みづからは、渡りたまはむこと明日とての、まだつとめておはしたり(源氏物語)、
の、
つとめて、
は、名詞で、
早朝、
の意であり、また、
つとめて少し寝過ぐしたまひて、日さし出づる程に出でたまふ(源氏物語)、
つとめて、さても昨日いみじくしたる物かなといひて、いざまたおしよせんといひて(宇治拾遺物語)、
と、
(前夜、事のあった)その翌朝、
の意でも使う(岩波古語辞典)。「夙に」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/485537261.html)で触れたように、平安時代の漢和辞典『新撰字鏡』(898~901)にも、
暾、日初出時也、明也、豆止女天(つとめて)、又阿志太(あした)
とある(「暾」(カン)は、日の出の意。暾将出兮東方(暾トシテマサニ東方ニ出ントス (楚辞))。
ツトは夙の意、早朝の意から翌朝の意となった、
とあり(岩波古語辞典)、また、
「つとむ(勤・務・努)」の「ツト」もツトニ(夙に)のツトと同根、
とある(仝上)。ついでながら、「つとむ」は、
ツト(夙)を活用した語、
で、
早朝からコトを行う意、
となり(日本古語大辞典=松岡静雄・大言海・日本語の年輪=大野晋・岩波古語辞典)、
磯城島(しきしま)の大和(やまと)の国に明(あき)らけき名に負ふ伴(とも)の緒(を)心つとめよ(大伴家持)、
と、
気を励まして行う、
精を出してする、
努力する、
という意で使われるのにつながる(岩波古語辞典・大言海)。
「あした」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/447333561.html)で触れたように、「あした」は、
上代には昼を中心とした時間の言い方と、夜を中心にした時間の言い方とがあり、アシタは夜を中心にした時間区分のユフベ→ヨヒ→ヨナカ→アカツキ→アシタの最後の部分の名。昼の時間区分(アサ→ヒル→ユフ)の最初の名であるアサと同じ時間を指した。ただ「夜が明けて」という気持ちが常についている点でアサと相違する。夜が中心であるから、夜中に何か事があっての明けの朝という意に多く使う。従ってアルクアシタ(翌朝)ということが多く、そこから中世以後に、アシタは明日の意味へと変化しはじめた、
とあり、上代の時間の言い方は、
昼を中心にした時間の区分、アサ→ヒル→ユフ、
夜を中心にした時間の区分、ユフベ→ヨヒ→ヨナカ→アカツキ→アシタ、
と分けられている。そこで、「アサ」→「アシタ(翌朝)」が同じ「朝(あした)」なのと、「つとめて」の、
早朝→翌朝、
という変化は重なっている。類聚名義抄(11~12世紀)は、
旦、ツトメテ、アシタ、アケヌ、
朝、ツトメテ、
夙、ツトメテ、アシタ、ハヤク、
平安後期の漢和辞書『字鏡』(じきょう)は、
朝、ツトメテ、
夙、ツトメテ、アシタ、ハヤク、
としている。つまり、
早朝を表す「つと(夙)」から派生した語、
のようである(日本語源大辞典)。
冬はつとめて、雪の降りたるは言ふべくもあらず、霜のいと白きも、またさらでも、いと寒きに、火など急ぎ熾して、炭もて渡るも、いとつきづきし(枕草子)、
雨うち降りたるつとめてなどは、世になう心あるさまにをかし(仝上)、
男、いとかなしくて、寝ずなりにけり、つとめて、いぶかしけれど(伊勢物語)、
などと、
「夙に」が漢文訓読調であるのに対して、「つとめて」は平安朝の和文に多く用いられている、
とある(日本語源大辞典)。
ただ、「夙に」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/485537261.html)で触れたように、
つとに、
と、
つとめて、
と、
つとむ、
の「ツト」が同根なのはわかるが、「ツト」そのものの語源は、
ツトはハツトキ(初時)の上下略(和訓栞・言葉の根しらべの=鈴木潔子)、
ハツド(初時)ニの略(大言海)、
直ちにの意のツから(国語の語根とその分類=大島正健)、
ツトは日出の意の韓語ツタと同語(日本古語大辞典=松岡静雄)、
等々があるものの、限定できない。新撰字鏡(898~901)のいう、
暾、日初出時成り、明也、豆止女天(つとめて)、又阿志太(あした)、
という説明から、
日初出時、
の、
初時、
特に、「初」とつなげたくなるが、断定は難しい。「つとめて」は、
つとに→つとむ→(つとめる)→つとめて、
といった転訛なのではあるまいか。
「夙に」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/485537261.html)で触れたように、「夙」(漢音シュク、呉音スク)は、
会意。もと「月+両手で働くしるし」で、月の出る夜もいそいで夜なべすることを示す、
とあり(漢字源)、「夙昔(シュクセキ)」と「昔から」の意、「夙興夜寝、朝夕臨政」(夙に興き夜に寝て、朝夕政に臨む)と、「朝早く」の意である(仝上)。「早朝」の意の「つとめて」に当てたわけである。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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