2022年06月19日
つややか
「つややか」は、
艶やか、
と当て、
見やれば、木の間より水のおもてつややかにて、いとあわれなるここちす(かげろう日記)、
などと、
表面が美しく光って見えるさま、
光沢(つや)有りて、麗しく光って、
の意から、
桃の木わかだちて、いとしもとがちにさし出でたる、片つ方は青く、いま片枝は濃くつややかにて、蘇枋(すおう)の日かげに見えたるが(枕草子)、
と、
艶があって美しいさま、
にシフトし、さらに、
かしこまりてはなはだしう置きたれば、つややかなることはものせざりけり(かげろう日記)、
と、
色めいた感じのするさま、
の意へ変化していく(岩波古語辞典・大言海)。類聚名義抄(11~12世紀)に、
暉、つややかにして、
色葉字類抄(1177~81)に、
光、つややかなり、
とある。暉(キ)は、輝と同義で、「光」「輝く」意(漢字源)なので、原義は、
表面が美しく光って見えるさま、
になる。で、「つややか」に、
瑩瑩、
と当てるもの(大言海)もある。「瑩」(エイ)も、「光」「あきらか」の意(漢字源)である。
「つややか」は、
「つや」(艶)+接尾辞「やか」
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E3%81%A4%E3%82%84%E3%82%84%E3%81%8B)。「やか」は、
奈良時代に、柔らかな感触を表す接尾語ヤがあって、ニコヤ・ナゴヤ・タワヤ・フハヤなどと擬態語の下に使われた。さらにその下に、目に見える状態の意から転じた接尾語カを加えて成立した語、
とあり(岩波古語辞典)、
しづやか、
さはやか、
しめやか、
こまやか、
そびやか、
つづやか、
など、
擬態語・擬音語を承けて、
あなうたて、このひとのたをやかならましかばと見えたり(源氏物語)、
と、
感じとして……である、
見た印象として……らしいさま、
の意で使う場合と、
つややか、
あてやか、
ふさか、
きはやか、
など、
名詞を承けて、
いとにほひやかに、うつくしげなる人の、いたう面やせて(仝上)、
と、
いかにも……の感じがするさま、
いかにも……らしいさま、
の意で使う場合、さらに、
あをやか、
ちかやか、
をかしやか、
など、
形容詞の語幹を承けて、形容詞のような直截的な断定を下すのを避けて、用例は少ないが、
なぎさにちひさやかなる舟よせて(仝上)、
と、
……の感じである、
など意で使う(仝上)。「やか」の類義語に、
いふかりし国のまほらばをつばらかに示し給はば(万葉集)、
と、
らか、
がある。「らか」は、
音のするさま、……という(見た目の)状態の意を表わし、古くはヤカとは相違していた。もともと奈良時代に、耳に聞く音のさま、目で見る物のさまを表わす接尾語ラがあって、カワラ・ヤララ・ツブラ・ハダラ・アカラ・ウスラなど、擬音語・擬態語及び形容詞語幹の下についた。さらにその下に接尾語カがついてラカが成立した。ヤカもラカも、その下にナリをともなって形容詞として働く。既に奈良時代に「はなやかに」「つばらかに」などの例があるが、平安時代初期から中期にかけてヤカ・ラカによる形容詞は盛んにつくられ、漢文訓読体・和文脈の両法に多い。ヤカとラカは、承ける語幹を異にするのが原則で、ニコヤカはニコラカとはならず、ツブラカはツブヤカとはならないが、ヤカとラカの意味上の区別は平安中期に至っては次第に明瞭でなくなる。平安中期以降は、ヤカ・ラカに代わって接尾語ゲが使われるようになり、鎌倉時代の軍記物語などでは、ヤカ・ラカを含む語の使用は激減した、
とある(仝上)。
なお、「つややか」の「つや」は、
艶、
と当てるが、
ツヤ(擬態語)、ツヤツヤのツヤ、
からきているとする(日本語源広辞典)。
つやつや、
は、
艶々、
とあて、平安時代から使われている(擬音語・擬態語辞典)とあるので、ありえるかもしれない。
「つや」は、
濃き衣のいとあざやかなる、つやなど月にはえて、をかしう見ゆる(枕草子)、
と、
ものの表面の美しくみずみずしい光沢、
の意だが、平安女流文学では、衣服について言う、とある(岩波古語辞典)。その意味から、
笛達者にて……拍子につやありて能く吹く(近代四座訳者目録)、
と、
美しくなめらかなこと、
の意で使うが、
つやのある声、
と言うように、
若々しく張りのある感じ、
の意や、
つやのある話、
と言うように、
味わいのある、
の意や、
つやもなくぞ言ひたりける(浄瑠璃・京童)、
と、
愛想、
愛嬌、
世辞、
の意で使い(広辞苑・岩波古語辞典)、
