で使われている(大言海)。その意味では、当時、

暴利、

になぞらえて、その転訛とした方が、通りがよかったのかもしれないが、言葉としては、

ぼる、

はあったと見るべきだろう。「たくる」は、

手繰るの義か、

とあり(大言海)、

手繰る、

と当てる(岩波古語辞典)として、

稚児見んとて小袖をたくる(天正本狂言・米借)、

と、

自分のものとして引き寄せる、
ひっぱり取る、
奪って自分のものにする、
ひったくる、

意(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)や、

袖をたくる、

と、

まくる、
たくしあげる、

意(広辞苑)や、

拝み申す、くれ申せと、たくりかかれば(浄瑠璃・心中宵庚申)、

と、

無理に頼む、
せがむ、

意(仝上・岩波古語辞典)や、更には、

座主、姉妹の娘を、別々に置き、思ふほどたくりて、飽き候時(咄本「昨日は今日の物語(1614~24年)」)、

と、

自分のほしいままに扱う、

意(精選版日本国語大辞典)や、

真白に子の筆たくる市が嚊(雑俳「名付親(1814)」)、

と、

だます、
ごまかす、
手をぬく、

意(仝上)でも使うが、

塗りたくる、

のように、

動詞の連用形に付いて補助動詞のように用い、荒々しく事を行なう、限度をこえて強引にするの意を表わす、

といった使い方をする(精選版日本国語大辞典)。

ぼうり(暴利)たくる→ぼりたくる→ぼったくる、

なのか、

ぼる+たくる→ぼったくる、

なのかは別として、「たくる」を付けて、その強引さを強調したものと思われる。この「たくる」と、「たぐる(手繰)」は、

「日葡辞書」に「Tacuri、 u、 utta(タクル) 〈訳〉引っ張って、またはまるめて取る。または力ずくで手から取る」と「Taguri、 u、 utta(タグル) 〈訳〉縄などをまるめながら取る。ナワヲ taguru(タグル)」とが別項目になっていたり、近世多く用例のみられる「たくりかかる」「たくりかける」が清音であったりする、

ことなどから、別語も考えられる(精選版日本国語大辞典)とあり、

同語源かどうかは明らかでない、

とされる(仝上)。「たぐる(手繰る)」は、

三保の浦の引き網の綱のたぐれども長さは春の一日なりけり(平安中期「曾丹集(歌人曾禰好忠(そねのよしただ)の私家集)」)、

と、

綱などを両手で交互に使って引き寄せる、
我が方へかなぐり寄せる、

といった意味(大言海・岩波古語辞典)なので、「ひっぱる」「引き寄せる」という意味の外延に収まらなくもない。

手繰る、

と当てているところから、

たぐる→たくる、

と訛ったとみてもおかしくはない気がする。

なお「ぼったくる」は、

巡査。或は掠奪、

の隠語としてもつかわれる(隠語大辞典)らしい。

「暴」 漢字.gif

(「暴」 https://kakijun.jp/page/1545200.htmlより)

「暴」(漢音ホウ・呉音ボウ、漢音ホク・呉音ボク、慣用バク)は、

会意。もと「日+動物の体骨+両手」で、動物のからだを手で天日にさらすさま。のち、その中の部分が「出+米」のように誤って伝えられた。表(外に出す)と同系で、曝(バク むきだしてさらす)の原字。のち、豹(ヒョウ 荒く身軽なヒョウ)・爆(バク 火の粉が荒くはじける)・瀑(バク しぶきが荒々しく散る)などの系列の語と通じて、手荒いの意に用いる、

とある(漢字源)。別に、

会意。日と、米(こめ。氺は誤り変わった形)と、「出+大」(共は変わった形。両手に持つ)とから成る。米を両手に持って日光に当ててかわかす、「さらす」意を表す。借りて、あらあらしい意に用いる、

とも(角川新字源)、

会意。動物の死骸(「氺」古くは「米」)を両手で支えて(「共」)、「日」にさらすさま。「曝」の原字。「表」「票(火の粉が舞い上がって目立つ)」等に通じる。「あらい・あらあらしい」は「𣋴」と通じたものか、

ともhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9A%B4

「暴」 甲骨文字・殷.png

(「暴」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9A%B4より)

会意文字です。「太陽」の象形と「両手」の象形と「動物を裂いた」象形で、動物などを裂き開いて、太陽にさらす様を表し、そこから、「日に当てて乾かす」を意味する「暴」という漢字が成り立ちました。また、この作業があらあらしい事から、「あらあらしい」の意味も表すようになりました、

ともhttps://okjiten.jp/kanji204.htmlあり、微妙に解釈が異なる。

「利」 漢字.gif

(「利」 https://kakijun.jp/page/0732200.htmlより)

「利」(リ)は、

会意、「禾(いね)+刀」。稲束を鋭い刃物でさっと切ることを示す。一説に、畑を鋤いて水はけや通風をよくすることをあらわし、刀はここでは鋤を示す。すらりと通り、支障がない意を含む。転じて刃がすらりと通る(よく切れる)、事が都合よく運ぶ意となる、

とある(漢字源)。

「利」 甲骨文字・殷.png

(「利」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%88%A9より)

会意。刀と、禾(か いね)とから成り、すきで田畑を耕作する意を表す。「犂(リ すき)」の原字。ひいて、収益のあること、また、すきのするどいことから「するどい」意に用いる、

とか(角川新字源)、

会意、「禾」(穀物)+「刂」(刀)で、穀物を鋭い刃物で収穫することで、「するどい」の意と、刈り取ったものから「もうけ」「もうける」の意が生じた。一説には、「刂」は鋤で、水はけ等を良くすることとも、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%88%A9のは、「鋤」説である。

