2022年05月25日
非時
南の京の永超僧は、魚なきかぎりは、時・非時もすべてくはざりけり(宇治拾遺物語)
道心、社僧となりて、……糧料など乏しくて、……心ざし有る人にたよりて、斎(とき)・非時を乞い侍る(曽呂利物語)、
などとある、
時(とき)、
は、
斎(とき)、
で、
仏家で、午前中に取る食事、午後は食しないと戒律で定めている、
とあり(広辞苑)、
斎食(さいじき)、
時食(じしょく)、
ともいい(広辞苑)、
食すべき時の食事、
の意で、
インド以来の戒律により午前中に食べるのを正時、
とし、午後は食すべき時ではない時刻の食の意で、
非時(ひじ)、
とある(デジタル大辞泉)が、正確には、
日中から後夜(ごや)までは食事をとってはならない定めだった、
ので、
非時者、従日中至後夜後分、名為非時、……従日中至後夜後分、明轉滅没、故名非時(薩婆多毘婆沙)、
と、
非時、
といい、この間に取る食事を、
佛經戒比丘非時食、蓋其法過午則不食也、西蜀僧招客暮食、謂之非時(老学庵筆記)、
と、
非時食(ひじじき)、
あるいは、
非食(ひじき)、
といった(字源・岩波古語辞典・広辞苑)。因みに、「後夜」は、仏語で、一日を昼夜六つ、
晨朝、日中、日没、初夜、中夜、後夜、
に分けた、夜間の後の時分、
夜半から朝までの間、
をいう(精選版日本国語大辞典)。
「非時」については、
鑑真和尚、日本へ渡り給ひたりし昔は、寺寺はただ一食にて、朝食一度しけり(鎌倉後期の仏教説話集『雑談集』)、
とあり、続けて、
次第に器量弱くして、非時と名づけて、日中に食し、後には山も奈良も三度食す(仝上)、
ということで、
非時食、
という矛盾したものが生まれ、
正午過ぎの食事、
となる(大言海)。
つまり、
斎(とき)⇔非時、
の対となる。
在家でも、
特に八斎戒をまもる斎日には、正午を過ぎてからは食事をしない、
とある(精選版日本国語大辞典)。「八斎戒」とは、「六斎日(ろくさいにち)」(特に身をつつしみ持戒清浄であるべき日と定められた六日)などに、
在家信者が一昼夜の間だけ守ると誓って受ける八つの戒律、
つまり、
生き物を殺さない、
他人のものを盗まない、
嘘をつかない、
酒を飲まない、
性交をしない、
午後は食事をとらない、
花飾りや香料を身につけず、また歌舞音曲を見たり聞いたりしない、
地上に敷いた床にだけ寝て、高脚のりっぱなベッドを用いない、
の八戒。おもに原始仏教と部派仏教で行われた(仝上)、とある。
なお、
食すべき時の意、
の「斎(とき)」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/460543513.html)については触れた。
「非」(ヒ)は、「非想非々想天」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/485982512.html)で触れたように、
象形。羽が左と右とに背いたさまを描いたもの。左右に払いのけるという拒否の意味をあらわす、
とある(漢字源)。「羽」(ウ)の
二枚のはねをならべおいたもの、
と比べると、その意味が納得できる(仝上)。
「時」(漢音シ、呉音ジ)は、「とき」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/460526964.html)で触れたように、
会意兼形声。之(シ 止)は、足の形を描いた象形文字。寺は「寸(て)+音符之(あし)」の会意兼形声文字で、手足を働かせて仕事をすること。時は「日+音符寺」で、日が進行すること。之(行く)と同系で、足が直進することを之といい、ときが直進することを時という、
とあり(漢字源)、日の移り変わり、季節、時期などの意を表すに至る(角川新字源)。別に、
会意兼形声文字です(止+日)。「立ち止まる足の象形と出発線を示す横一線」(出発線から今にも一歩踏み出して「ゆく」の意味)と「太陽」の象形(「日」の意味)から「すすみゆく日、とき」を意味する漢字が成り立ちました。のちに、「止」は「寺」に変化して、「時」という漢字が成り立ちました(「寺」は「之」に通じ、「ゆく」の意味を表します)、
とあり(https://okjiten.jp/kanji145.html)、結果としては、同じになる。
「齋」(漢音セイ、呉音セ)は、「齋(斎)」(とき)(http://ppnetwork.seesaa.net/article/460543513.html)で触れたが、
会意兼形声。「示+音符齊(きちんとそろえる)の略体」。神を祭るとき、心身を清めととのえる意を表す、
とある(漢字源・角川新字源)。別に、
会意兼形声文字です(斉+示)。「穀物の穂が伸びて生え揃っている」象形(「整える」の意味)と「神にいけにえを捧げる台」の象形(「祖先神」の意味)から、「心身を清め整えて神につかえる」、「物忌みする(飲食や行いをつつしんでけがれを去り、心身を清める)」を意味する「斎」という漢字が成り立ちました、
とある(https://okjiten.jp/kanji1829.html)。
なお、「時(とき)」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/460526964.html)については触れた。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95