「みづち(みずち)」は、
虬、
虯、
蛟、
蜃、
蜄、
鲛、
鮫、
螭、
等々、様々に当てられるようだ(https://kanji.jitenon.jp/yomi/914751.html)が、当て方は、
虬 33.3%
蛟 33.3%
大虬 11.1%
水蛇 11.1%
とある(https://furigana.info/r/%E3%81%BF%E3%81%A5%E3%81%A1)。手元の辞書では、
蛟、虬、虯、螭、彲(字源)、
蛟、虬、虯、螭(広辞苑・デジタル大辞泉)、
蛟、虬、蛟龍(岩波古語辞典)、
蛟、虬、虯(大言海)、
と当てているが、後述のように、
「虬」(キュウ、ケ)は、「虯」(キュウ、ケ)に同じ、
「彲」(チ)は、「螭」(チ)に同じ、
とある(字源)ので、つまるところ、漢字は、
蛟、虯、螭、
ということになる。
「くちなわ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/488045482.html?1652552920)で触れたように、「みづち」は、古くは、
みつち、
と清音、和名類聚抄(平安中期)に、
蛟、美豆知(みつち)、龍属也、
類聚名義抄(11~12世紀)に、
蛟、大蛇、みつち、
天治字鏡(平安中期)に、
蛟、龍名、美止知、
とある(岩波古語辞典)。仁徳紀67年西暦(379)10月に、
是歳、於吉備中國川鳴河渡、有大虬(みつち)、令苦人、
という記事があり、
県守(あがたもり 笠臣(かさのおみ、笠国造)の祖)が、瓠(ヒサゴ)(瓢箪)を三つ浮かべ、大虬にむかって、そのヒサゴを沈めてみせよと挑戦し、もし出来れば撤退するが、出来ねば斬って成敗すると豪語した。すると魔物は鹿に化けてヒサゴを沈めようとしたがかなわず、男はこれを切り捨て、淵の底の洞穴にひそむその類族を悉く斬りはらったので、淵は鮮血に染まり、以後、そこは「県守淵(あがたもりのふち)」と呼ばれるようになった、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%9B%9F)。万葉集にも、
虎に乗り、古屋(ふるや)をこえて、青淵に、鮫(ミツチ 鮫は蛟なり)取り來(こ)む、剣太刀もが(境部王)、
とある(大言海)。
(ミズチに向かう県守(『前賢故實』) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%9B%9Fより)
「みづち」は、
想像上の動物、蛇に似て四足をもち、毒気を吐いて、人を害する、
とあり(広辞苑)、
龍の角なきものを虬(みづち)と云ふ(大言海)、
虬竜(きゅうりゅう)(広辞苑)、
などとという付記は、後述のように漢字からの、誤伝も含めた、影響とみえる。
「みづち」の語源は、
ミは水、ツは助詞、チは靈で、水の霊(広辞苑)、
水神の義(類聚名物考)、
ミツチ(水之神)の義(琅玗記=新村出)、
と、「水の霊」ないし「水の神」とするものと、
チはヲロチ(大蛇)のチに同じ、威力あるものの意、朝鮮語mirï(龍)と同源(岩波古語辞典)、
ミは蛇の古称、ツチは尊称、蛇の主の義(蛇に関する民俗と伝説=南方熊楠)、
ミはヘミ(蛇)にて、ツは之なり、或は云ふ、合して水なり、チは靈の異称(大言海・国語の語根とその分類=大島正健)、
と、「蛇」に拘らせるものに大別される。
「チ」は、「をろち」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/469001407.html)、「ち(血)」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/465705576.html?1557945045)、「いのち」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/465724789.html)、等々で触れたように、
いかづち(厳(いか)つ霊(ち)。つは連体助詞。雷)、
をろち(尾呂霊。ヲは峰(あるいは尾)、ロは助詞、チは激しい勢いあるもの。大蛇)、
のつち(野之霊。野槌。野つ霊(チ)。野の精霊)、
いのち(イは息、チは勢力、息の勢い。命)、
と重なり、「ち(霊)」は、
原始的な霊格の一。自然物のもつはげしい力・威力をあらわす語。複合語に用いられる、
とされ(岩波古語辞典)、
神、人の霊(タマ)、又、徳を称へ賛(ほ)めて云ふ語。野之霊(ノツチ、野槌)、尾呂霊(ヲロチ、蛇)などの類の如し。チの轉じて、ミとなることあり、海之霊(ワタツミ、海神)の如し。又、轉じて、ビとなることあり、高皇産霊(タカミムスビ)、神皇産霊(カムミムスビ)の如し、
とある(大言海)ので、「チ」は、
霊、
とみるか、
神、
と見るかであり、「み」を、
水、
とみるか、
蛇、
とみるかも、ヤマタノオロチもそうだが、水の神は、多く、
龍、
か、
蛇、
に擬せられたり、
大雨を降らすなどの伝承が多く、水神もしくは水神の使わしめ、
と考えられ、たとえば、
水神は女神で水底で機(はた)を織っているという機織淵(はたおりぶち)などの伝説がある。民間伝承では水神を蛇体と伝えている例が多く、そのほかウナギ、タニシなどを水の主(ぬし)としている所もある。河童(かっぱ)は水神の零落した姿、