「貪」 漢字.gif


「貪」(慣用ドン、漢音タン、呉音トン)は、

会意。今(漢音キン、呉音コン)は「ふたで囲んで抑えた印+―印」の会意文字で、物を封じ込めるさまを示す。貪は「貝+今」で、財貨を奥深くため込むことを表す、

とある(漢字源)。

会意文字です(今+貝)。「ある物をすっぽり覆い含む」象形(「含」の一部で、「含む」の意味)と「子安貝(貨幣)」の象形から「金品を含み込む」、「むさぼる」、「欲張る」、「欲張り」を意味する「貪」という漢字が成り立ちました、

も同趣旨になるhttps://okjiten.jp/kanji2202.html

「貪」 小篆・説文・漢.png

(「貪」 小篆・説文・漢 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%B2%AAより)

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
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2022年03月26日

竹園


申すに及ばぬ処なれども、竹園(ちくえん)摂家の外(ほか)、未だ准后の宣旨を下されたる例なし(太平記)、

に、

竹園、

を、

ちくえん、

と訓ませるのは、漢語の音読みで、

孝王、竇太后少子也、愛之、賞賜不可勝道、於是、孝王築東苑、方三百余里、卽免園也、多植竹、中有修竹園(史記・梁孝王世家)、

とあり(字源)、

修竹園、

と名づけたといい、その註に、

正義曰、……俗人言梁孝王竹園也、

とあり(大言海)、文字通り、

竹の生えている園、

の意だが、この故事により、

親王、皇子の異称、
皇族、

を意味する。

和語では、

たけのその、

と訓ませ、

つたへきて世々にかはらぬ竹のその身にうきふしを残さずもがな(「新千載集(1359)」)、

と、文字通り、

竹の生えている園、
竹藪。

の意でも使うが、

朝日かげさし栄えゆく竹の園(たけのその)千代に八千代になほぞ重ねん(夫木抄)、



竹の園、

あるいは、

竹の園生の末葉まで、人間の種ならぬぞ、やんごとなき(徒然草)、

と、

竹の園生(たけのそのふ)、

とも、

竹生(たかふ)、

ともいい(大言海)、室町末期の国語辞書『匠材集(しょうざいしゅう)』(慶長二年(1597)成立)に、

竹の園、親王の名なり、竹園、

とあるように、

天子の子、
親王、

の雅語として使う(岩波古語辞典・大言海)。

「竹生」も、

并せて竹村(タカフ)の地(ところ)を奉献りつ(書紀・安閑紀)、

と、文字通り、

竹の生えた所、

の意で、

竹やぶ、
竹林、

を指す(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。

「竹」 漢字.gif


「竹」(漢音・呉音チク、唐音シツ)は、

象形。たけの枝の二本を描いたもの。周囲を囲むの意を含む、

とある(漢字源)が、

象形。たけの葉が垂れ下がっているものを象る、

の方が正確のようであるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%AB%B9

「竹」 甲骨文字・殷.png

(「竹」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%AB%B9より)

「園」(漢音エン、呉音オン)は、

会意兼形声。袁(エン)は、ゆったりとからだを囲む衣。園は「囗(かこし)+音符袁」、

とある(漢字源)。別に、

「園」 漢字.gif

(「園」 https://kakijun.jp/page/1312200.htmlより)

形声。囗と、音符袁(ヱン)とから成る。果樹・野菜などを植える「その」の意を表す、

とも(角川新字源)、

形声文字です。「周辺を取り巻く線」(「囲(かこ)い」の意味)と「足跡・玉・衣服」の象形(衣服の中に玉を入れ、旅立ちの安全を祈るさまから、「遠ざかる」の意味だが、ここでは、「圜(えん)」に通じ(同じ読みを持つ「圜」と同じ意味を持つようになって)、「巡る」の意味)から、囲いを巡らせた「その」を意味する「園」という漢字が成り立ちました、

ともhttps://okjiten.jp/kanji270.htmlある。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
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2022年03月27日

六道四生


御辺は今、六道四生の間、いづれの所に生じておはするぞ(太平記)、

に、

六道四生、

とあるは、

ろくどうししょう、

と訓ませ、

六道は、欲望が支配する欲界の衆生が輪廻する六種の世界(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天)、四生は、四種の生れ方(胎生・卵生・湿生・化生)、

と注記される(兵藤裕己校注『太平記』)。正倉院文書にも、

百工遵有道之風、十方三界、六道四生、同霑此福、咸登妙果(天平勝宝八年(756)六月二一日・東大寺献物帳)、

とある(精選版日本国語大辞典)が、

六趣四生、

ともいう。

三界図.jpg

(「「三界図」(江戸末期) それぞれの世界の海抜、距離、住民の寿命と身長などが書き込まれている https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E7%95%8Cより)

「欲界」は、「摩醯修羅(まけいしゅら)」http://ppnetwork.seesaa.net/article/485376769.htmlで触れたように、仏教における、

欲界、
色界、
無色界、

の三つの世界の一つとされ、欲界には、「天魔波旬」http://ppnetwork.seesaa.net/article/486132894.html?1648063382で触れた、六種の天が、上から、

