されば心に懸からぬ怪異(けい)は更にその難無きものをや。なう、お目のまけを取り給へ、空には花は咲き候まじ(宿直草)
にある、
まけ、
は、
目に白いもやがかかっているように見えるのを指す、
とあり(高田衛編・校注『江戸怪談集』)、
目気、
とも当て、転じて、
膜、
とある(仝上)。ここでは、
まけ、
は、
比喩として使っている。
「まけ」は、
眚、
瞙、
などと当て(広辞苑)、
目気の意(広辞苑)、
マ(目)ケ(気)の意(岩波古語辞典)、
目気の義、脚(きゃく)の気と同趣(大言海)、
で、
眼病の一種、そこひ(広辞苑)、
ひ、眼の病、そこひ、外障眼(ウハヒ)(大言海)、
とある。「そこひ」は、
底翳、
内障、
と当て、
眼内ないし視神経より中枢側の原因で視力障害(翳=くもり)を起こす状態、
をいい、
で、こんにちの、
黑内障(「黒そこひ」といった)、
白内障(「白そこひ」といった)、
緑内障(「青そこひ」といった)、
等々の総称である(広辞苑・デジタル大辞泉)。この対が、
うわひ(上翳・外内障)、
で、
ひとみの上に曇りができて物が見えなくなる眼病、
を指す(仝上)。
さて、「まけ」は、色葉字類抄(1177~81)
瞙、まけ、目病也、
天治字鏡(平安中期)に、
眚、目生翳也、麻介、又、目暗、
とある。華厳音義私記(奈良時代末)に、
瞙、麻気(まけ)、
とあり、古くから知られていた。日葡辞書(1603~04)には、
マケヲワヅラウ、
とあり、醒睡笑(江戸前期)に、
一度させばかすみはるる、二度させばまけも切る、
とある(仝上)
また、「まけ」は、別に、
ひ(目翳)、
ともいい、
隔、
重、
曾、
などと当て(大言海・日本国語大辞典)、
物を隔てるもの、
また、
事の重なること、
の意の、
ひ、
の語意に通じる(大言海)とし、
目翳、氷、をヒと云ひ、曾祖父(ヒオホヂ)、曾祖母(ヒオホバ)、孫(ヒコ)、曾孫(ヒヒコ)など云ふヒも是なり、
とあり(仝上)、
眼晴の上に、蠅翅の如きものを生じて物を隔て、明らかに見えぬもの、
を指し、和名類聚抄(平安中期)に、
目翳、比、目膚眼精上有物、如蠅翅是也、
と、
ひとみに翳(くもり)が生じ目が見えなくなる、
としている。「蠅翅」で、目に膜のかかった状態を言っているようである。
「目」(漢音ボク、呉音モク)は、「尻目」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/486290088.html)で触れたように、
象形。めを描いたもの、
であり(漢字源)、
のち、これを縦にして、「め」、ひいて、みる意を表す。転じて、小分けの意に用いる、
ともある(角川新字源)。
「気」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/412309183.html)でも触れたが、「氣(気)」(漢音キ、呉音ケ)は、
会意兼形声。气(キ)は、息が屈折しながら出て来るさま。氣は「米+音符气」で、米をふかすとき出る蒸気のこと、
とあり(漢字源)、
食物・まぐさなどを他人に贈る意を表す。「餼(キ)」の原字。転じて、气の意に用いられる、
とある(角川新字源)。
「氣」は「气」の代用字、
とあるのはその意味である(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%B0%97)。別に、
会意兼形声文字です(米+气)。「湧き上がる雲」の象形(「湧き上がる上昇気流」の意味)と「穀物の穂の枝の部分とその実」の象形(「米粒のように小さい物」の意味)から「蒸気・水蒸気」を意味する「気」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji98.html)。「气」(漢音キ、呉音ケ)は、
象形。乙形に屈曲しつつ、いきや雲気の上ってくるさまを描いたもの。氣(米をふかして出る蒸気)や汽(ふかして出る蒸気)の原字。また語尾がつまれば乞(キツ のどを屈曲させて、切ない息を出す)ということばとなる、
とあり(漢字源)、
後世「氣」となったが、簡体字化の際に元に戻された。乞はその入声で、同字源だが一画少ない字、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%B0%94)。
(「气」 金文・春秋時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%B0%94より)
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95