2022年06月30日
矧(は)ぐ
「矧(は)ぐ」は、古くは、
ハク、
と清音、
とあり(広辞苑・岩波古語辞典)、
佩くと同語(広辞苑)、
刷くと同根(岩波古語辞典)、
とある。
淡海(あふみ)のや矢橋(やばせ)の小竹(しの)を矢着(やは)かずてまことありえめや恋しきものを(万葉集)、
と、他動詞四段活用に、
竹に矢じりや羽をはめて矢に作る、
意で(岩波古語辞典・学研全訳古語辞典・広辞苑)、天正十八年(1590)本節用集に、
作矢、ヤヲハグ、
とある。さらに、それをメタファとして、
三薦(みすず)刈る信濃の真弓引かずして弦作留(をはぐる)わざを知ると言はなくに(万葉集)、
梓弓弦緒取波気(つらをとりはけ)引く人は後の心を知る人ぞ引く(万葉集)、
と、他動詞下二段活用に、
填(は)む、つくる、引き懸く(大言海)、
の意に、更に、
弛(はず)せる弓に矢をはげて射んとすれども不被射(太平記)、
と、
弓を矢につがえる(広辞苑)、
意でも使う。和漢音釈書言字考節用集(1717)には、
ツゲル、屬弓弩於弦、
とある。ここから、
いくさみてやはぎの浦のあればこそ宿をたてつつ人はいるらめ(鎌倉後期「夫木和歌抄(ふぼくわかしょう)」)、
と、
戦(いくさ)見て矢を矧ぐ、
という諺が生まれる。
盗人を捕らえて縄を綯う、
難に臨んで兵を鋳る、
といった「泥縄」の意である(故事ことわざの辞典)。
「矧ぐ」と同根、同語とされる、
佩(は)く、
は、
着く、
穿く、
帯く、
などとも当て(広辞苑・大言海)、
細長い本体に物をとりつけたり、はめ込んだりする意、類義語オブ(帯)は巻き付ける意、
とあり(岩波古語辞典)、
やつめさす出雲健(いずもたける)がはける太刀つづら多(さわ)纏(ま)き真身(さみ)なしにあはれ(古事記)、
と、
太刀を身につける、
意や、
信濃道は今の墾道(はりみち)かりばねに足踏ましなむ履(くつ)はけ吾が背(万葉集)、
と、
袴、くつ、足袋などを着用する、
意の他に、
陸奥(みちのく)の安太多良真弓はじき置きて(弦ヲハズシテオイテ)反(せ)らしめきなば(ソセシテオイタナラ)弦(つら)はきかめかも(萬葉集)、
と、
弓弦を弓に懸ける、
意がある。同語で漢字を当て分けただけというのもうなずける。
佩く→矧く→矧ぐ、
と、漢字を当て分けることで、意味を際立たせることになったのではあるまいか。
「佩く」の語源は、
ハ(間)に着くるの義(国語の語根とその分類=大島正健)、
ヒク(引)に同じ(和語私臆鈔)、
フレキル(触着)の義(言元梯)、
等々とあるが、古く清音という難はあるが、
接ぐ、
綴ぐ、
と当てて、
板を接(は)ぐ、
布を接(は)ぐ、
というように、
間を繋ぎ合わす、
接(つ)ぐ、
着け合わす、
という意味で使う「はぐ」がある(大言海)。由来は、
ハ(閒)の活用(大言海)、
ハ(間)を着け合わす魏(国語の語根とその分類=大島正健)、
とされる(日本語源大辞典)。「矧ぐ」は、この「はぐ」とつながるのではないか。
柱(http://ppnetwork.seesaa.net/article/473416760.html)で触れたように、「柱」の語源に、
ハシは屋根と地との間(ハシ)にある物の意、ラは助辞(大言海)、
ハシ(間)+ラ、屋根と地のハシ(間)に立てるものをいいます(日本語源広辞典)、
とする説を採るものが多い(古事記傳・雅言考・国語の語根とその分類=大島正健・日本語源=賀茂百樹等々)。
「はし」と訓ませるものには「はし」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/473930581.html)で触れたように、