他化自在天(たけじざいてん) 欲界の最高位。六欲天の第6天、天魔波旬の住処、
化楽天(けらくてん、楽変化天=らくへんげてん) 六欲天の第5天。この天に住む者は、自己の対境(五境)を変化して娯楽の境とする、
兜率天(とそつてん、覩史多天=としたてん) 六欲天の第4天。須弥山の頂上、12由旬の処にある。菩薩がいる場所、
夜摩天(やまてん、焔摩天=えんまてん) 六欲天の第3天。時に随って快楽を受くる世界、
忉利天(とうりてん、三十三天=さんじゅうさんてん) 六欲天の第2天。須弥山の頂上、閻浮提の上、8万由旬の処にある。帝釈天のいる場所、
四大王衆天(しだいおうしゅてん) 六欲天の第1天。持国天・増長天・広目天・多聞天の四天王がいる場所、

とあるhttp://yuusen.g1.xrea.com/index_272.html他)。そして、「六道」(ろくどう・りくどう)は、「六道の辻」http://ppnetwork.seesaa.net/article/475321240.htmlで触れたように、

天道(てんどう、天上道、天界道とも) 天人が住まう世界である。
人間道(にんげんどう) 人間が住む世界である。唯一自力で仏教に出会え、解脱し仏になりうる世界、
修羅道(しゅらどう) 阿修羅の住まう世界である。修羅は終始戦い、争うとされる、
畜生道(ちくしょうどう) 畜生の世界である。自力で仏の教えを得ることの出来ない、救いの少ない世界、
餓鬼道(がきどう) 餓鬼の世界である。食べ物を口に入れようとすると火となってしまい餓えと渇きに悩まされる、
地獄道(じごくどう) 罪を償わせるための世界である、

を指し、このうち、

天道、人間道、修羅道を三善趣(三善道)、

といい、

畜生道、餓鬼道、地獄道を三悪趣(三悪道)、

という(大言海)らしい。この六つの世界のいずれかに、

死後その人の生前の業(ごふ)に従って赴き住まねばならない、

のである(岩波古語辞典)。

「六道」は、

梵語ṣaḍ-gati(gatiは「行くこと」「道」が原意)、

の漢訳で、

6つの迷える状態、

の意https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AD%E9%81%93

「隔生則忘(きゃくしょうそくもう)」http://ppnetwork.seesaa.net/article/485335998.htmlで触れたように、大乗仏教が成立すると、六道に、

声聞(仏陀の教えを聞く者の意で、仏の教えを聞いてさとる者や、教えを聞く修行僧、すなわち仏弟子を指す)、
縁覚(仏の教えによらずに独力で十二因縁を悟り、それを他人に説かない聖者を指す)、
菩薩(一般的には菩提(悟り)を求める衆生(薩埵)を意味する)、
仏(「修行完成者」つまり「悟りを開き、真理に達した者」を意味する)、

を加え、六道と併せて十界を立てるようになるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BC%AA%E5%BB%BBが、「六道」は、

六趣、
六界、

ともいい、

衆生(しゅじょう)がその業(ごう)に従って死後に赴くべき六つの世界、

であり、

生まれ変わりながら何度も行き来する、

と考えられている。

「四生」(ししょう)は、生物をその生まれ方から、

胎生(たいしょう 梵: jarāyu-ja)母胎から生まれる人や獣など、
卵生(らんしょう 梵: aṇḍa-ja)卵から生まれる鳥類など、
湿生(しっしょう 梵: saṃsveda-ja)湿気から生まれる虫類など、
化生(けしょう upapādu-ka)他によって生まれるのでなく、みずからの業力によって忽然と生ずる、天・地獄・中有などの衆生、

の四種に分けた(岩波仏教語辞典)。

要するに、「六道四生」とは、

六道のどこかに、胎生・卵生・湿生・化生の四つの生まれ方のどれかをとって生まれること、

の意味(精選版日本国語大辞典)になり、

衆生が生まれ変わり、流転している状態、

を指す(広辞苑)。

冒頭の引用は、大森彦七盛長という武者が、鬼となって現れた楠木正成に、

六道四生(ろくどうししょう)の間、いづれの所に生じておはするぞ、

と、問いかけているのである。正成は、先帝後醍醐に供奉し、先帝は、

摩醯修羅(大自在天)の所変にておはせしかば、今帰って欲界の六天に御座あり、

と答え、自らは、

修羅の眷属となりて、

といい、

千頭王鬼となって七頭の牛に乗っている姿、

を現すのである(太平記)。なお、「六道能化」http://ppnetwork.seesaa.net/article/485970447.html?1647027751で触れたように、六道衆生の救い主は、

地蔵菩薩、

であり、地蔵は、

釈迦入滅後、弥勒菩薩がこの世に現れるまでの無仏世界の救世主とされる、

「六」 漢字.gif

(「六」 https://kakijun.jp/page/0421200.htmlより)

「六」(漢音リク、呉音ロク)は、

象形。おおいをした穴にを描いたもの。数詞の六に当てたのは仮借(カシャク 当て字)、

とある(漢字源・https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%85%AD)が、

象形。屋根の形にかたどる。借りて、数詞の「むつ」の意に用いる、

とも(角川新字源)、

象形文字です。「家屋(家)」の象形から、転じて数字の「むつ」を意味する「六」という漢字が成り立ちました、

ともhttps://okjiten.jp/kanji128.htmlあり、「穴」か「家」だが、甲骨文字を見ると、「家」に思える。

「六」 甲骨文字・殷.png

(「六」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%85%ADより)

「道」(漢音トウ、呉音ドウ)も、

会意形声説。「辵」(足の動きを意味する)+音符「首」(古くは同系統の音とする)で、ある方向を向いた道を表わす(藤堂明保)、

と、

会意説。魔除に他部族の首を刎はね、供えた(白川静)、

と、説がわかれるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%81%93

「道」 漢字.gif

(「道」 https://kakijun.jp/page/1266200.htmlより)

