2022年03月01日

なまばむ


用心の最中、なまばうたる人の疲れ乞ひするは、夜討ち強盗の案内見る者か(太平記)、

にある、

なまばうたる、

は、

うさんくさい、

と注記がある(兵藤裕己校注『太平記』)。

生ばうたる、

と当てる、

生ばむ、

の転訛である。「生ばむ」は、

なんとなく怪しく見える、
どことなくうさんくさい、

意である(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。あまり用例がなく、太平記の上記がよく使われる。

「生ばむ」は、

生+ばむ、

である。「ばむ」は、

黄ばむ、
気色ばむ、

のように、

物の性質や状態を表わすような名詞、またはこれに準ずる動詞連用形や形容詞語幹などに付き、これを動詞化する。そのような性質をすこしそなえてくる、また、そのような状態に近づいてくるの意を添える、

とあり(精選版日本国語大辞典)、

…のようすが現れる、
…のようすを帯びる、

などの意を表すが、古くは、

鼻の先は赤みて、穴のめぐりいたく濡ればみたるは(今昔物語)、
なよらかにをかしばめる事を、好ましからずおぼす人は(源氏物語)、

などと、

動詞の連用形、形容詞の語幹の下にも付いて動詞を作り、そのような性質を少し帯びる、そのような状態に近づいてくる、という意を表す、

とある(デジタル大辞泉・広辞苑)。

「なま」は、「なま」http://ppnetwork.seesaa.net/article/484932208.htmlで触れたように、

生兵法、
なま女房、
なま侍、
なま道心、
なま聞き、

などと接頭語で使うときは、

未熟、不完全、いい加減、の意、それらの状態に対して好感をもたない場合に使うことが多い、

とある(岩波古語辞典)。今日、

生放送、

と使うのは、名詞「なま」の、

生野菜、

というときの、

動植物を採取したままで、煮たり、焼いたり、乾かしたりしないもの、

つまり、

そのままの状態、

の意から来ていると思われる。「なまじっか」http://ppnetwork.seesaa.net/article/441764979.htmlの「なまじひ(い)」も、

ナマは中途半端の意。シヒは気持ちの進みや事の進行、物事の道理に逆らう力を加える意。近世の初期まで、ナマジヒ・ナマシヒの両形あった。近世ではナマジとも、

とある(岩波古語辞典)し、

なまなか(生半)、

も、

中途半端、

の意になる。

なまめく、

は、

生めく、
艷めく、

と当てるが、この場合は、

ナマは未熟・不十分の意。あらわに表現されず、ほのかで不十分な状態・行動であるように見えるが、実は十分に心用意があり、成熟しているさまが感じとられる意。男女の気持のやり取りや、物の美しさなどにいう。従って、花やかさ、けばけばしさなどとは反対の概念。漢文訓読系の文章では、「婀娜」「艷」「窈窕」「嬋娟」などをナマメク・ナマメイタと訓み、仮名文学系での用法と多少ずれて、しなやか、あでやかな美の意。中世以降ナマメクは、主として漢文訓読系の意味の流れを受けている、

とあり(岩波古語辞典)、「なまめく」は、本来は、ちょっと「奥ゆかしい」ほのかに見える含意である。

「なま」を、副詞として、

御調度どもをいと古体になれたるが、昔様にてうるはしきを、なま、物のゆゑ知らんと思へる人、さる物要(えう)じて(源氏物語)、

と使う場合も、

未熟で中途はんぱである意を表わし、なまじっか、すこしばかり、

の意で使うし、「なま」を、名詞で使う場合も、

なまなる物熟したる物が目前にあまるほどあり(「古活字本荘子抄(1620頃)」)、

と、

植物や動物が生きて生活していた時と同じであること。それらの加工していない状態をいう。また、そのもの。成熟していない状態にもいう、

とあり、おそらくそれをメタファに、

くちばしも翼もなくて、なまの天狗なるべし(御伽物語)、

と、

技術や経験・物事の程度などが不十分でいい加減であるさま、

をいう(精選版日本国語大辞典)のに使ったり、

やい、与三、なま言ふなえ言ふなえ(与話情浮名横櫛)、

と、

生意気、

の意では使うが、「なま」には、

なまばむ、

の、

怪しくみえる、
うさんくさい、

意味はない。強いて言えば、「なま」のもつ、

未熟、
中途半端、
いい加減、

の意の延長で、

いかがわしい、

意はあり得るし、例えば、「なまぐさし(生臭し・腥し)」で、

洞の内なまぐさき事かぎりなし(今昔物語)、

と、

あやしげな臭気がある、

意で使う(岩波古語辞典)のからみて、

正体の定かでない、
まっとうでない、

という意味と見ていい。

「生」 漢字.gif

(「生」 https://kakijun.jp/page/0589200.htmlより)

「なま」http://ppnetwork.seesaa.net/article/484932208.htmlでふれたように、

「生」(漢音セイ、呉音ショウ)は、

会意。「若芽の形+土」で、地上に若芽の生えたさまを示す。生き生きとして新しい意を含む、

とある(漢字源)。ただ、中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)には、

土の上に生え出た草木に象る、

とあり、現代の漢語多功能字庫(香港中文大學・2016年)には、

屮(草の象形)+一(地面の象形)で、草のはえ出る形、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%94%9Fため、

象形説。草のはえ出る形(白川静説)、
会意説。草のはえ出る形+土(藤堂明保説)、

と別れるが、

象形。地上にめばえる草木のさまにかたどり、「うまれる」「いきる」「いのち」などの意を表す(角川新字源)、
象形。「草・木が地上に生じてきた」象形から「はえる」、「いきる」を意味する「生」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji33.html

とする説が目についた。甲骨文字を見る限り、どちらとも取れる。

「生」 甲骨文字・殷.png

(「生」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%94%9Fより)

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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posted by Toshi at 04:50| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする