秋思亭(しゅうしてい)の月(秋の寂しさを味わう四阿(あずまや)から仰ぐ月)は有待の雲に隠れ(太平記)、
の、
有待(うだい)、
は、
限りある人の身、
と注記がある(兵藤裕己校注『太平記』)が、
他に依存する、
の意で、仏教用語。
人間の身体は、食物、衣服などに依存する(たすけを待って保たれる)から、
という意で、
生滅無常のはかない身、
という意味になり(広辞苑・精選版日本国語大辞典)、
有待の形空しく破れぬ(「妻鑑(1300頃か)」)、
と、
人間の肉体、
凡夫の身、
の意で使われる(岩波古語辞典)。だから、
有待の身を無墓(はかなく)あたなる物と思へり(「康頼宝物集(1179頃)」)、
と、
有待の身(うだいのしん・み)、
という言い方は、少し意味が重複するが、
生滅無常の世に生きるはかない身、
人の身、
という意味になる(精選版日本国語大辞典)。これは、
愛其死以有待也、養其身、以有為也(礼記)、
と、漢語であり、
有待之身(ゆうたいのみ)、
は、
後来事を為さんと時機を待つ身、
つまり、
いつかは事を成そうと時期を待つ身、
という意味になる(字源)。「有為」とは、
将大有為之君、必有所不召之臣(孟子)、
と、
為す所の事あり、
の意であり、更に、
莫戀漁樵與、人生各有為(李白)、
と、
職務がある、
意で使う。
「有待(ゆうたい)」は、仏教語に転用せられ、
初心有待、若得供養、所修事成(法華経)、
と、
有待の身(うだいのしん・み)、
と、
凡夫の身、
の意で使われた(字源)。この転用は、どういう筋道なのかはよくわからない。現代中国語では、動詞としては、
従属する、
他に頼って存在する、
の意であり、これが原意のようであるが、複音節動詞・動詞句・節の形で、
待たねばならない、
…する余地がある、
…する必要がある、
の形で用いられている(白水・中国語辞典)。つまりは、「待たねばならない」は、時機を待つであり、「する必要がある」が、なすべきことがある、という意と繋がっているようだ。
「中陰」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/485912319.html)で触れたように、「有」(漢音ユウ、呉音ウ)は、
会意兼形声。又(ユウ)は、手で枠を構えたさま。有は「肉+音符又」で、わくを構えた手に肉をかかえこむさま。空間中に一定の形を画することから、事物が形をなしていることや、わくの中に抱え込むことを意味する、
とある(漢字源)。別に、
会意形声。肉と、又(イウ 変わった形。すすめる)とから成り、ごちそうをすすめる意を表す。「侑」(イウ)の原字。転じて、又(イウ ある、もつ、また)の意に用いる、
とも(角川新字源)、
会意兼形声文字です(月(肉)+又)。「右手」の象形と「肉」の象形から肉を「もつ」、「ある」を意味する「有」という漢字が成り立ちました。甲骨文では「右手」だけでしたが、金文になり、「肉」がつきました、
ともあり(https://okjiten.jp/kanji545.html)、「有」に「月(肉)」が加わった由来がわかる。
(「有」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9C%89より)
(「有」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9C%89より)
「待」(漢音タイ、呉音ジ)は、
会意兼形声。寺は「寸(手)+音符之(足で進む)」の会意兼形声文字で、手足の動作を示す。待は「彳(おこなう)+音符寺」で、手足を動かして相手をもてなすこと、
とある(漢字源)が、「じっと止まってまつ」という意味としっくり重ならない。別に、
形声。彳と、音符寺(シ)→(タイ)とから成る。道に立ちどまって「まつ」意を表す、
とか(角川新字源)、
形声文字です(彳+寺)。「十字路の左半分」の象形(「道を行く」の意味)と「植物の芽生えの象形(「止」に通じ、「とどまる」の意味)と親指で脈を測る右手の象形」(役人が「とどまる」所の意味)から歩行をやめて「まつ」を意味する「待」という漢字が成り立ちました、
とあり(https://okjiten.jp/kanji514.html)、この解釈の方がすっきり納得できる。
(「待」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji514.htmlより)
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
簡野道明『字源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95