会意兼形声。「辶(足の動作)+音符首」で、首(あたま)を向けて進みゆくみち。また迪(テキ みち)と同系と考えると、一点から出て延びていくみち(漢字源)、

会意形声。辵と、首(シウ)→(タウ かしら。先導する者)とから成る。目的地までみちびく意を表す。「導(タウ)」の原字。一説に、会意で、邪気をはらうために、生首を持って行進する意を表すという。転じて「みち」の意に用いる(角川新字源)、

などは、前者になる。

「道」 金文・西周.png

(「道」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%81%93より)

会意兼形声文字です。(行+首)。「十字路」の象形(「行く、みち」の意味)と「目と髪を強調した頭」の象形(「首」の意味)から、異民族の首を埋めた清められた「みち」を意味する「道」という漢字が成り立ちました、

とあるhttps://okjiten.jp/kanji216.htmlのは、後者になる。

「四」 漢字.gif

(「四」 https://kakijun.jp/page/0544200.htmlより)

「四」(シ)は、

会意。古くは一線四本で示したが、のち四と書く。四は「口+八印(分かれる)」で、口から出た息がばらばらに分かれることを表す。分散した数、

とある(漢字源)。それは、

象形。開けた口の中に、歯や舌が見えるさまにかたどり、息つく意を表す。「呬(キ)(息をはく)」の原字。数の「よつ」は、もとで4本の横線で表したが、四を借りて、の意に用いる(角川新字源)、

とか

指事文字です。甲骨文・金文は、「4本の横線」から数の「よつ」の意味を表しました。篆文では、「口の中のに歯・舌の見える」象形となり、「息」の意味を表しましたが、借りて(同じ読みの部分に当て字として使って)、「よつ」を意味する「四」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji126.html

とか、

象形。口をあけ、歯と舌が見えている状態。本来は「息つく」という意味を表す。数の4という意味はもともと横線を4本並べた文字(亖)で表されていたが、後に四の字を借りて表すようになったhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%9B%9B

とかと、「指事」説、「象形」説とに別れるが、趣旨は同じようである。

「四」 甲骨文字・殷.png

(「四」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%9B%9Bより)

「四」 楚系簡帛文字・戦国時代.png

(「四」 楚系簡帛(かんぱく)文字・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%9B%9Bより)

「生」(漢音セイ、呉音ショウ)は、「なま」http://ppnetwork.seesaa.net/article/484932208.htmlで触れたように、

会意。「若芽の形+土」で、地上に若芽の生えたさまを示す。生き生きとして新しい意を含む、

とある(漢字源)。

「生」 漢字.gif

(「生」 https://kakijun.jp/page/0589200.htmlより)

ただ、中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)には、

土の上に生え出た草木に象る、

とあり、現代の漢語多功能字庫(香港中文大學・2016年)には、

屮(草の象形)+一(地面の象形)で、草のはえ出る形、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%94%9Fため、

象形説。草のはえ出る形(白川静説)、
会意説。草のはえ出る形+土(藤堂明保説)、

と別れるが、

象形。地上にめばえる草木のさまにかたどり、「うまれる」「いきる」「いのち」などの意を表す(角川新字源)、
象形。「草・木が地上に生じてきた」象形から「はえる」、「いきる」を意味する「生」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji33.html

とする説が目についた。甲骨文字を見る限り、どちらとも取れる。

参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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2022年03月28日

うんざり


「うんざり」は、

小姑のできるには嫁うんざりし(万句合)、

と、

物事に飽き果てていやになるさま、
げんなり、

の意(広辞苑)で使うが、

うんざりと、

と、「と」を付けて、

うしろびっくり、前うんざりといふなるべし(評判記「あづまの花軸(1764~72)」)、

と、

予想外のことにがっかりしたり、びっくりしたりするさま、
あきれ驚くさま、

を表わす語として使ったり、

復(また)お座敷かとうんざりしたが(人情本「春色恋廼染分解(1860~65)」)、

と、

物事が十分すぎて、あきあきしていやになるさま、
同じ状態が続いたり、何度も繰り返されたりしてあきてしまうさま、

を表わす語としても使う(精選版日本国語大辞典)。

挨拶が長過ぎてウンザリする、

と、動詞化して、

わずらわしく思う、
面倒くさい、

意でも使う。

厭り、
倦んざり、

と当てるように、

倦んずありの約(大言海)、
ウンはウンジハテルのウンで、厭の義、ザリは助語(俚言集覧・語簏)、
「ウン(倦み)+シ+ハテリ」、倦み果てりの変化(日本語源広辞典)、

