2022年05月10日

空がらくる


剰(あまつさ)へかやうの空(そら)がらくる者ども、夜ごとに京、白河を回(めぐ)りて(太平記)、

とある、

空がらくる、

は、

みだりに武器をあやつりもてあそぶ、

意とある(兵藤裕己校注『太平記』)。

空がらくるは、からくる(あやつる)に、むやみにの意の接頭語「そら」のついた語、

となる(仝上)。

空からぐる、

は、当然、

空からくる、

とも言い、

妄(みだ)りに、刀槍などを操り弄ぶ、
ひねくりまわす、

意とある(大言海)。

「空(そら)」は、

天と地との間の空漠とした広がり、空間、

の意だが(岩波古語辞典)、

アマ・アメ(天)が天界を指し、神々の国という意味を込めていたのに対し、何にも属さず、何ものもうちに含まない部分の意、転じて、虚脱した感情、さらに転じて、実意のない、あてにならぬ、いつわりの意、

とあり(仝上)、

虚、

とも当てる(大言海)。で、由来については、

反りて見る義、内に対して外か、「ら」は添えたる辞(大言海・俚言集覧・名言通・和句解)、
上空が穹窿状をなして反っていることから(広辞苑)、
梵語に、修羅(スラ Sura)、訳して、非天、旧訳、阿修羅、新訳、阿蘇羅(大言海・日本声母伝・嘉良喜随筆)、
ソトの延長であるところから、ソトのトをラに変えて名とした(国語の語根とその分類=大島正健)、
ソラ(虚)の義(言元梯)、
間隙の意のスの転ソに、語尾ラをつけたもの(神代史の新研究=白鳥庫吉)、

等々諸説あるが、どうも、意味の転化をみると、

ソラ(虚)

ではないかという気がする。それを接頭語にした「そら」は、

空おそろしい、
空だのみ、
空耳、
空似、
空言(そらごと)、

等々、

何となく、
~しても効果のない、
偽りの、
真実の関係のない、
かいのないこと、
根拠のないこと、
あてにならないこと、
徒なること、

などと言った意味で使う(広辞苑・岩波古語辞典・大言海)。「からくる」は、

絡繰る、

とあてるが、

組み立て作る、
いろいろ工夫する

意の、

絡繰(からく)む、

と同根とある(岩波古語辞典)。「からくる」は、

絡み操る義(大言海)、
カラはからまく(絡巻く)、からみ、からめるのカラで巻く意、クルは繰るの意(嬉遊笑覧)、
カラクル(輕繰)の転(名言通)、
カリラクリ(漢繰)の意(夏山雑談)、

等々といった由来で、

巧妙に仕立てる、
精巧な仕立てで動かす、

といった意味や、それをメタファに、

巧みに策略をめぐらす、

と言った意味でも使う。

からくり.jpeg

(「竹田近江機捩戯場(たけだあふみ からくりしばい)」の図。「阿蘭陀が足もかゞまぬ目で見れば 天地も動く竹田からくり」の狂歌を添え、オランダ人たちが竹田からくりを見物する様子を描く。舞台にあるのは諌鼓鶏(かんこどり)と『船弁慶』のからくり(『摂津名所図会』) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%8F%E3%82%8Aより)

「からくる」の連用形から名詞化したのが、

からくり、

で、

絡繰、
機関、

などと当て、

からくり人形、
からくり芝居、

などと、

糸の仕掛けで操り動かすこと、また、その装置、

の意で、転じて、

仕掛け、

の意でも使う。

「空」 漢字.gif


「空」(漢音コウ、呉音クウ)は、

会意兼形声。工は、尽きぬく意を含む。「穴+音符工(コウ・クウ)」で、突き抜けて穴があき、中に何もないことを示す、

とある(漢字源)。転じて、「そら」の意を表す(角川新字源)。別に、

「空」 説文解字(小篆)・漢.png

(「空」 説文解字(小篆)・漢 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%A9%BAより)

会意兼形声文字です(穴+工)。「穴ぐら」の象形(「穴」の意味)と「のみ・さしがね」の象形(「のみなどの工具で貫く」の意味)から「貫いた穴」を意味し、そこから、「むなしい」、「そら」を意味する「空」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji99.html

「虚」 漢字.gif


「虚(虛)」(漢音キョ、呉音コ)は、

形声。丘(キュウ)は、両側におかがあり、中央にくぼんだ空地のあるさま。虚(キョ)は「丘の原字(くぼみ)+音符虍(コ)」。虍(トラ)とは直接の関係はない。呉音コは、虚空(コクウ)、虚無僧(コムソウ)のような場合にしか用いない、

とある(漢字源)。「虍」の下部は、「丘」の意味らしく、

神霊が舞い降りる大きなおかの意を表す。「墟(キヨ)」の原字。借りて「むなしい」意に用いる、

とある(角川新字源)。別に、

形声文字です。「虎(とら)の頭」の象形(「虎」の意味だが、ここでは「巨」に通じ(「巨」と同じ意味を持つようになって)、「大きい」の意味)と「丘」の象形(「荒れ果てた都の跡、または墓地」の意味)から、「大きな丘」、「むなしい」を意味する「虚」という漢字が成り立ちました、

と、「虎」と絡める説もあるhttps://okjiten.jp/kanji1322.html

「空」と「虚」の区別は、

「空」は、有の反、カラと訳す。空手・空牀・空山・空樽と用ふ、
「虚」は、實または盈の反、中に物なきなり、虚心・虚舟と用ふ、荘子「虚而往、實而帰」、

とある(字源)。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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posted by Toshi at 03:43| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする