此虵(くちなは)ものぼりて、かたはらにわだかまりふしたれど(宇治拾遺物語)、
にある、
くちなは、
は、
蛇の異名、
とされる(広辞苑)。「虵」は、「蛇」の俗字である(字源)。「くちなわ」は、
朽縄に似ているから(広辞苑)、
身、縄の如くにして、口ある意ならむ、くちばみ(蝮)のクチも、口なり、今、紐の端に、小さき輪をつけたるものを、蛇口といふ(大言海)、
クチナワ(口縄)の義(東雅・名言通・嫁が君=楳垣実)、
形が朽ちた縄に似ているところから(デジタル大辞泉)、
クチナワ(朽縄)の義(名語記・円珠庵雑記)、
ツチナハ(地縄)の義(言元梯)、
と、「縄」と関わらせる説が多いが、「へび」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/433628380.html)で触れたように、
朽ち(罵り語)+ナワ(青大将)、「朽ち+縄」は俗解、
と「朽ちた縄」説を退ける(日本語源広辞典)もの、逆に、
ヘビを「くちなわ」というのは、ヘビの形が朽ちた縄(腐った縄)に似ていることから。口が付いた縄の意味ではない、
と「口縄」説を否定するものもある(語源由来辞典)。他に、
クチナブサの四音変化、クチは、有害な蛇に対する称呼。ナブサは、害の無い蛇の名(青大将の起源=柳田國男)、
その舌の様子から、クチノハリ(口之針)の約略(俗語考)、
コトニナガキ(殊に長き)虫は、「コ」の母交[ou]、「トニ」[t(on)i]の縮約の結果、クチナガになった。さらに「ガ」が子交[gh]をとげてクチナハになった(日本語の語源)、
などがあるが、大勢は、
朽+縄、
か
口+縄、
になるが、その判別はつかない。ただ、「縄」に似ているのに、「朽ち」ている必要があるのかどうか。よく道に落ちている縄を蛇と見間違えることは実際にあるのだから、
口+縄、
の方が妥当な気がするのだが。勿論憶説である。和名類聚抄(931~38年)に、
蛇、倍美(へみ)、一云、久知奈波、日本紀私伝云、乎呂知、毒虫也、
とあり、類聚名義抄(11~12世紀)には、
蛇、ヘミ、クチナハ、オロチ、
とあるように、「くちなは」は、
平安時代には「へみ」とともに無毒の蛇の総称であった。「へみ」は、
四つのへみ五つの鬼(もの)集まれる、きたなき身をば、いとひ捨つべし、離れ捨つべし(仏足石歌)、
と見えているが、「くちなは」は、平安時代以降の和文脈で用いられることが多い(日本語源大辞典)。
「へび」の古称「へみ」は、
延蟲(はへむし)の約(白蟲(しらむし)、しらみの類)、転じてへびとなる(黍(きみ)、きび。夷(エミシ)、えびすと同趣)。長蟲(ながむし)の名もあり(大言海)、
ハヘムシ(這虫)の義(名言通)、
ハヒ(匍)の義(言元梯)、
朝鮮語peiyam(蛇)と同源(岩波古語辞典)、
ヘビは脱皮をすることから、「ヘンミ(変身)」の転(語源由来辞典)、
小動物を丸呑みするところから、「ハム(食む)」の転(仝上)、
ハムの義(日本釈名)、
等々とあるが、「はう」という擬態によると見るのが大勢なのだが、ただ、
ヘミ→ヘビ、
と転訛したと見るわけにもいかないようだ。ヘビの方言には、
ヘミ、ヘブ、ヘベ、ハビ、ハベ、ハム、ハメ、バブ、パプ、ヒビ、ヘンビ、ヘンミ、
等々数多くの呼称があり、
「ハブ」や「ハミ(マムシ)」は、「ハム(食む)」からきた、
とされる(語源由来辞典)ように、「ハム」と関わる呼び名もあり、
ハミムシ(咬み虫)の略省形ハミ(波美 和名抄)も中・四国ではマムシ(蝮)の別名になっている、
ともあり(日本語の語源)、
ヘミ→ヘビ、
ではなく、
ハミ→ハビ→ヘミ→ヘビ、
と、「ハム(食む)」からきたとする見方もあり、
上代には「へみ」と呼ばれていたが、平安時代に「くちなは」が現れ、「へみ」と共存した、
のは確かである(日本語源大辞典)が、
ヘミ→ヘビ、
の転訛とのみは確定しにくい(語源由来辞典)。ほかにも、「へび」には、
やまとのかみ、
ながむし、
たるらむし、
たるなむし、
かがち、
等々の異称がある(大言海・広辞苑)、
へび、
は、だから、
へみ→へびの転訛、
以外にも、
ハミ(蝮)の義(言元梯)、
反鼻(ハンピ)の義(滑稽雑談・和訓栞)、
ハヒウネリムシ(這蜿蜒虫)の義(日本語原学=林甕臣)、
と、「ハム」の音韻を引きずっていなくもないのだ。だから「ハム(食む)」の、
はむ(蝮)、
が、「へび」の総称に変化したという見方もできる。「マムシ」は、
真虫、
と当て、易林節用集(慶長)には、
蝮、ハミ、
とあり、
蝮蟲(ハミムシ)の略転(はたら、まだら。かはち、かまちと同趣)、真虫の義、真は害をなすこと甚だしき故に、狼を真神と云ふが如し(大言海)、
ハミムシ(喰虫・蝮虫)の転(柴門和語類集)、
はむのを恐れて云ふ(俗語考)、
と、「はむ」由来で、あるいは、
ハム→ハビ→ヘミ→ヘビ、
と、蛇の総称へと転じていった可能性もある。因みに「反鼻(ハンピ)」は、
漢土の蝮の一名にて、その鼻反りたれば云う、その音を我が国の蛇にあつるは牽強なり、
とあり(大言海)。反鼻は、
本来、中国大陸にすむアオハブ(タイリクハブ)あるいはその近縁種のことで、鼻先が短く上に反り返っているところから命名された。マムシは日本での代用品といえる、