などと、

倦む、

と関係づける説が多い。確かに、

消息断たれければ、それに思ひうんじて、こもりたるとなむ(宇治拾遺物語)、

と、「倦んず」を、

倦みす→倦んず、の転訛(大言海)、

とみるか、

ウム(倦)シ(為)の転(umisi→umizi→unzi)(岩波古語辞典)、

とみるかの違いはあるが、「倦んず」もまた、

まことにまめやかにうんじ心憂がれば(枕草子)、

と、

気がくじける、ふさぎこむ、倦む、

の意の外に、

世の中をうんじて筑紫へくだりける人(大和物語)、

と、

ものごとがいやになって投げ出す、

の意があり、意味としては、確かに重なる。因みに、「倦んじ」の「ん」抜きが、

御衣どもに移り香もしみたり。すべられる程に、あらはに人もうじ給ひぬべければ(源氏物語)、

と、

倦ず、

となる。

「うんざり」は、本来、

飽きてうるさく煩わしく感じられる、
我慢の限界を超えて嫌気がさし、やる気を失う様子、

といった意であったが、

江戸時代から明治にかけて、

不思議そうに恐々(おそるおそる)叔母の顔色を窺ッて見てウンザリした(二葉亭四迷『浮雲』)、

と、

驚きや恐れからくる嫌悪感、

をも表すようになった(擬音語・擬態語辞典)。現代の語感でも、

飽き飽きする、

という状態表現に、

嫌悪感、

のような、

生理的・体感的な、

価値表現へとシフトしているような気がする(日本語語感の辞典)。

同じようなものがたくさん集まっていて、全体がうごめいている、

意で使う擬態語に、

うじゃうじゃ、

があるが、それと似た言葉に、

うざうざ、

という、

小さいものがうるさいぐらい密集する様子、

を表す擬態語があり、それが、「ぼやぼや」と「ぼんやり」が関係するように、

うざうざ⇔うんざり、

と対比でき、「うんざり」は「うざうざ」の「うざ」とは重なり、現代語の、

うざい、
うざったい、

の「うざ」とも共通する(擬音語・擬態語辞典)。

ウウンと呻(うな)って退き去る義か(両京俚言考)、

という説はありえないにしても、あるいは、「うんざり」は、

うざうざ、

の「うざ」とつながる、擬態語由来なのかもしれない。

因みに、江戸時代、

此時風呂のすみにかゞみ居たるは、うんざり鬢とかいふちうッぱらの中ウどしまさきほどよりだまって居たりしが、この騒動おびたゞしく、湯のはねるにあつくなって、風呂のすみから真赤におこり出す(浮世風呂・女中湯之遺漏)、

とあるように、男女ともに、

うんざり鬢(びん)、

という鬢の形があった。一説に、

うんざりするほど鬢の毛が多いもの、

をさす(仝上)、という。その「うんざり鬢」に結った頭を、

うんざり頭で寝ているやつもあり(安永六年(1777)「くだ巻しゃれ會」)、

と、

うんざり頭、

といい、

粋でない髪型、

とされる(仝上・江戸語大辞典)。

「倦」 漢字.gif


「倦」(漢音ケン、呉音ゲン)は、

会意兼形声。卷(巻)の字の下部は、人が丸くからだをかがめた姿。上部は両手で物を持った姿を示す。まるく曲げたり巻いたりするの意を含む。捲(ケン)の原字。倦は「人+音符卷」で、しゃんとからだを伸ばさず、ぐったりと曲がること、

とある(漢字源)が、別に、

形声。人と、音符卷(クヱン)とから成る。つかれてうずくまる、ひいて、あきる意を表す、

とも(角川新字源)、

会意兼形声文字です(人+卷)。「横から見た人」の象形と「分散しかけたものの象形と両手の象形(「両手で持つ」の意味)とひざを曲げている人の象形」(「まるくなる」の意味)から、「人が疲れてひざを曲げる」、「疲れる」を意味する「倦」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji2370.html

参考文献;
中村明『日本語語感の辞典』(岩波書店)
山口仲美編『擬音語・擬態語辞典』(講談社学術文庫)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:うんざり
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2022年03月29日

げんなり


「うんざり」http://ppnetwork.seesaa.net/article/486185381.html?1648408538の類義語に、

げんなり、

がある。

それ以上、物事をする気力を失ったさまを表わす語、

とあり(日本国語大辞典)、

どふした因果のかたまり、こちゃげんなりと成程、八めはいきって馬を取たとしがみつく(浄瑠璃「丹波与作待夜の小室節(1707頃)」)、

と、

落胆して、気力をそがれるさま、
がっかり、

の意や、

抜身を杖と立からだ、足はげんなり膝かっくり、へったりすわりて這ひ廻る(浄瑠璃「後三年奥州軍記(1729)」)、

と、

疲れなどで弱ってしまったさま、
がっくり、

の意や、

ぢりんぐゎらん、どろんちりんじゃんこぢゃんこと響く故、如何な男も是にはげんなり(浄瑠璃「諸葛孔明鼎軍談(1724)」)、

と、

十分すぎていやになるさま、
うんざり、

の意で使う(精選版日本国語大辞典)。「げんなり」は、「うんざり」と似た意味だが、「うんざり」が、

いやになる様子を表す語、

で、

単に飽きていやだと思う様子、

なのに対して、「げんなり」は、

疲労感を伴う、

という違いがある(擬音語・擬態語辞典)とされ、「うんざり」は、

物事に飽きて嫌気が差した状態、

を意味し、

飽きる、

に主眼があるが、「げんなり」は、

疲労や精神的ショックで気力や体力が削がれ動く元気がなくなる様子、

を表し、

気力が削がれる、

にポイントがあるhttps://meaning-dictionary.com/とするのも同趣旨だが、「うんざり」http://ppnetwork.seesaa.net/article/486185381.html?1648408538の意味の変化が、

嫌悪感、

になったように、「げんなり」も、疲れた状態から、

暑さでげんなりする、

には、

十分すぎていやになる、

含意を持つように転じていて、

暑さでうんざりする、

と言い換えても、含意はあまり変わらなくなっている気がする。「げんなり」の方が、へたった状態がより強いという感じだろうか。ただ、

仕事がやまのようでげんなりだ、

と、

倦み飽きたる状に云ふ語、
また、
食ひ飽きたる状に云ふ語、

ともあり(大言海)、さらに、

大坂詞にては、力を落としてがっかりする状に云ふ語、

とあるので、上記、

こちゃげんなりと成程、八めはいきって馬を取たとしがみつく(浄瑠璃「丹波与作待夜の小室節(1707頃)」)、

は、その例とされている。上記「げんなり」の用例が、ほとんど上方の浄瑠璃であることを考えると、上方と江戸で「げんなり」の含意を異にしていた可能性はある。ただ、「げんなり」を、江戸でも、

