牝鶏(ひんけい)の晨(あした)するは家の尽きんずる相なりと、古賢の云ひし言(ことば)の末、げにもと思ひ知られたり(太平記)、
牝鶏晨する時は、其の里必ず滅ぶとい云へり、めんどりの時をつくるは、所の怪異にてその里滅ぶるごとく、婦人政(まつりごと)をいろ(綺)ふことあれば、国必ずみだると云へり(保元物語)、
などにある、
牝鶏晨する、
牝鶏の晨するは家の尽きんずる相なり、
は、普通、
牝鶏晨す、
牝鶏の晨するは、これ家の索(つ)くるなり、
などという(兵藤裕己校注『太平記』)。
めんどりが朝の時をつげる(後宮の女性が政治に口出しする)のは、家(国)の滅びるしるしである、
意である(仝上)。「牝鶏」は、
めんどり、
牝鶏晨す、
は、
牝鶏が時をつくる、
意だが、
(武)王曰、古人有言、曰、牝雞無晨、牝雞之晨、惟家之索(書経・牧誓篇)、
に由来する。索は盡とある(字源)。
牝鶏に明日せらる、
牝鶏晨して婦女權を奪う、
牝鶏時を告ぐる、
牝鶏牡鳴(ぼめい)、
牝鶏晨(あした)に鳴く、
牝鶏晨(しん)を司る、
牝鶏に朝せらる、
等々という言い方もし(故事ことわざの辞典)、
牝雞之晨、
という四字熟語にもなっている(字源)。「牝鶏晨す」には、
めんどりがおんどりに先んじて朝の時を告げる、
という含意だ(精選版日本国語大辞典)から、
女が男に代わって権勢をふるう、
意味もあり(仝上)、
雌鶏勧めて雄鶏時を作る、
も似た意味になる(デジタル大辞泉)。なお、「牝鶏晨す」の「晨す」は、
あさなきす、
とも訓ませる(精選版日本国語大辞典)。
王(武王)曰、古人有言曰、牝雞無晨、牝雞之晨、惟家之索、今商(殷)王(紂王)受惟婦言是用、昏棄厥肆祀弗答、昏棄厥遺王父母弟不迪、乃惟四方之多罪逋逃、是崇是長、是信是使、是以為大夫卿士、俾暴虐于百姓、以奸宄于商邑、今予(武王)發惟恭行天之罰……(書経・牧誓)、
とあり、
紀元前11世紀、殷王朝の紂(ちゅう)王が、妲己(だっき)という美女に溺れたため、政治が乱れてたため、周王朝の武王は、「牝鶏の晨(あした)するは、惟(これ)家の索(つ)くるなり」ということわざを引いてそれを批判し、軍を起こして、殷王朝を滅ぼした、
と、武王は「牝雞之晨」を例に挙げた、とされる(仝上)。本来、
夜明けを告げるのは雄鶏であって、雌鶏が鳴くのはまれ、
だからこういうのだが、
神降伍氏、有雌雞司晨者、問之、答曰、牝雞不鳴、鳴則神生、其家果大利(嘉蓮燕語)、
という兆しとすることもあり得る。
「牝」(漢音ヒン、呉音ビン)は、
会意兼形声。「ヒ」(ヒ)は、女性の姿を描いた象形文字で、妣(ヒ 女の先祖)の原字。牝は「牛+音符ヒ」で、めすの牛。女性の性器が左右両壁がくっついて並んださまをしていることからでたことば、
とあり(漢字源)、「尼」「牝」の「ヒ」形は女性器を象ったものだが、さじの意の「匕」とは別源、また「化」「死」「北」等の「ヒ」形は人を象ったもので、これも別源・別形とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8C%95)。
「鶏(鷄)」(漢音ケイ、呉音ケ)は、
会意兼形声。奚(ケイ)は「爪(手)+糸(ひも)」の会意文字。系(ひもでつなぐ)の異字体。鷄は「鳥+音符奚」で、ひもでつないで飼った鳥のこと。また、たんなる形声文字と解して、けいけいと鳴く声を真似た擬声語と考えることもできる、
とある(漢字源・角川新字源・https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%B6%8F)。
「雞」(ケイ)は、
鷄の異字体、
で(字源)、
形声、「隹」+音符「奚」(ケイ 鳴き声から)、
とも、
会意形声、「奚」は「爪」+「糸」で鳥を糸でつなぐの意、
ともある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9B%9E)。
なお、「隹」(スイ)は、
象形。尾の短いとりをえがいたもの、ずんぐりと太いの意を含む。雀(すずめ)・隼(はやぶさ)雉(きじ)などに含まれるが、「鳥」とともに広く、とりを意味する、
とある(漢字源)。
(「隹」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9A%B9より)
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95