からなのである(日本大百科全書)。「反鼻」は(まむしの)漢方薬として名が使われる。
ところで、「へび」の異称には、
おろち、
うわばみ、
みづち、
等々があるが、「おろち」は、「をろち」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/469001407.html)で触れたように、
大蛇、
と当て、
オは「峰」、ロは接尾語、チはミヅチ(蛟)イカヅチ(雷)などのチで、はげしい勢いのあるもの、霊威あるものの意(広辞苑・岩波古語辞典)、
で、「ヲ」を「尾」とするものも多くある(日本語源広辞典)が、「を(尾)」は、
小の義。動物體中の細きものの意、
で(大言海)、そのメタファで、
山尾、
という使い方をし、
山の裾の引き延べたる處、
の意に使い、転じて、
動物の尾の如く引き延びたるもの、
に使った(仝上)。「ヲ(峰・丘)」は、その意味の流れの中で重なったとみられる。「チ」は、「ち(血)」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/465705576.html?1557945045)、「いのち」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/465724789.html)、で触れたように、
いかづち(厳(いか)つ霊(ち)。つは連体助詞)、
をろち(尾呂霊。大蛇)、
のつち(野之霊。野槌)、
ミヅチ(水霊)、
と重なり、「ち(霊)」は、
原始的な霊格の一。自然物のもつはげしい力・威力をあらわす語。複合語に用いられる、
ので、
いのち(命)、
をろち(大蛇)、
いかづち(雷)、
等々と使われ(岩波古語辞典)、
神、人の霊(タマ)、又、徳を称へ賛(ほ)めて云ふ語。野之霊(ノツチ、野槌)、尾呂霊(ヲロチ、蛇)などの類の如し。チの轉じて、ミとなることあり、海之霊(ワタツミ、海神)の如し。又、轉じて、ビとなることあり、高皇産霊(タカミムスビ)、神皇産霊(カムミムスビ)の如し、
とある(大言海)。つまり、「をろち」は、
尾の霊力、
という意味になる(日本語源大辞典)。
(源頼光、渡辺綱、卜部季武、藤原保昌によるうわばみ退治(曲亭馬琴作、歌川豊国画「四天王剿盗異録」(1806年) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%86%E3%82%8F%E3%81%B0%E3%81%BFより)
「うわばみ」は、
蟒蛇、
と当て、
巨大な蛇、
の意で、「ばみ」は、
はみ、へびと同根、
つまり、
オオハミ(大蝮 大蛇の意)の轉。うごく、おごく。うつほもの、うつはもの。やほら、やわら(大言海)、
ウハヘミ(大蛇)の義(南留別志・言元梯・名言通)、
等々、「バミ」は、「ヘミ」「ハミ」の転訛なのである。
「みづち」は、
蛟、
虬、
虯、
螭、
蛟龍、
などと当て(広辞苑・岩波古語辞典)、古くは、
みつち、
と清音。
想像上の動物。水に棲み、蛇に似て、角と四足をもち、人に害を与えるという、
とあり、和名類聚抄(平安中期)は、
蛟、美豆知(みつち)、龍属也、
類聚名義抄(11~12世紀)は、
蛟、大虬、ミツチ、
天治字鏡(平安中期)は、
蛟、龍名、美止知(止は豆か)、
とあり、龍との関連を思わせる。
ミは水、ツは助詞、チは靈で、水の霊(広辞苑)、
チはオロチのチに同じ、威力あるものの意(岩波古語辞典)、
ミは蛇(ヘミ)にて、ツは之なり、或は云ふ、合して水なりと。チは靈の異称(大言海)、
ミは蛇の古称、ツチは尊称、蛇の主の義(蛇に関する民俗と伝説=南方熊楠)、
という字解の上、
水神の義(類聚名物考)、
ミツチ(水之神)の義(琅玗記=新村出)、
ミツチ(水霊)の義(大言海)、
朝鮮語mirï(龍)と同源(岩波古語辞典)、
等々、水神化された龍、或は大蛇というところに落ち着く。
「へび」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/433628380.html)で触れたように、漢字の「蛇」(慣用ダ、漢音呉音タ・イ、漢音シャ、呉音ジャ)の字は、
会意兼形声。它(た)は、頭の大きいヘビを描いた象形文字(虫」もへびを象った字)。蛇は、「虫+音符它」で、うねうねとのびる意を含む。它が三人称の代名詞(かれ、それ)に転用されたため、蛇の字で它の元の意味をあらわした、
とあり(漢字源・https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%9B%87)、它(シヤ)∔(ジヤ)と転音した(角川新字源)。だから、
会意兼形声文字です(虫+它)。「頭が大きくてグロテスクなまむし」の象形と「へび」の象形から、「へび」を意味する「蛇」という漢字が成り立ちました、
となる(https://okjiten.jp/kanji310.html)。
(「蛇」 簡牘(かんどく)文字(「簡」は竹の札、「牘」は木の札)・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%9B%87より)
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95