三ツまで育てまして此間驚風とやらでなくしましたから、げんなりいたして(文化十年(1813)「あみだ詣」)、

と、

落胆した様、がっくり、がっかり、

の意でも使っており(江戸語大辞典)、「げんなり」と「うんざり」の区別は曖昧になっている気がする。

だとしても、「げんなり」の意味の変化を考えると、「うんざり」の、

倦んだ状態、

に対して、「げんなり」は、

倦み飽きた状態が、更に極まった状態、

という見方をすると、今日の、「うんざり」と「げんなり」の微妙な含意の差を感じ取れるのではないかと思う。

ところで、「げんなり」の語源は、

ゲンナは、気無(ケナ)の音便にてもあるべきか(仄(ほの)、ほんのり。和(ヤハ)、やんはり)、音を強く云ふとて、濁るか、リは接尾語(大言海)、
ぐんなりの転(日本語源広辞典)、
クネリ、グナリ、グンナリの転訛した語(大辞典)、

などとある。「ぐんなり」は、

力の抜けたさま、
勢いの衰えたさま、

の意(広辞苑)で、

疲れる、

意味は重なるが「ぐんなり」が、ただの状態表現であるのに対して、「げんなり」は、

飽きて嫌気がさす、

と価値表現になっているので含意を異にする(擬音語・擬態語辞典)。むしろ、

疲れて弱った様子、

の、

ぐったり、

あるいは、

くたくた、
ぐたぐた、

も疲れ果てた様子を示す擬態語だし、あるいは

苦労・疲労・病気などのために急にやせ衰えた様子、
苦労・疲労・病気などのために急に気落ちしたり、やる気をなくしてしまったりした様子、

の意(擬音語・擬態語辞典)の、

げっそり、

も「げんなり」の意味と重なるところがある。「ぐんなり」「げっそり」と、いずれも擬態語で、

ぐんなりの転、

かどうかは別として、「げんなり」も同様に擬態語由来とみていいようである。

参考文献;
山口仲美編『擬音語・擬態語辞典』(講談社学術文庫)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
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2022年03月30日

闘諍堅固


世すでに闘諍堅固(とうじょうけんご)になりぬれば、これならずとも、閑(のど)かなるまじき理(ことわ)りなれども(太平記)、

にある、

闘諍堅固、

は、

仏滅後の二千五百年を五つに区分した最後の五百年で、争いがたえない世、

をいう(兵藤裕己校注『太平記』)。文字通り、「闘諍」は、

修羅の闘諍、帝釈の争ひもかくやとこそ覚え侍ひしか(平家物語)、

と、

たたかい争う、

意、つまり、

闘争、

の意で、「堅固」は、

道心堅固の人なり(宇治拾遺)、

と、

物のかたくしっかりしていること、転じて心がしっかり定まって動かない、

意で使うが、「闘諍堅固」は、

次の五百年には、我が法の中において、言頌を斗諍し、白法隠没損減すること堅固ならん(「大集経(だいじっきょう)」=「大方等大集経(だいほうどうだいじっきょう)」)、

http://jodoshuzensho.jp/daijiten/index.php/%E9%97%98%E8%AB%8D%E5%A0%85%E5%9B%BA

仏滅後二千五百年を五百年毎に区切った五五百歳(ごごひゃくさい)のうち、解脱堅固、禅定堅固、多聞堅固、造寺堅固につぐ第五の五百年、

を指し(岩波古語辞典)、

いはんやこの頃は第五の五百年闘諍のときなり(文永一一年(1274)「和語燈禄」)、

と、

諸僧が互に自説の優位を主張し、争うことが多く、邪見のみにて仏法が姿をかくしてしまう時(精選版日本国語大辞典)、
仏教がおとろえ、互いに時節に固執して多と争うことのみ盛んである時代(岩波古語辞典)、

の謂いで、

末法、

を指す。「闘諍堅固」は、

闘諍言訟(とうじょうごんしょう)、
白法隠没(びゃくほうおんもつ)、

ともいい、法滅の危機だからこそ、

我が滅度の後、後の五百歳の中、閻浮提(えんぶだい 人間が住む大陸)に広宣流布して断絶せしむること無かれ(法華経)、

と、

世界広宣流布の時、

とされる。「五五百歳」は、順に、

①解脱堅固(げだつけんご 仏道修行する多くの人々が解脱する、すなわち生死の苦悩から解放されて平安な境地に至る時代)、
②禅定堅固(ぜんじょうけんご 人々が瞑想修行に励む時代)、
③読誦多聞堅固(どくじゅたもんけんご 多くの経典の読誦とそれを聞くことが盛んに行われる時代)、
④多造塔寺堅固(たぞうとうじけんご 多くの塔や寺院が造営される時代)、
⑤闘諍言訟(とうじょうごんしょう)・白法隠没(びゃくほうおんもつ)=闘諍堅固、

とされ(大集経)、ここで「堅固」は、

変化、変動しない様をいい、定まっていること、

の意味で、

解脱・禅定堅固は正法時代、
読誦多聞・多造塔寺堅固は像法時代、
闘諍堅固は末法、

https://www.seikyoonline.com/commentary/?word=%E4%BA%94%E4%BA%94%E7%99%BE%E6%AD%B3、これを、