とされている(日本大百科全書)。ただ、柳田國男は、
ミヅチは蛟と書き又虬と書いている。だから蛇類ではないかという人もあろうが、それに答えては中国ではそう思っているというより他はない。日本のミヅチという語には水中の霊という以外に、何の内容も暗示されておらぬ、
という(『妖怪談義』)。つまり、その姿形は、「みづち」に当てた漢字のイメージが強いが、国内的には想定する史料がない、ということらしい。しかし、南方熊楠は、
わが邦でも水辺に住んで人に怖れらるる諸蛇を水の主というほどの意でミヅチと呼んだらしくそれに蛟虬等の漢字 を充てたはこれらも各支那の水怪の号故だ。現今ミヅシ(加能)、メドチ(南部)、ミンツチ(蝦夷)など呼ぶは河童なれど、最上川と佐渡の水蛇能く人を殺すといえば(『善庵随筆』)、支那の蛟同様水の主たる蛇が人に化けて兇行するものをもとミヅチと呼びしが、後世その変形たる河童が専らミヅシの名を擅にし、御本体の蛇は池の主淵の主で通れどミヅチの称を失うたらしい。かく蛇を霊怪視した号なるミヅチを、十二支の巳に当て略してミと呼んだは同じく十二支の子をネズミの略ネ、卯を兎の略ウで呼ぶに等し。また『和名抄』に蛇 和名 倍美(へみ)、蝮 和名 波美(はみ)とあれば蛇類の最も古い総称がミで、宣長の説にツチは尊称だそうだから、ミヅチは蛇の主の義ちょうど支那で蟒を王蛇と呼ぶ(『爾雅』)と同例だろう、
と(十二支考・蛇に関する民俗と伝説)し、「へび」の古名「へみ」、「蝮」の古名「はみ」の「み」から、「蛇」のイメージがあったと推測している。結局、
水の主、
すなわち、
蛇の主、
ということになりそうであるが、「蛇の主」にしろ「水の主」のいずれにしても、
水の神、
ということになる。因みに、蛇の古名である「へみ」「はみ」については、「くちなわ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/488045482.html?1652552920)で触れた。
中国でいう「みづち」は、
蛟竜(こうりょう・こうりゅう)、
といい、
蛟龍は常に保深淵之中。若遊浅渚、有漁網釣者之愁(太平記)、
と、
「神龍忽ち釣者の網にかかる」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/485851423.html?1651386479)で触れたように、
まだ龍にならない蛟(みずち)。水中にひそみ、雲雨に会して天に上り龍になるとされる、
とあり(広辞苑・精選版日本国語大辞典)、
姿が変態する竜種の幼生(成長の過程の幼齢期・未成期)、
だとされる(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%9B%9F%E7%AB%9C)。
(蛟図(中国の蛟) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%9B%9F%E7%AB%9Cより)
積水の淵を成さば蛟龍生ず(『荀子』勧学篇)、
とある一方、
蛟龍は淵に伏寝するも、その卵は陵(おか)において割(さ)ける(『淮南子』暴族訓)、
ともあるが、
水にすむ虺(き)は五百年で蛟となり、蛟は千年で龍となり、龍は五百年で角龍、千年で應龍となる、
とある(志怪小説『述異記』)。想像上の動物なので実体ははっきりしない。「蛟」の字は、
その眉が交生するから(『述異記』)、
とある(仝上)。
「蛟」(漢音コウ、呉音キョウ)は、
会意兼形声。「虫+音符交(よじれる)」、
で、
みずち、想像上の動物の名、竜の一種、蛇に似て、からだがよじれ、四足をもつという。水を好み、大水を起こす、
とある(漢字源)。
蛟の眉相交わる、故に交に从(したが)ふ、
とある(字源)。
蛟蛇(こうだ)、
蛟螭(こうち)、
でも、
みずち、
の意であり、
蛟龍得雲雨(こうりょう、うんうをう)、
は、
劉備非久屈為人用者、恐蛟龍得雲雨、終非池中物也(呉史・周瑜傳)、
と、
英雄が一旦時に逢えば忽ち覇業を為す、
に喩える(字源)とある。別に、
蛟龍得水、
ともいう(仝上)。
「虬」(キュウ、ケ)は、「虯」(キュウ、ケ)に同じだが、
虬は角ある龍、螭は角なき龍、
とあり(字源)、
虯龍(キュウリョウ)、
でも、
有角曰虯龍(虬龍)(埤雅)、
と、
角のある龍、
の意となる(仝上)。また、
虯髯(キュウゼン)、
有勇力虯髯善射(五代史・皇甫遇傳)、
と、
みずちのごとく曲がれるほほひげ、
の意とされる。
「螭」(チ)は、
みずち、
の意だが、
龍の角なきもの、
の意である(仝上)。また、
一説に黄色の龍、
龍の雌、
ともある(仝上)。
蛟螭(コウチ)、
虯螭(キュウチ)、
ともいう。
「彲」(チ)は、螭に同じとあり、
龍に似て黄色、
とある(仝上)。なお「龍」には、
鱗あるを蛟龍、
翼あるを應龍、
角あるを虯龍(虬龍)、
角なきを螭龍、
未だ天に昇らざるを蟠龍、
とがある(仝上)、とされる。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
南方熊楠.『南方熊楠作品集』(Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95