「とぶ」は、
跳ぶ、
飛ぶ、
と当て(広辞苑)、また、
翔ぶ、
と当てたりする。「とぶ」は、
鳥が空中を羽で飛行する意。類義語カケルは、鳥にかぎらず馬・龍・蠅などが宙を走り回る意、
とある(岩波古語辞典)。「かける」は、
翔る、
と当て、
礒(いそ)に立ち沖辺(おきへ)を見れば藻(め)刈り舟海人(あま)漕ぎ出(づ)らし鴨翔(かけ)る見ゆ(万葉集)、
と、
空中を飛び回る、
意や、
苦しきままにかけりありきて、いとねむごろに、おほかたの御後見を思ひあつかひたるさまにて、追従しありきたまふ(源氏物語)、
と、
飛ぶように走る、
意で、「飛ぶ」とは意味が重なる。「とぶ」には、
あしひきの山とび越ゆる雁がねは都に行かば妹に逢ひて来ね(万葉集)、
と、
鳥などが飛行する(岩波古語辞典)、
翼を動かして空を行く、翔る(大言海)、
意と、
真土山(まつちやま)越ゆらむ君は黄葉(もみちば)の散りとぶ見つつ(万葉集)、
と、
大地から離れ空に上がる、高く舞い上がる、空中を移動する(広辞苑)、
(空中を)舞う(岩波古語辞典)、
吹き上げられて散りゆく、翻る(大言海)、
意と、
獅子王の吼ゆる声の一たび発(おこ)る時には一切の禽獣、悉皆、驚き怖りてとび落ち走り伏して(地蔵十輪経)、
と、
(足ではずみをつけて地面・床などをけり)からだが空中にあがるようにする、はねる(岩波古語辞典・デジタル大辞泉)、
空中にはねあがる、跳躍する(広辞苑)、
をどる、跳(は)ぬ(大言海)、
などの意があり、特に、「はねあがる」「はねる」意の場合、
ジャンプ競技でK点まで跳ぶ、
と、
跳ぶ、
を当てたりする(広辞苑・岩波古語辞典・デジタル大辞泉・大言海)。
後は、そうした「とぶ」の意味をメタファとして、
ヤジが飛んだ、
礫が飛んだ、
火花が飛んだ、
事故現場へ飛ぶ、
心は故国に飛んでいる、
びんたがとぶ、
デマがとぶ、
染めがとぶ、
ヒューズがとぶ、
ページがとぶ、
五百飛んで六円、
等々と、
空中を通り、離れた所に達する、動き出しの強い力で遠いところまでゆく(広辞苑)、
遠くへだたる(岩波古語辞典)、
間を隔てる、間を置く(大言海)、
大急ぎで、また、あわててある所へ行く、かけつける(デジタル大辞泉)
つながったものが切れる、あった者が消える(仝上)、
うわさ・命令などがたちまちひろがる(仝上)、
等々の意でも使う(仝上)。
「とぶ」は、
疾(と)を活用せる語か(大言海・国語の語根とその分類=大島正健)、
トクフ(疾経)の義(名言通・和訓栞)、
トフ(速経)の義(言元梯)、
疾(ト)+ブで、早くとぶ(日本語源広辞典)、
と、「疾」あるいは「速」と絡ませる説、
トヲヒク(遠引)の反、またはトヲフル(遠経)の反(名語記)、
遠キニ-フル(歴)の義(柴門和語類集)、
と、「隔」てから解釈する説、
鳥(ト)+ブ、鳥のように早く飛ぶ意(日本語源広辞典)、
トブ(鳥羽)の義(和語私臆鈔)、
と、「鳥」と絡ませる説等々がある。確かに「と(鳥)」は、
とがり(鳥狩)、
となみ(鳥網)、
と使われるが、これは、
他の名詞の上について複合語を作る際、末尾のriと次の来る語の語頭の音とが融合した形、
で、
törikari→törkari→töngari→tögari、
と変化するもので、
鳥ぶ、
という変化はない(岩波古語辞典)ようだ。常識に考えれば、
疾(と)の活用、
ということに落ち着きそうだが、どうだろう。
因みに、
飛ぶ、
跳ぶ、
翔ぶ、
の使い分けを、
「飛ぶ」は空中を移動する時や速く移動する時に使われます、
「跳ぶ」は地面をけって高く上がるという意味です、
「翔ぶ」は翼を広げてとぶ、空高くとぶ、という意味です、
と説く説がある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E3%81%A8%E3%81%B6他)が、