正法、
像法、
末法、

の、

三時説、

といい、仏教が完全に滅びる法滅までの時間を三段階に区切り、

釈尊の入滅の後しばらくは、釈尊が説いた通りの正しい教えに従って修行し、証果を得る者のいる正法の時代が続く。しかしその後、教と行は正しく維持されるが、証を得る者がいなくなる像法の時代、さらには教のみが残る末法の時代へと移っていき、ついには法滅に至る、

というhttp://jodoshuzensho.jp/daijiten/index.php/%E6%9C%AB%E6%B3%95。南岳慧思の『立誓願文』(558年)では、

正法五百年、
像法千年、
末法万年、

と三時の年数を定め、

末法思想、

の嚆矢となる(世界大百科事典)、とある。日本では、『日本霊異記』がいち早く、

正法五百年・像法千年説、

に則り、延暦六年(787)はすでに末法であると表明している。その後平安期後半に源信の『往生要集』や最澄に仮託した『末法灯明記』が著され、

正法千年・像法千年説、

を取り、周穆王(ぼくおう)五二年(紀元前949)の仏滅説から計算して、

永承七年(1、052)、

を末法の年と見なした(仝上)、とある。

「闘」 漢字.gif

(「闘」 https://kakijun.jp/page/1832200.htmlより)

「闘」 漢字 旧字.gif


「闘」 旧字 漢字.gif


「鬪(闘)」(漢音トウ、呉音ツ)は、

会意兼形声。中の部分の字(音ジュン)は、たてる動作を示す。鬪は、それを音符とし、鬥(二人が武器をもってたち、たたかうさま)を加えた字で、たちはだかって切り合うこと。闘は鬥を門に替えた俗字で当用漢字に採用された、

とある(漢字源)。別に、

形声。鬥と、音符斲(タク)→(トウ)とから成る。旧字鬪は、その俗字。常用漢字は、旧字鬪の誤字闘による、

とも(角川新字源)、

会意兼形声文字です(門(鬥)+尌(斲))。「人がたたかう」象形と「頭がふくらみ、脚が長い食器、たかつきの象形と曲がった柄の先に刃をつけた手斧の象形」(「物を置いておいて、斧で切る」の意味)から、「たたかう」を意味する
「闘」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1417.htmlが、

鬭→鬪→闘、

の変化があったことになる。

「諍」 漢字.gif

(「諍」 https://kakijun.jp/page/E679200.htmlより)

「諍」(漢音ソウ、呉音ショウ)は、

会意兼形声。爭(=争 ソウ)は、一つのものを両方に引っ張り合うことを示す会意文字。諍は「言+音符爭」で、ことばで両方からとりあいをすること。いさめる、うったえる、などというのはその派生義である、

とあり(漢字源)、「争」と同義で、「諍訟」(ソウショウ)と、「訟」と類義である(仝上)。

「堅」 漢字.gif

(「堅」 https://kakijun.jp/page/1222200.htmlより)

「堅石白馬」http://ppnetwork.seesaa.net/article/484371677.htmlで触れたように、「堅」(ケン)は、

会意兼形声。臤(ケン)は、臣下のように、からだを緊張させてこわばる動作を示す。堅はそれを音符とし、土を加えた字で、かたく締まって、こわしたり、形を変えたりできないこと、

とある(漢字源)が、別に、

土と、臤(ケン かたい)とから成り、土がかたい、ひいて、「かたい」意を表す。「臤」の後にできた字、

ともあり(角川新字源)、さらに、

会意兼形声文字です(臤+土)。「しっかり見開いた目の象形(「家来」の意味)と右手の象形」(神のしもべとする人の瞳を傷つけて視力を失わせ、体が「かたくなる」の意味)と「土地の神を祭る為に柱状に固めた土」の象形(「土」の意味)から、かたい土を意味し、そこから、「かたい」を意味する「堅」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1243.html

「固」 漢字.gif

(「固」 https://kakijun.jp/page/0846200.htmlより)

「固」(漢音コ、呉音ク)は、

会意兼形声。古くは、かたくひからびた頭蓋骨を描いた象形文字。固は「囗(かこい)+音符古」で、周囲からかっちりと囲まれて動きの取れないこと、

とあり(漢字源)、似た説に、

会意形声。「囗(囲い)」+音符「古」、「古」は、頭蓋骨などで、古くてかちかちになったものの意。それを囲んで効果を確実にしたもの、

ともあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%9B%BAが、別に、

形声。囗(城壁)と、音符古(コ)とから成る。城をかたく守る、ひいて「かたい」意を表す、

とか(角川新字源)、

(囗+古)。「周辺を取り巻く線(城壁)」の象形と「固いかぶと」の象形(「かたい」の意味)から城壁の固い守り、すなわち、「かたい」を意味する「固」という漢字が成り立ちました、

ともありhttps://okjiten.jp/kanji598.html、説がわかれている。

「固」 金文・西周.png

(「固」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%9B%BAより)

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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2022年03月31日

四衆


梨軍支(りぐんし)、大きに慚愧して、四衆(ししゅ)の前にして、これならでは、喰ふべき物なしとて、沙(いさご)を喫し、水を飲みて即ち涅槃に入りにけるこそあはれなれ(太平記)、