つやを云ふとは世辞を云ふ、
意とあり(大言海)、たとえば、
つやを付けて言う、
という言い回しは、
少し艶をつけて気に障(あ)てない様に言ひもしませうが(春色湊の花)、
と、
お上手をまぜて言う、
意となる(江戸語大辞典)。さらに、
艶もの、
艶ごと
艶ものがたり、
艶だね、
というように、江戸時代になると、
男女の情事に関したること、
色めいたこと、
の意でも使うようになる(大言海・広辞苑・江戸語大辞典)。これは、「艶」を当てたため、後述のように、漢字「艶」の意味の翳かと思われる。ただ、この意で、
つややか、
とはいわない。
また、「艶」を、
エン、
と漢字の音で訓むと、意味が変わる。
漢字としての意味は、美色。奈良時代には、華麗で輝くような男女の美しさにこの字を使う。平安時代の漢詩文では「艶情」「妖艶」など魅力的な美を言う。女流文学では、ハナヤカナリ・イロウ(彩)などがこれの意味に近い。しかし、それらの和語では表わしきれない、これこそが魅力的な、風情のある情景だ、しゃれて粋な感じだ、人の気をひく派手な様子だ、という場合の形容にこれを使う。進んでは思わせぶりな男女の振舞いをいう。和文脈でこの語を使ったのは清少納言・紫式部など限られた人で、漢文の素養によって、この漢語を、文学語として和文にも取り入れたものらしく、人によって異なった状況にこれを用いた。中世になると、歌謡などで、「艶にやさしい」と使うことが多く、優美さの一つの姿を言う、
とある(岩波古語辞典)。たとえば、紫式部は、
夕闇すぎておぼつかなき空の気色の曇らはしきりに、うちしめしたる宮の御けはひもいと艶なり(源氏物語)、
と、
情景・景色を眺めて個人の印象として、風情があるさま、
の意で、
鈍色の紙の、いとかうばしう艶なるに(仝上)、
と、
粋な、しゃれいる、
の意で、
近う呼び寄せ奉り給へるに、かの御移り香の、いみじう艶にしみかへり給へれば(仝上)、
と、
はっきりと目につくさま、はっきりと匂うさまも
の意で、
いたう言こめたれば、例の艶なると憎み給ふ(源氏物語)、
いとこそ艶に、われのみ世にはもののゆゑを知り、心深き、類(たぐひ)はあらじ(紫式部日記)、
と、
あでやかな魅力的なさま、また思わせぶりなさま、
の意でと、様々な含意を使い分けている(岩波古語辞典・広辞苑・精選版日本国語大辞典)。
「艶(艷)」(エン)は、「色ふ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/484562978.html)で触れたように、
会意。「色+豐(ゆたか)」で、色つやがゆたかなことをあらわす。色気がいっぱいつまっていること、
とあり(漢字源)、「艷話(えんわ)」のように、エロチックな意味もあるので、「つや」に、男女間の情事に関する意で「艶物(つやもの)」という使い方はわが国だけ(仝上)だが、語義から外れているわけではない。別に、同趣旨の、
本字は、形声で、意符豐(ほう ゆたか)と、音符𥁋(カフ)→(エム)とから成る。旧字は、会意で、色と、豐(ゆたか)とから成り、容色が豊かで美しい意を表す。常用漢字は俗字による、
とする(角川新字源)ものの他に、「豔・豓」と「艷」を区別して、「豔・豓」は、「艶」の旧字とし、
会意兼形声文字です(豐+盍)。「草・木が茂っている象形と頭がふくらみ脚が長い食器(たかつき)の象形」(「豊かに盛られた、たかつき」、「豊か」の意味)と「物をのせた皿にふたをした」象形(「覆う」の意味)から、顔形が豊かで満ち足りている事を意味し、そこから、「姿やしぐさが色っぽい(異性をひきつける魅力がある)」、「顔・形が美しい」を意味する「豔・豓」という漢字が成り立ちました、
とし、「艶(艷)」は、
会意文字です(豊(豐)+色)。「草・木が茂っている象形と頭がふくらみ脚が長い食器(たかつき)の象形」(「豊かに盛られた、たかつき」、「豊か」の意味)と「ひざまずく人」の象形と「ひざまずく人の上に人がある」象形(「男・女の愛する気持ち」の意味)から、「男・女の愛する気持ちが豊か」を意味する「艶」という漢字が成り立ちました、
とする説明もある(https://okjiten.jp/kanji2086.html)。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
山口仲美編『擬音語・擬態語辞典』(講談社学術文庫)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95