2022年06月25日
後の千金
「後の千金」(のちのせんきん)は、
せっかくの援助も、時を失してはなんの効果もないことのたとえ、
にいう。「轍魚」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/484816260.html)で触れた、『荘子』外物の、
莊周家貧、故往貸粟於監河侯、監河侯曰、諾我將得邑金、將貸子三百金、可乎、莊周忿然作色曰、周昨來、有中道而呼者、周顧視、車轍中、有鮒魚焉、周問之曰、鮒魚來、子何為者邪、對曰、我東海之波臣也、君豈有斗升之水而活我哉、周曰、諾我且南遊子呉越之王、激西江之水而迎子、可乎、鮒魚忿然作色曰、吾失我常與、我無所處。吾得斗升之水然活耳、君乃言此、曾不如早索我於枯魚之肆、
による(字源)。常與は水、の意。貧乏な莊周(荘子)が、
貸粟、
と頼んだところ、監河侯が、
諾我將得邑金、將貸子三百金、
と悠長なことを言ったのに対し、轍の鮒を喩えて、莊周が、
昨來、有中道而呼者、
見ると、
車轍中、有鮒魚焉、
その轍の鮒に、
君豈有斗升之水而活我哉、
と、一斗一升の水が欲しいと求められたのに対し、
諾我且南遊子呉越之王、激西江之水而迎子、
と間遠な答えをしたところ、
鮒魚忿然作色曰、吾失我常與、我無所處。吾得斗升之水然活耳、
と鮒が憤然として、そのように言うなら、
枯魚之肆、
つまり干物屋で会おうと言われたといって、監河侯をなじったのに由来する(故事ことわざの辞典)。これを、『宇治拾遺物語』に、「後ノ千金ノ事」と題して、まるで隣家にちょっと借米に行ったような話に変わっているが、
今はむかし、もろこしに荘子(さうじ)といふ人ありけり。家いみじう貧づしくて、けふの食物たえぬ。隣にかんあとうといふ人ありけり。それがもとへけふ食ふべき料(れふ)の粟(ぞく 玄米)をこふ。あとうがいはく、「今五日ありておはせよ。千両の金を得んとす。それをたてまつらん。いかでか、やんごとなき人に、けふまゐるばかりの粟をばたてまつらん。返々(かへすがへす)おのがはぢなるべし」といへば、荘子のいはく、「昨日道をまかりしに、あとに呼ばふこゑあり。かへりみれば人なし。ただ車の輪のあとのくぼみたる所にたまりたる少水に(せうすい)に、鮒(ふな)一(ひとつ)ふためく。なにぞのふなにかあらんと思ひて、よりてみれば、すこしばかりの水にいみじう大(おほ)きなるふなあり。『なにぞの鮒ぞ』ととへば、鮒のいはく、『我は河伯神(かはくしん)の使(つかい)に、江湖(かうこ)へ行也。それがとびそこなひて、此溝に落入りたるなり。喉(のど)かはき、しなんとす。我をたすけよと思てよびつるなり』といふ。答へて曰く、『我今二三日ありて、江湖(かうこ)といふ所にあそびしにいかんとす。そこにもて行て、放さん』といふに、魚のはく、『さらにそれまで、え待つまじ。ただけふ一提(ひとひさげ)ばかりの水をもて喉をうるへよ』といひしかば、さてなんたすけし。鮒のいひしこと我が身に知りぬ。さらにけふの命、物くはずはいくべからず。後(のち)の千のこがねさらに益(やく)なし。」とぞいひける。それより、「後(のち)の千金」いふ事、名誉せり、
と載せた。「かんあとう」は、監河候(かんかこう)の誤りとされ、中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)には、
魏文侯、
とあり、詳しく伝わらないが、
河を監督する役人、
ともあり(https://j-trainer.blogspot.com/2021/04/blog-post_5.html)、
官職、
であるらしい(中島悦次校注『宇治拾遺物語』)。「河伯(かはく)」は、和名類聚抄(平安中期)に、
河伯、一云水伯、河之神也、和名、加波乃加美、
とある(仝上)。
「後の千金」は、
後の千金より今の百金、
後の千金よりも今の百文、
等々ともいうが、
明日の百より今の五十、
という言い方もある。
明日になればたくさん手に入るかもしれないが、不確実なことに期待するより、量は少なくとも今日手に入る確実なことの方がよい、
という意味で、
時を失してはなんの効果もない、
という含意よりは、
末の百両より今の五十両、
聴いた百文より見た一文、
と、
遠い不確実なことより手近な確実さを取る、
と、少し意味がシフトしていく。
先の雁より手前の雀、
先の雁より前の雲雀、
もその意味になる。しかし、
不応遠水救近渇、空倉四壁雀不鳴(陳師道詩・通俗編)、
とある、
遠水(えんすい)渇(かつ)を救わず、
もその意味になるが、
失火而取水於海、海水雖多、火必不滅矣、遠水不救近火也(韓非子・説林上篇)、
とある、
遠水は近火を救わず、
も、
遠くにあっては急の役は立たない、
と、意味が、
急場の用にシフトしている。
参考文献;
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95