地上から跳ねる、
のが、
跳ぶ、
で、
空を飛ぶ、
のが、
飛ぶ、
という使い分けて十分だろう。「翔ぶ」は、空駆ける意を含ませたいときに使うということだろうか。結局漢字の意味におぶさった使い方ということになる。
「跳」(漢音チョウ、呉音ジョウ)は、
会意兼形声。兆は、亀の甲を焼いて占うときに生ずるひびを描いた象形文字。左右二つに分かれる、ぱっと離れる意味を含む。跳は「足+音符兆」で、足ではねて体が地面から離れること、
とあり(漢字源)、「跳躍」といった使い方をする。同趣旨で、
会意兼形声文字です(足+兆)。「胴体の象形と立ち止まる足の象形」(「足」の意味)と「占いの時に亀の甲羅に現れる割れ目」の象形(「きざし(前触れ)」の意味だが、ここでは、「弾け割れる」の意味)から、「はねあがる」、「おどる」、「つまずく」を意味する「跳」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji1233.html)。
(「兆」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%85%86より)
「飛」(ヒ)は、
象形。鳥の飛ぶ姿を描いたもので、羽を左右に開いて飛ぶこと、蜚(ヒ)と同じ、
とある(漢字源)。
三年不蜚、蜚将沖天(三年蜚バス、蜚ベバ将ニ天ニ沖(まっすぐ高く上がる)セントス)(史記)、
と、「蜚鳥」は「飛鳥」と同じである(仝上)。別に、
象形。鳥が羽を振ってとぶさまにかたどり、「とぶ」意を表す。角川新字源
象形。鳥のとぶ様を象る。音声的には、左右に分かれるを意味する「非」「扉」「排」と同系、「蜚」は同音同義。篆書以前の字体は確たる採取例がない、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A3%9B)。
(「飛」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A3%9Bより)
(「飛」 楚系簡帛文字(簡帛は竹簡・木簡・帛書全てを指す)・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A3%9Bより)
(「飛」 中国最古の字書『説文解字』・小篆(漢) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A3%9Bより)
「翔」(漢音ショウ、呉音ゾウ)は、
形声文字(意味を表す部分と音を表す部分を組み合わせて作られた文字)。「羽+音符羊」、
とある(漢字源)。「羽」(ウ)は、「非想非々想天」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/485982512.html)で触れたように、
二枚のはねをならべおいたもの、
を描いた象形文字である(仝上)。
「飛翔」と、「かける」「羽を大きく広げて飛びまう」「とびめぐる」意である(漢字源・字源)。「飛」との違いは、
翔而後集(翔リテ後ニ集ル)(論語)、
と、
鳥に限定していないように見えるが、
室中不翔(室中ニテ翔せず)(礼記)、
と、
鳥が飛ぶ、
意でも用いている(漢字源)。「翔禽」「翔天」「翔空」などと使う(字源)。
別に、
形声文字です(羊+羽)。「羊の首」の象形(「羊」の意味だが、ここでは「揚(ヨウ)」に通じ(同じ読みを持つ「揚」と同じ意味を持つようになって)、「あがる」の意味)と「鳥の両翼」の象形から、「かける・とぶ」を意味する「翔」という漢字が成り立ちました、
とあり(https://okjiten.jp/kanji1458.html)、飛ぶ意味があることは確かである。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95