2022年05月14日
みだりに
何事につけても、己一人(おのれいちにん)をのみ責めて敢えて叨(みだ)りにお勢を尤(とが)めなかッた(二葉亭四迷『浮雲』)、
ただ非凡なる怪力と強烈なる感情、極端に清浄を愛して叨(みだ)りに俗衆の近づくを憎み(柳田國男「山の人生」)、
と、
叨りに、
とあてる「みだりに」は、普通、
妄りに、
濫りに、
猥りに、
と当て(広辞苑)、あるいは、
漫りに、
乱りに、
浪りに、
とも当てたりする(https://mojinavi.com/d/list-kanji-yomikata-midarini)。
乱る(四段活用)の未然形、みだらにとなる、
とあり(大言海)、
斯れは亦、漫(みた)りに傷急(あつか)ふことを為るなり(「南海寄帰内法傳(平安後期点)」)、
と、
順を乱して、
秩序を破って、
禮を外れて、
無作法に、
締まりなく、
思慮もなく、
むやみに、
などといった意味の幅(広辞苑・大言海・岩波古語辞典)で、
白川の瀧のいと見まほしけれどみだりに人を寄せじとものとや(後撰集)
と使われる。訛って、
みだらに、
ともいう(仝上)「みだる」は、
乱る、
紊る、
と当て、
四段活用の他動詞、
と、
下二段活用の自動詞、
とがあるが、前者は、
物や心の秩序を混乱させる意、中世以降、次第にミダス(乱す・紊す)に取って代わられるようになる、
とあり(岩波古語辞典・デジタル大辞泉)、後者は、
保たれるべき秩序が失われる、
意で、口語では、
乱れる、
紊れる、
となる(仝上)。形容詞としては、
虫の聲聲みだりがはしく(源氏物語)、
と、
秩序乱しているさまが不愉快である、
と、価値表現へシフトしている(岩波古語辞典)。
「みだりに」の漢字の当て分けで、
「妄りに」 しっかりした根拠もなく。むやみやたらに。「妄りに人を信用するな」「妄りに論ずべからず」「妄りに会社を休む」、
「漫りに」 しまりなく。だらだらと。勝手きままに。「漫りに時間を過ごす」「漫りに女性を口説く」「漫りに軽口をたたく」、
「濫りに」 抑制しないでむやみに。度を超して。「濫りに原生林を伐採する」「濫りに酒を飲むな」「濫りに金を遣う」、
「猥りに」 正当な意味もなく、原則を押しまげてやたらに。「猥りに禁句を口にする」「猥りに立ち入ることを禁止する」、
と含意の差異を整理するものがある(https://www.kanjipedia.jp/sakuin/doukunigi/items/0006609600)が、漢字の差異は、
妄は、めった(滅多)になり、妄言・妄語・妄作の類、
濫は、妄に近く、まぎれる意あり、濫眞は、眞物にまぎれるなり、濫入はまぎれて入りこむなり、
漫は、差別もなく、わけも無き義、漫歩と用ふ、
猥は、煩雑の義、軽々しくなれる意、煩猥、猥雑と連用す、
叨は、濫と同義、
とある(字源)。「妄」「妄」「叨」はほぼ同義で、「むやみに」の意でいいが、「漫」は、漫然とといった含意、「猥」は、「猥雑」の含意で、やたらと、と言った意味の差になるが、しかし、漢字の意味で使い分けるほどのことかどうか、微妙である。
「叨」(トウ)は、
会意兼形声。「口+音符刀(ゆるくまがる)」、
で、「むさぼる」意であるが、
叨在知己(叨りに知己在り)、
と、「みだりに」の意で、「不相応に恩恵を受けるさま」の意で使う(漢字源)。
「妄」(漢音ボウ、呉音モウ)は、
会意兼形声。亡は「ない、くらい」などの意を含む。妄は「女+音符亡(モウ)」で、女性に心がまどわされ、我を忘れたふるまいをすること、
とあり、
不知常妄作凶(常ヲ知ラズシテ妄に作るは凶なり)(老子)、
と使う(漢字源)別に、
会意兼形声文字です(亡+女)。「人の死体に何か添えた」象形(「人がなくなる」の意味)と「両手をしなやかに重ねひざまずく女性」の象形(「女」の意味だが、ここでは、「女性の心理状態を表す語」)から、「道理がない」、「でたらめの」を意味する「妄」という漢字が成り立ちました、
との解釈もある(https://okjiten.jp/kanji1979.html)。
「漫」(漢音バン、呉音マン)は、「そぞろ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/484051057.html)で触れたように、
会意兼形声。曼(マン)は「冒の字の上部(かぶせるおおい)+目+又」の会意文字で、ながいベールを目にかぶせたさま。ながい、一面をおおうなどの意を含む。漫は「水+音符曼」で、水が長々と続く、また水が一面におおうなどの意、
とあり(漢字源)、「みちる」「一面を覆う」意だが、「漫談」「冗漫」と、「とりとめがない」意もある。で、水がひろがる、から転じて、とりとめがない意を表す(角川新字源)、とある。別に、
会意兼形声文字です(氵(水)+曼)。「流れる水」の象形と「帽子の象形と目の象形と両手の象形」(目の上下に手をあてて目を切れ長にみせるような化粧のさまから、擬態語として「とおい・長い」の意味)から、「どこまでものびる広い水」、「勝手きまま」を意味する「漫」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji1264.html)。
「濫」(ラン)は、
会意兼形声。監は「うつむいた目+人+水をはった皿」の会意文字で、人がうつむいて水鑑に顔をうつすさま。そのわくの中に収まるようにして、よく見る意を含む。鑑(かがみ)の原字。檻(カン 枠をはめて出ぬようにするおり)と同系のことば。濫は「水+音符監」で、外に出ないように押さえた枠を超えて、水がはみ出ること、
とあり(漢字源)、「氾濫」のように「あふれる」意だが、
濫入党中(濫りに党の中に入る)(後漢書)、
と、「みだりに」の意で用いる。別に、
会意兼形声文字です(氵(水)+監)。「流れる水」の象形(「水」の意味)と「たらいをのぞきこむ人の象形としっかり見開いた目の象形と水の入ったたらいの象形」(「のぞきこむ」の意味)から、のぞきこんではじめて見える、地中からふきだす泉を意味し、そこから、「あふれる」を意味する「濫」という漢字が成り立ちました、
の解釈もある(https://okjiten.jp/kanji1517.html)。
「猥」(漢音ワイ、呉音エ)は、
会意兼形声。「犬+音符畏(くぼんでまがる、押し曲げる)」で、押し下げる、凹む意を含む、
とあり(漢字源)、「猥雑」のように乱れている意だが、
猥自枉屈、三顧臣於艸廬之中(猥ニミヅカラ枉屈シ、三タビ臣を艸廬ノ中ニ顧ミル)(諸葛亮)、
と、「みだりに」の意でも使う。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95