2022年04月10日

禿筆


(細川清氏は)河内国に居たれども、その旧好を慕ひて尋ね来る人も稀なり。ただ秀(ち)びたる筆に喩へられし覇陵の旧将軍に異ならず(太平記)、

の、

秀(ち)び、

は「ちび」http://ppnetwork.seesaa.net/article/464469440.htmlで触れたように、

擦り減る、

意で、

古形ツビ(禿)の転、

とあり(岩波古語辞典)、「つび(禿)」は、

ツビ(粒)の動詞形(つぶ)、

で、

角が取れて丸くなる、

意であり

ちび下駄、
ちび鉛筆、

のそれである。これは、

ツブルと通ずる(和句解・和訓栞)、
キフル(髪斑)の義(言元梯)、

を語源とする「ちび(禿)る」に由来し、

粒、

から来ているとみていい。

「つぶ」は、「つぶら」http://ppnetwork.seesaa.net/article/464485052.htmlで触れたように、

つぶら(圓)の義、

とし(大言海)、

丸、
粒、

とあて(岩波古語辞典)、
ツブシ(腿)・ツブリ・ツブラ(円)・ツブサニと同根(岩波古語辞典)、
ツブラ(円)義(東雅・夏山談義・松屋筆記・箋注和名抄・名言通・国語の語根とその分類=大島正健・大言海)、

などから見て、「粒」の意から出ているとみていい。なお、「ツブシ」が「粒」と関わるのは、「くるぶし」http://ppnetwork.seesaa.net/article/458644074.htmlでも触れた。

禿びた筆、

は、

先のすり切れた筆、

の意で、

戯拈禿筆掃驊騮(カリュウ 名馬の名)歘(タチマチ)見麒麟出来壁(杜甫杜「壁上の韋偃(イエン)の画ける馬に題する歌」)、

と、

禿筆(とくひつ)、

と訓む漢語で、

禿毫冰硯竟無奇(范成大)、

と、

禿毫(とくごう)

ともいう(字源)。また、

敗筆、

ともいい(大言海)、

古くなった筆、

の意の外に、

即使是名家的书法、也不免偶有败笔、

と、

書道の大家であっても、たまの書き損ないは免れない、

弘法も筆のあやまり、

の意で、

(書画・文字・文章などの)できの悪いところ、書き損ない、

の意でも使うhttps://ja.ichacha.net/mzh/%E6%95%97%E7%AD%86.html

「和語」としては、

擦り切れた筆、

の意の外に、

禿筆を呵す(とくひつをかす)、

というように、「呵す」は、

息を吹きかけること、

で、

穂先の擦り切れた筆に息を吹きかけて書く、

の意、転じて、

下手な文章を書く、

と、

自分の文章の謙遜語、

としても使う(デジタル大辞泉)。なお、「禿筆」は、和文脈では、

ちびふで、
かぶろふで、

とも訓ませる(精選版日本国語大辞典)。

また、冒頭引用の、

びたる筆に喩へられし覇陵の旧将軍に異ならず、

にある「覇陵の旧将軍」は、

漢の前将軍李広が、覇陵(陝西省(せんせいしょう)長安県)を通りかかって役人に通行を止められた。李広の従者が名乗ると、現職の将軍でさえ、夜間の通行は禁じられていると言われた(史記・李広将軍列伝)。この故事から、世に力を失った人を、「覇陵の旧将軍」といい、宋の詩人林通(字は達夫)は、李広を「禿筆」に喩えた、

とある(兵藤裕己校注『太平記』)。なお、李広は、司馬遷から、

桃李言わざれども下自ずから蹊(ミチ)を成す(桃や李の木は何も言わないが、その下には自然と人が集まって道ができる)、

とその人柄を評された、とある(仝上・https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%8E%E5%BA%83)。

「禿」 漢字.gif


「禿」(トク)は、

会意。「禾(粟が丸く穂を垂れるさま→まるい)+儿(人の足)」。まるぼうずの人をあらわす、

であり(漢字源・https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%A6%BF)、「はげ」とか「筆のすりきれる」意である。

「筆」 漢字.gif


「筆」(漢音ヒツ、呉音ヒチ)は

会意文字。「竹+聿(手で筆を持つさま)」で、毛の束をぐっと引き締めて、竹の柄をつけたふで、

とある(漢字源)が、「聿」(漢音イツ、呉音イチ)は、

筆の原字。ふでを手にもつさまをあらわす。のち、ふでの意味の場合、竹印をそえて筆と書き、聿は、これ、ここなど、リズムを整える助詞をあらわすのに転用された、

とある(仝上)。「聿」は象形文字で、それのみで「ふで」を意味する。「筆」は、竹製であることを強調したものである。

「聿」 甲骨文字・殷.png

(「聿」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%81%BFより)

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:15| Comment(0) | カテゴリ無し | 更新情報をチェックする