2022年06月12日

した


「した」に当てるのには、

下、
舌、
簧、

がある。「下」http://ppnetwork.seesaa.net/article/463595980.htmlについては触れた。ここでは、

舌、
簧、

である。「舌」は、言うまでなく、

大きなる鹿、己が舌を出して、矢田の村に遇へりき(「播磨風土記(715頃)」)、

と、

口腔底から突出している筋肉性の器官。粘膜に覆われ、非常によく動き、食物の攪拌(かくはん)・嚥下(えんげ)を助け、味覚・発音、をつかさどる、

口中の器官の一つであり、

べろ、

あるいは、方言では、

したべろ(舌べろ)、
したべら、
したびろ、

などともいう(広辞苑・デジタル大辞泉)。和名類聚抄(平安中期)には、

舌、之太、

とある(大言海)。

鐙.bmp

(「鐙の舌(あぶみ) 精選版日本国語大辞典より)

この、「舌」をメタファに、

舌状をしているものの総称、

として、たとえば、

鐙の舌、

と言うように使う。また、同じように、

雅楽器の笙(しやう)・篳篥(ひちりき)などの竹管のそれぞれのもとにつけられている廬舌(ろぜつ)、つまりリードと呼ぶ吹き口から息を吐きまた吸って、振動させる、

のを、特に、

簧の字をしたとよむ、笙篳篥に通ずる歟(「塵袋(1264‐88頃)」)、
宇殿の芦名物にて、ひちりきの舌にもちゆ(「謡曲拾葉抄(1741)」)、

などとあるように、

簧、

と当て(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)、和名類聚抄(平安中期)に、

簧、俗云之太、

類聚名義抄(11~12世紀)に、

簧、シタ、笙舌、

色葉字類抄(1177~81)に、

簧、シタ、中舌也、於管頭、横横施其中也、

とある。

ひちりきと簧.jpg

(舌(左)と篳篥(右) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AF%B3%E7%AF%A5より)

当然、今日の、

木管楽器やオルガンなどリード楽器の発音体となる部分、

も、

舌(簧)、

という。ついでながら、

舌が回る、
した先三寸、

と言うように、「舌」を提喩として、

舌のやはらかなるままに、君の御事な申しそ(平家物語)、

と、

ことば、
また、
話すこと、
弁舌、

の意でも用いる(精選版日本国語大辞典)。

ちなみに、「べろ」は、

べろべろ(擬態語)、

とあり(日本語源広辞典)、

動かす形容より云ふ語(大言海)、

とあるので、

舌を何度も出したり、なめたりする様子、

からきた語と思われる(擬音語・擬態語辞典)が、

なめる音から(新撰常陸國誌・方言=中山信名)、

と、擬音語とする説もある(日本語源大辞典)。

で、「舌」の語源はというと、「舌を巻く」http://ppnetwork.seesaa.net/article/461685620.htmlで触れたことがあるが、

シ(下)+タ(するもの)、口の下方にある器官の意(日本語源広辞典)、
シナフ義、ナとタと通じる(名言通・和訓栞・言葉の根しらべの=鈴木潔子・日本語源広辞典)、
柔らかにシタガフ意(和句解・日本釈名・柴門和語類集)、
シシ(肉)から(国語の語根とその分類=大島正健)、
シッタリと物の味をシタシ取るものであるところから(本朝辞源=宇田甘冥)、

等々諸説あるが、はっきりしない。むしろ、単純に、

下、

から来たという方がすっきりするのだが。

「舌」 漢字.gif


「舌」(漢音セツ、呉音ゼツ・ゼチ)は、

字源に、

象形説。二股に分かれ激しく動く蛇などのしたを象る(白川静)、
会意説。「干(おかして出入りする棒)+口」で、口の中から自由に出入りする棒状のしたをあらわす(藤堂明保)、

の二説があるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%88%8C。しかし、

甲骨文は、口の中から舌が伸び出るさまに象る。舌の尖端が二叉に分かれているのは、これが蛇の舌を象るからである、

とある(香港中文大學「漢語多功能字庫」)。甲骨文字を見る限り、そうとも見えるが、

「舌」 甲骨文字・殷.png

(「舌」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%88%8Cより)

他は、見た限りでは、

象形。口からしたを出したさまにかたどり、「した」の意を表す(角川新字源)、
象形文字です。「口から出した、した」の象形から「した」を意味する「舌」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji49.html)、

と、後者をとっている。

「簧」 漢字.gif


「簧」(漢音コウ、呉音オウ)は、

会意兼形声。「竹+音符黄(コウ 四方に広がる光)」。固定しないで、自由に広がる意を含む、

とあり(漢字源)、「笛の舌」、つまりリードの意である。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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