2022年06月20日
ねんごろ
「ねんごろ」は、
懇ろ、
と当てる。
ネモコロの転(広辞苑・大言海・岩波古語辞典)、
とある。「ねもころに」は、
ネを根、
と見るのは同じだが、その解釈は、
根モコロの意、モコロは、同じ状態にある意、草木の根が、こまやかに絡み合って土の中にあるのと同様にの意(岩波古語辞典)、
ネは根なり、モコロは如の義、物の極(きはみ)と等しくの意ならむ(大言海・日本語源広辞典)
ネは根、ゴロは如の義。草木の根の行き渡るがごとき心配りの意(万葉集類林・俚言集覧・日本語源=賀茂百樹・和訓栞)、
コロはカラム(絡)のカラ、根も絡みつく程に(小学館古語大辞典・古代日本語文法の成立の研究=山口佳紀)、
と、「根」の絡み合って張っている如くとする説と、
ネ(根)+も+コロ(凝・凝りかたまる)、心根が凝り固まる程に真心をこめての意(日本語源広辞典)、
ネ(根)モ-ゴロ(凝)の転(国語の語根とその分類=大島正健)、
と、「根」が固まっている状態とする説、
に大別され、いずれも、
根の如く密に絡み合う、
意だが、前者は、
根の如く、
に、後者は、
密に絡み合う、
に重点がある(語源由来辞典)とする。その他に、
ネモは字音語ネム(念)、コロは形容詞クルシ(苦)の語根(続上代特殊仮名音義=森重敏)、
ネは系、モコロは庶兄弟姉妹の意、近親者の転義(日本古語大辞典=松岡静雄)、
等々もあるが、大勢は、
根の状態、
になぞらえていると思われる。「ねもころ」に、
懇、
の他に、
惻隠、
とも当てている(岩波古語辞典)ように、本来は、
見渡しの三室の山の巖菅(いはほすげ)ねもころ我は片思ひする(万葉集)、
と、
こまやかに情の絡むさま、
の意や、
あしひきの山に生ひたる菅(すげ)の根のねもころ見まく欲しき君かも(仝上)
と、
こまやかに、周到にものをみるさま、
の意や、
菅の根の君が結びてし我が紐の緒を解く人はあらじ(仝上)、
こまやかに心を遣うさま、
の意等々、
こまやかな心情表現、
を示す言葉である。上代には、副詞、
ねもころごろに、
と、
ねもころのコロを重ねて、
用いられ、
慇懃に、
惻隠惻隠に、
懇、
などと当て、「ねもころ」と似たように、たとえば、
菅の根のねもころごろにわが思へる妹に縁(よ)りては言の忌みもなくありこそと斎瓮(いはひべ)を斎ひ(仝上)
と、
こころこまやかに、
とか、
菅の根のねもころごろに照る日にも乾(ひ)めや我が袖妹に逢はずして(仝上)、
すみずみまで、至らぬところなく、
といった意味で使われた(岩波古語辞典)。中古に入って、
ネモコロ→ネムコロ→ネンゴロ、
と転じていく(日本語源大辞典)。で、
ねんごろ、
も、
ただ片時のほど、いと聞き侍らまほしきを、必ず聞かせ給へど、ねんごろに聞こえ給へば(宇津保物語)、
と、
こまやかに心遣いするさま、
真心を持ちて、
といった意味から、少しずつ、
地蔵を田の中の水に押しひたしてねんごろに洗ひけり(徒然草)、
と、
念入りに、
丁重に、
といった意や、
さる仲らひといふなかにも心かはしてねんごろなれば(源氏物語)、
と、
こまやかに情愛のからみあっていること、
仲が親密であること、
といった意へとシフトし、江戸時代になると、
鼓の師匠源右衛門とねんごろしてござらぬかと(浄瑠璃・堀川波鼓)、
と、
男女がひそかに情を通じる、
意へと意味を広げていく(岩波古語辞典・広辞苑・大言海)。江戸時代の用例では、
番頭が念頃(ねんごろ)に申てくれまする(お染久松色読取)、
と、
親切、
丁寧、
の意か、
私は、……お絹さんとは別けての御懇情(ごねんごろ)(軒並娘八丈)、
と、
親密な間柄、
の意が主となっていく(江戸語大辞典)。たとえば、
懇ろ切る、
というと、
おのれは傾城なれば飽いた時は懇ろ切る(浄瑠璃・用明天王職人鑑)、
と、
男女の関係を絶つ、
意になり(広辞苑)、
懇ろ分(ねんごろぶん)、
というと、
ねんごろな関係にある人
の意だが、特に、
衆道の兄弟分、
を指したらしい(仝上)。
今日の用例でいうと、
懇ろになる、
というと、ほぼ、
男女が仲の良い親しい関係になる、
意で、含意として、
肉体関係が入ってくる場合がある、
とある(語感の辞典)。
「懇」(コン)は、
会意兼形声。貇(コン)は深くしるしをつける意を含む。懇はそれを音符とし心を加えた字で、心を込めて深く念をおすこと、
とあり(漢字源)、「懇切」「懇情」などと使う。別に、
会意兼形声文字です(貇+心)。「獣が背を丸くして獲物に襲いかかろうとする象形と、人の目を強調した象形(「とどまる」の意味)」(「ふみとどまる」の意味)と「心臓」の象形から、一定の範囲内に心をふみとどめておく事を意味し、そこから、「ねんごろ(心がこもっているさま)」を意味する「懇」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji1580.html)。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95