にある、

四衆、

ししゅ、

と訓ませ(「しゅ」は「衆」の呉音)、

四種の信徒、比丘(僧)、比丘尼(尼)、優婆塞(うばそく 在家の男)、優婆夷(うばい 在家の女)、

と注記がある(兵藤裕己校注『太平記』)が、仏教の術語で、

仏教教団のメンバーの総称、

とする(日本大百科全書)のが正確。つまり、出家者の男女を指す、

比丘(びく ビクシュbhiku)、
比丘尼(びくにビクシュニーbhikunī)、

と、在家信者の男女を指す、

優婆塞(うばそく ウパーサカupāsaka)、
優婆夷(うばい ウパーシカーupāsikā)、

である。比丘・比丘尼は、

具足(ぐそく)戒を受けて教団内で修行に専念する者、

の意で、優婆夷・優婆塞は、

彼らに衣食住などを布施し、五戒を受け帰依(きえ)した在家信者、

を指し、彼らによって、教団は構成され維持される。後に比丘・比丘尼の未成年者、

沙弥(しゃみ)と沙弥尼、

比丘尼として出家する前の二年間を過ごす、

学真女(がくしんにょ)、

を加えて、

七衆(しちしゅ)となる(仝上)。「四衆」は、

四輩、
四部衆、
四部、

などともいう(岩波古語辞典・ブリタニカ国際大百科事典)。

「具足(ぐそく)戒」の「具足」は、

近づくの意で、涅槃に近づくこと、

をいい、また、教団で定められた、

完全円満なもの、

の意ともいい(精選版日本国語大辞典)、

小乗仏教の僧・尼僧の戒。また出家教団(僧伽 そうが)に入るために受持する戒律、

で(百科事典マイペディア)、

具戒、
進具戒、
大戒、

ともいい、『四分律』では、

男性の修行者は250戒、女性は348戒、

あるとされる(精選版日本国語大辞典)。また、「五戒」は、

五つの戒、

だが、「戒」は、

サンスクリット語のシーラśīla、

の訳語、

自ら心に誓って順守する、

徳目であり、ここの「五戒」は、在家者のために説かれた「五戒」で、

不殺生(ふせっしょう 生命のあるものを殺さない)戒、
不偸盗(ふちゅうとう 与えられないものを取らない)戒、
不邪淫(ふじゃいん みだらな男女関係を結ばない)戒、
不妄語(ふもうご いつわりを語らない)戒、
不飲酒(ふおんじゅ 酒類を飲まない)戒、

をいい(日本大百科全書)、

優婆塞戒(うばそくかい)、
五常、
五学処、

などともいう(精選版日本国語大辞典)。

なお、「四衆」は、天台宗では、

発起衆(ほっきしゅ 仏の説法のために時機を考えて質問を発する者)、
当機衆(とうきしゅ 教説を聞いて悟りを得る者)、
影響衆(ようごうしゅ 他所から来て仏の説法教化を助ける者)、
結縁衆(けちえんしゅ 仏の説法会に列席する因縁のある者)、

をいいhttp://jodoshuzensho.jp/daijiten/index.php/、仏の説法の席に列席する人々を、「機根」に応じて四種に分けた。なお、「機根」http://ppnetwork.seesaa.net/article/484995810.htmlについては触れた。

「四」 漢字.gif

(「四」 https://kakijun.jp/page/0544200.htmlより)

「四」(シ)は、「六道四生」http://ppnetwork.seesaa.net/article/486172596.html?1648323250で触れたように、

会意。古くは一線四本で示したが、のち四と書く。四は「口+八印(分かれる)」で、口から出た息がばらばらに分かれることを表す。分散した数、

とある(漢字源)。それは、

象形。開けた口の中に、歯や舌が見えるさまにかたどり、息つく意を表す。「呬(キ)(息をはく)」の原字。数の「よつ」は、もとで4本の横線で表したが、四を借りて、の意に用いる(角川新字源)、

とか

指事文字です。甲骨文・金文は、「4本の横線」から数の「よつ」の意味を表しました。篆文では、「口の中のに歯・舌の見える」象形となり、「息」の意味を表しましたが、借りて(同じ読みの部分に当て字として使って)、「よつ」を意味する「四」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji126.html

とか、

象形。口をあけ、歯と舌が見えている状態。本来は「息つく」という意味を表す。数の4という意味はもともと横線を4本並べた文字(亖)で表されていたが、後に四の字を借りて表すようになったhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%9B%9B

とかと、「指事」説、「象形」説とに別れるが、趣旨は同じようである。

「四」 甲骨文字・殷.png

(「四」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%9B%9Bより)

「四」 楚系簡帛文字・戦国時代.png

(「四」 楚系簡帛(かんぱく)文字・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%9B%9Bより)

「衆」(漢音シュウ、呉音シュ・ス)は、

会意。「日(太陽)+人が三人(多くの人)」で、太陽のもとで多くの人が集団労働をしているさま。上部は、のち誤って血と書かれた、

とある(漢字源)が、

会意形声。囗(こく 地域。罒・血は誤り変わった形)と、㐺(シウ 多くの人。乑は変わった形)とから成り、集落に暮らす多くの人々、ひいて「おおい」意を表す、

とか(角川新字源)、

象形。太陽(日>血)の下に多くの人々(㐺>乑)がいるさま。{衆 /*tungs/}を表す字。「眾」の上部を「血」と書き誤ったもの(康煕字典・正字通)。もとの「眾」は「目」+「乑」の会意。「乑」は人を3個書いた「㐺」であり(簡体字「众」は、元は別字)、人が集まった様。「目」は「臣」「民」同様支配に関連する成分とするが、白川静は「目」の初形は「口」であり「口は邑の外郭で、邑中の人」を意味したもの(ときに「口」を「日」の形に作ることがあるが、それは日月の字に、実体のあるものとして点を加えた示すのと同じ意味であって、日に従う字ではない)とする、

とかhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%A1%86あり、「日」と見るには異説がある。

「衆」 漢字.gif


参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:四衆 ししゅ
posted by Toshi at 04:26| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする