2022年04月22日

あやめも知らぬ


あやめも知らぬわざは、いかでかあるべきと思ひながら、いわんかたなく(太平記)、

にある、

あやめも知らぬ、

は、

物事の分別もつかない振舞い、

と注記があり(兵藤裕己校注『太平記』)、

郭公(ほととぎす)鳴くやさつきのあやめ草あやめ知らぬ戀もするかな(古今和歌集)、

の用例が引かれているが、

あやめ(文目)もわかぬ(ず)、
あやめもつかぬ、

などという言い方もし、

あやめもつかぬ暗の夜なれば、ここを何処としるよしなけれど(当世書生気質)、

と、文字通り、

暗くて物の模様や区別がはっきりしないさま、

の意から、それをメタファに、

燈燭(ともしび)滅(きえ)て善悪(アヤメ)もわかず(椿説弓張月)、

と、

物事をはっきり識別できない、
物の区別がわからない、

意や、

あらはれていとど浅くも見ゆるかなあやめもわかずなかれける音(ね)の(源氏物語)、

と、

判断力の不足などで、物事を筋道立てて考えられない、
物事の分別がつかない、

意でも使う(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。「あやめ」は、多く、

文目、

と当てるが、「あやめ」の「あや」は、

文、

と当てると、

水の上に文(あや)織りみだる春の雨や山の緑をなべて染むらむ(新撰万葉集)、

と、

物事の表面のはっきりした線や形の模様、

の意で、それをメタファに、

事物の筋目、

の意でも使うが、この意の場合、

薪を折るに其の木の理(あや)に随ふ(法華経玄賛平安初期点)、

と、

理、

を当てたりする(岩波古語辞典)。また、

沓をだにはかず行けども錦綾(にしきあや)のなかにつつめる斎(いつ)き児も妹にしかめやま(万葉集)、

と、

綾、

と当てると、

綾織物、

の意となり、それをメタファに、

秋来れば野もせに虫のおりみだる声のあやをばたれかきるらむ(後撰和歌集)

と使うと、

表現上の技巧、

の意となる(仝上)。なお、

漢、

も、

あや、

と訓ませるが、

漢人、

の意で、

漢人が文に関することを扱い、文をアヤといったらしい、

とある(仝上)が、

綾の義、古へ、始めて漢土と通じて、職工女を召され、其機織の勝れたるに因りて、遂に其の国名に呼びし語と思はる、秦も、繪(はた)なり、呉(くれ)も、朝鮮語にて、織文の意なり、

とある(大言海)故と思われる。

呉國使将呉所獻手末才伎(タナスヱノテビト)、漢織(アヤハトリ)、呉織(クレハトリ)云々等、泊於住吉津(雄略紀)、

とある、

あやはとり(漢織)、

は、

漢(あや)の繪(はた)織り(ハトリはハタオリの約)、

の約で、

漢の機織女、

の意となる(岩波古語辞典・大言海)。

「あや」は、

合への約(さやぐ、さやぐ。たがへず、たがやす)(大言海)、
アザヤカの略(日本釈名・柴門和語類集)、
アヒヨラス(相寄)の義(名言通)、
感嘆辞のアヤ(和句解・和訓栞・日本語源=賀茂百樹)、

などとあるが、天治字鏡(平安中期)には、

縵、繪无文。阿也奈支太太支奴(アヤナキタケギス)、

とある。「縵」は、「飾りのない絹布」の意なので、「文」の意味は分かるが、「あや」の由来にはつながらない。冗談ではなく、感嘆詞、

あや、

はあるのかもしれない。

手並みの程見しかば、あやと肝を消す、さもあれ手にもたまらぬ人かなと思ひけり(義経記)、

と使う、

感嘆詞「あや」は、古事記の、

阿夜訶志古泥(あやかしこね)、

にも使われている。

因みに、

あやめどり(菖蒲鳥)、

というと、

ほととぎす(杜鵑)の異名、

になる。花の「あやめ」については、「いずれ菖蒲」http://ppnetwork.seesaa.net/article/472100786.htmlで触れた。

「文」 漢字.gif

(「文」 https://kakijun.jp/page/0455200.htmlより)

「文」(漢音ブン、呉音モン)は、

象形。土器につけた縄文の模様のひとこまを描いたもので、こまごまと飾り立てた模様のこと。のち、模様式に画いた文字や、生活のかざりである文化などの意となる。紋の原字、

とあり(漢字源)、「あや」「模様」の意から、「かざり」の意などでも使い、中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)には、

類に依り形の象る。故に之を文といふ、

とある(仝上)。別に、

象形。胸に文身(いれずみ)をほどこした人の形にかたどり、「あや」の意を表す。ひいて、文字・文章の意に用いる、

とか(角川新字源)、

象形。衣服の襟を胸元で合わせた形から、紋様、引いては文字や文章を表す、

とかhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%96%87

象形文字です。「人の胸を開いてそこに入れ墨の模様を描く」象形から「模様」を意味する「文」という漢字が成り立ちました、

とかhttps://okjiten.jp/kanji170.html、「文身(からだに入墨する)」とする説が目につく。

「文」 甲骨文字・殷.png

(「文」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%96%87より)

「目」(漢音ボク、呉音モク)は、「尻目」http://ppnetwork.seesaa.net/article/486290088.html?1649013975で触れたように、

象形。めを描いたもの、

であり(漢字源)、

のち、これを縦にして「目」、ひいて、みる意を表す。転じて、小分けの意に用いる、

ともある(角川新字源)。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:22| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする