ただ容色嬋娟(せんけん)の世に勝れたるのみならず、小野小町が弄(もてあそ)びし道を学び(太平記)、
の、
嬋娟、
は、
嬋妍幽艶なる女百人そろへて、紂王に奉つて(仝上)、
と、
嬋妍、
とも表記し、
せんけん、
せんげん、
と訓ませ、
容姿があでやかで美しいこと、
品位があってなまめかしいこと、
といった意味である(広辞苑・精選版日本国語大辞典)が、
秋月復嬋娟(阮籍詩)、
とか、
嬋娟美女(宣和書譜)、
とか、
花嬋娟沃春泉、竹嬋娟籠暁烟、雪嬋娟不長娟、月嬋娟眞可憐(孟浩然詩)、
などと使われる漢語である(字源・大言海)。
娟は、於縁切、エンを正とす、今慣用音に従ふ、
とあり(大言海)、
せんけん、
ではなく、
せんえん、
と訓むのが正しい(字源・仝上)ようである。白楽天の詩にも、
嬋娟雨鬢秋蝉翼
宛轉雙我遠山色
笑随戯伴後園中
此時興君未相識(新楽府・井底引銀瓶)、
とある。
その姿を強調し、
嬋娟窈窕(嬋妍窈窕)、
ともいう。「窈窕」の「窈」は、「奥深し」「静香」「うるわし」、「窕」は、「美しい」「奥ゆかしい」「静か「ふかい」といった意味(漢字源)なので、
窈窕淑女、君子好逑(詩経)、
と、
美しく嫋やかなさま、
の意だが、これは、
云有第三郎、窈窕世無雙(古詩)、
と、
男子のしとやかなるさま、
にもいい(字源)、
既窈窕以尋壑(陶淵明)、
と、
山水などの奥深いさま、
にもいう(仝上)。
「嬋」(漢音セン、呉音ゼン)は、
会意兼形声。「女+音符單(タン・ゼン ひとえ、かるくひらひらする)」、
で、身のこなしが軽くやわらかなさまの意である(漢字源)。
(「嬋」 説文解字・漢 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%AC%8Bより)
「娟」(ケン・エン)は、
右の旁(ケン・エン)は、まるくくびれた虫のこと。娟はそれを音符として、女を加えた字で、くねくねとして身ごなしの軽い意を表す、
とあり、うつくしい、身軽でスマートなさま、とある(漢字源)。こうみると、「嬋娟」は、身のこなしの軽さを言い表しているだけだが、
「嬋娟」は、軽やかに身をくねらせるあでやかな女性、転じて、詩では、花・月などの美しさを形容するのに用いる、
とある(仝上)。
「妍」(慣用ケン、漢音・呉音ゲン)は、
会意兼形声。幵(ケン)は、干印を二つ並べて、揃って整ったことを示す。妍は「女+音符幵」で、女性の容姿の磨きのかかった美しさを意味する、
とある(仝上)。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95