こんのあを(襖)きたるが、夏毛のむかばきをはきて、葦毛の馬に乗りてなむ來(く)べき(宇治拾遺物語)、
にある、
むかばき、
は、
行縢、
行騰、
と当て(広辞苑)、
鹿・熊・虎・豹等の毛皮を用ゐ、長さ三尺六寸、一片に製して、腰に着け、両の股脚、袴の前面に垂れ被うふもの、
で(大言海)、
奈良時代には短甲に付属し、平安初期には鷹飼が用い、平安末期から武士が狩猟・旅行に当たって騎馬の際に着用した、
とある(広辞苑)。現在も、
流鏑馬(ヤブサメ)、
の装束に用いている(大辞林)。
(「むかばき」 広辞苑より)
袴をはいていても、乗馬していばらの道を通れば足を痛めることが多いので、武士はこれをはくことによって、その災いから逃がれることができた、
とある(日本大百科全書)。「夏毛」は、
特に鹿の夏の毛、
をいい、
夏の半ば以後、暗褐色から黄色に変わり、白斑が鮮やかに出る。その毛は、筆、毛皮は行縢によいとされた、
とある(岩波古語辞典)。
因みに、「短甲」は、
平安初期頃まで行われた甲よろいの代表的な形式。鉄板を革紐や鉄鋲でとじつけて作り、胴部をおおう短いもの、
の意である(仝上)。
(短甲 大辞林より)
「したうづ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/488529163.html)で触れたように、
隋・唐の制を参考に、大宝(たいほう)の衣服令(りょう)で、朝服に加えて礼服を制定し、養老(ようろう)の衣服令によって改修され(有職故実図典)、
即位、大嘗祭(だいじょうさい)、元日朝賀等の重要な儀式に着用した、
礼服(らいふく)、
の、武官の礼服は、
礼冠、緌(老懸 おいかけ)、位襖(いおう 「襖」は、わきを縫い合わせない上衣)、裲襠(うちかけ・りょうとう 長方形の錦(にしき)の中央にある穴に頭を入れ、胸部と背部に当てて着る貫頭衣)、白袴、行縢(むかばき 袴(はかま)の上から着装)、大刀(たち)、腰帯、靴(かのくつ)、
と規定されていた(広辞苑・有職故実図典・精選版日本国語大辞典他)。
(「むかばき」 精選版日本国語大辞典より)
「むかばき」は、
向脛(むかはぎ)にはく意(広辞苑)、
ムカ(向)ハク(穿)の意(岩波古語辞典・小学館古語大辞典)、
向脛巾(ムカハバキ)の約、向着の義、向は、向股の如し(大言海)、
両股に着くので、ハハキはハキハキ(脛着)の義(東雅)、
向股佩の義(類聚名物考)、
股佩の義(古今要覧稿)、
等々ある。多少の違いはあるが、多く、
脛(はぎ)、
に関わらせた説である。
向脛(むかはぎ)、
というのは、
脛の前面、
つまり、
むこうづね、
を指し(広辞苑)、
向は、両脛相向かふなり、向股(むかもも)の如し、
とある(大言海)。字鏡(平安後期頃)に、
骹(コウ、脛)、脛骨也、脛也、疾也、牟加波支、
とある。
(はばき 大辞林より)
(「はばき」 広辞苑より)
「脛巾(はばき)」は、
行纏、
脛衣、
とも当て、
古く、旅行・外出のときなどに、すねに巻きつけ、紐で結んで、動きやすくしたもの。藁や布で作られ、後世の脚絆(きゃはん)にあたる、
とある(広辞苑・大辞林)。「はばき」も、
ハギハキ(脛穿・脛佩)の義(大言海・箋注和名抄・和句解)、
脛巾裳(はばきも)の略(日本国語大辞典)、
ハキマキ(脛巻)の義(言元梯)、
などとされる。位置から見ると、
膝より下の、足首から上、
を指す、
脛(はぎ)、
ではなく、
膝から上、股までの部分、
である、
股(もも 腿)、
ではないかという気がするが、諸説から見ると、
向脛巾(ムカハバキ)の約、
あるいは、
向脛(むかはぎ)にはく、
というのが実態に叶う気がする。
「縢」(漢音トウ、呉音ドウ)は、
形声。糸をのぞいた部分が音をあらわす、
とある(漢字源)。
なわ、ひも、おび、
など、
互い違いによじりあわせたひも、
の意で、
縢(かが)る、
と訓ませ、
糸などでからげて縫い合わせる、
糸を組んで編み合わせる、
意で使う(精選版日本国語大辞典)。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95