左の耳を探りて、爰に座頭の耳有りとて、かなぐりて行く。痛しなんども愚かなり(宿直草)、
の、
かなぐりて、
は、
荒々しく取って、引きちぎって、
の意とある(高田衛編・校注『江戸怪談集』)。
「かなぐる」は、
抛棄、
と当てたりする(大言海)が、字鏡(平安後期頃)には、
敺(=駆)、カナグル、
とある。
いと愛敬なかりける心もたりける物かなとて、腹だちかなぐりて起くれば、帯刀笑ふ(落窪物語)、
と、
荒々しく払いのける、
意や、
死人の髪をかなぐり抜き取る也けり(今昔物語)、
と、
荒々しく引きぬく、乱暴に奪いとる、ひったくる、
といった意で使い、
激しく動作する、
ことを表現している。
カイ(掻)ナグルの約か、着ているものを無理にはがしたり、離したりする動作が荒々しく行われるに言う(岩波古語辞典)、
掻(カ)き殴(ナグ)るの略(引きさぐ、提(ひさ)ぐ)(大言海)、
カキナゲ(掻投)の義(俚言集覧)、
糸筋の幾本かをつかねて繰り寄せるカナ-繰るが語源か、カナは東北・京都の方言で糸の意(小学館古語大辞典)、
カイノクル(掻退)の義(言元梯)、
等々諸説あるが、「かく(掻く)」は、
月立ちてただ三日月の眉根掻(かき)気(け)長く恋ひし君に逢へるかも(万葉集)、
と、
爪を立て物の表面に食い込ませて引っかいたり、弦に爪の先をひっかけて弾いたりする意、「懸く」と起源的に同一、
とある(岩波古語辞典)ように、
爪を立ててこする、
意である(日本国語大辞典)が、
其の身手を運(カキ)、足を動かし(西大寺本金光明最勝王経平安初期点)、
と、
腕や手首を上下、または左右に動かす、
意や、
朝なぎにい可伎(カキ)渡り(万葉集)、
と、
水を左右へ押し分ける、
意や、
朝寝髪可伎(カキ)もけづらず(万葉集)、
と、
くしけずる、
意や、
琴に作り加岐(カキ)ひくや(古事記)、
と、
琴の弦をこするようにしてひく、
意のように、
手、爪、またはそれに似たもので物の表面をこすったり払ったりする。また、そのような動作をする、
意で使う(仝上)。とすると、「かき」は、動作を示し、「なぐる」は、
殴る、
投ぐ、
退く、
などよりは、
横ざまに払って切る、
意の、
薙ぐ、
に近いのではあるまいか。勿論憶説ではあるが。
「なぐる」は、現代語では、単独での用例はなく、
かなぐり捨てる、
と、複合形で用いるが、古典語では、単独に用いるだけでなく、
かなぐり捨つ、
のほかにも、
かなぐり落とす、
かなぐり散らす、
かなぐり取る、
かなぐり抜く、
などと複合する形もあり、また、
かなぐり付く、
かなぐり見る、
のような、
ひったくる、
といった意の、離脱とは反対の、
接着する行為、
と関わる用法もある(精選版日本国語大辞典)。
「敺」(オウ、ク)は、
為淵敺魚者、獺也(孟子・離婁)、
と使う、
「驅」の古字、
とある(字源)、
「駆」の異体字、
である。
「驅」(ク)は、
会意兼形声。「馬+音符區(小さくかがむ)」。馬が背をかがめてはやがけすること。まがる、かがむの意をふくむ、
とある(漢字源)。「駈」は異字体である。別に、
形声文字です(馬+区(區))。「馬」の象形と「くぎってかこう象形と多くの品物の象形」(「多くの物を区分けする」意味だが、ここでは、「毆(オウ)」に通じ(同じ読みを持つ「毆」と同じ意味を持つようになって)、「うつ」の意味)から、馬にムチを打って「かる(速く走らせる、追い払う)」を意味する「駆」という漢字が成り立ちました。のちに、「区」が「丘(丘の象形)」に変化して「駈」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji1230.html)。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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