橋、
箸、
端、
梯、
嘴、
階、
などと当て分け、「端」は、
縁、辺端、といった意味、
で、
は、
とも訓ませ、
間、
の意味である。万葉集には、
まつろはず立ち向ひしも露霜の消(け)なば消(け)ぬべく行く鳥の争う端(はし)に渡會(わたらい)の斎の宮ゆ神風(かむかぜ)にい吹き惑はし(柿本人麻呂)
くもり夜の迷へる閒(はし)に朝もよし城上(きのえ)の道ゆつのさはふ磐余(いわれ)を見つつ(万葉集)、
などの例があり、「はし」に「閒」と「端」を使っているし、古事記には、
閒人(はしびと)穴太部王、
という例もあり、
端、
と
閒、
は、「縁」の意と「間」の意で使っていたように思われる。だから、大言海は、「橋」を、
彼岸と此岸との閒(はし)に架せるより云ふ、
とし、国語大辞典も、
両岸のハシ(間)をわたすもであるところから、ワタシの略転、早く渡れるところからハヤシ(早)の中略、両岸のハジメ(初)からハジメ(初)へ通ずるものであるところから、
とある(http://www.kumamotokokufu-h.ed.jp/kumamoto/isibasi/hasi_k.html)。さらに、「はし」は、
現在「橋」と書くが、古くは「間」と書いていたことが多かった。もともと、ものとものとを結ぶ「あいだ」の意味から、その両端部の「はし」をも意味するようになった、
ともあり(仝上)、「はし(閒)」とする説は多く、
両岸のハシ(間)にわたすものであるところから(東雅・万葉集類林・和語私臆鈔・雅言考・言元梯・和訓栞・国語の語根とその分類=大島正健・日本語源=賀茂百樹)、
この他、
ハザマ(狭間)・ハサム(挟)等と同源か。ハシラ(柱)・ハシ(端)とも関係するか(時代別国語大辞典)、
ハシラ(柱)の下略(和句解)、
ハシ(端)の義(名言通・言葉の根しらべの=鈴木潔子)、
橋は「端」と同源。「端」の意味から「間(あいだ)」の意味も持ち、両岸の間(はし)に渡す もの、離れた端と端を結ぶものの意味から(語源由来辞典)、
ハシ(間)です。隔たったある地点の閒(ハシ)に渡すもの、の意です。高さのハシ、階、梯、谷や川を隔てた地点のハシ、橋、食べ物と口とのハシ、箸、いずれもハシ(閒)を渡したり、往復するものです(日本語源広辞典)、
と、「橋」と「箸」「梯」「階」ともすべてつなげる説まである。その意味で、
矧ぐ、
を、
ハ(閒)の活用(大言海)、
とする説は、「柱」が、
天と地のハシ(閒)、
であったことから類推するなら、弓の場合、弓を射る時、
下になる方の弭(はず)を「もとはず(本弭・本筈)」、
上になる方を(弓材の木の先端を末(うら)と呼ぶことので)「うらはず(末弭・末筈)」、
というが、もとはず(本弭・本筈)とうらはず(末弭・末筈)を、
は(接)ぐ、
といったのではないか。古く「はく」と清音であったのは難点だが、
は(間)→はく(接)→はぐ(接)→はぐ(矧)、
と変化したとみるのはいかがであろうか。
「矧」(シン)は、
会意文字。「矢+音符引」で、矢を引くように畳みかける意をあらわす、
とあり、
至誠感神、矧茲有苗(至誠神ヲ感ゼシム、イハンヤコノ苗ヲヤ)(書経)、
と、
いわんや、
の意味で使い、
況、
と同義である。これを、
矢を矧ぐ、
と、羽をつける意で用いたのは、
笑不至矧(笑ヒテ矧ニ至ラズ はぐきを現わすほどに大笑いせず)(礼記)
にある、
はぐき、
の意からの連想なのだろうか。その理由が分からない。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95