2022年09月08日

錦木


夜に増し日に添ひ、錦木(にしきぎ)も千束(ちくさ)になり、浜千鳥のふみ行く跡の潮干の磯に、隠れ難くぞ侍る(宿直草)、

にある、

錦木も千束になり、

の、

錦木、

は、落葉低木の、

ニシキギ、

ではなく、

男が女に逢おうとする時、女の家の門にこれを立て、女に応ずる心があれば取り入れ、取り入れなければ男がさらに加えて、千束を限りとする風習があった、

と注記がある(高田衛編・校注『江戸怪談集』)。

錦木はたてながらこそ朽ちにけれ狭布(けふ)の細布(ほそぬの)胸あわじとや(能因法師)、
思いかね今日(けふ)たちそむる錦木の千束にたらであうよしもがな(大江国房)、
たてそめてかへる心は錦木の千束(ちづか)まつべき心地こそせね(西行)、

などと詠われる題材になっているらしい。平安後期から中世にかけて、

(上記風習を念頭に)好んで和歌に詠まれた、

し、

文を付けて贈る習慣、

があり、

錦木にかきそへてこそ言の葉も思ひ染めつる色は見ゆらめ(顕昭 六百番歌合・恋)、

のような歌も残っている(精選版日本国語大辞典)とあり、

恋文の雅称、

として「錦木」は使われたりする。ちなみに、

狭布(けふ)の細布(ほそぬの)、

は、

歌語として「今日」をかけ、また、幅もせまく、丈(たけ)も短くて胸をおおうに足りないところから、「胸合はず」「逢はず」の序詞とする、

と解釈されている(精選版日本国語大辞典)。「細布」は、

新羅……調貢(みつぎものたてまつ)れり。金銀銅鉄鹿の皮細布(ホソヌノ)の類(たくひ)、各数有り(日本書紀)、

と、

細い糸で織った高級の布、

だが、

幅のせまい布。奥州の特産、

であったらしい(仝上)。「千束」は、上記引用では、

ちくさ、

と訓ませているが、

ちつか、
ちづか、

と訓み、

千たば、

の意である(仝上)。

「錦木」は、

昔、奥州で、男が恋する女に会おうとする時、その女の家の門に立てた五色にいろどった一尺(約三〇センチメートル)ばかりの木。女に応ずる意志があれば、それを取り入れて気持を示し、応じなければ男はさらに繰り返して、千本を限度として通ったという。また、その風習(精選版日本国語大辞典)、

五色に彩った30センチメートルばかりの木片。昔の奥州の風習で、男が女に逢おうとする場合に、女の家の門に立てて、女に応ずる心があればそれを取り入れ、取り入れなければ男がさらに加え立てて千束を限りとするという(広辞苑)、

いわゆる奥州錦木伝説にまつわる錦木。五彩の木片の束であるとも、5種類の木の小枝を束ねたものともいわれるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8C%A6%E6%9C%A8

等々とあるが、錦木は、

楓木(かえでのき)、酸木(すのき)、かば桜、まきの木、苦木(にがき)の五種の木の枝を三尺(約90cm)あまりに切り一束(ひとたば)としたものである、

とあるhttps://www.city.kazuno.akita.jp。これは別名、

仲人(なこうど)木、

といい、

縁組に用いられるもの、

とあるhttps://www.city.kazuno.akita.jp/soshiki/sangyokatsuryoku/kankokoryu/gyomu/2/3/densetu/8293.html。そのもとになる説話は、「錦木塚物語」として、

ある日、若者は赤森の市で政子姫の美しい姿に心をうばわれてしまう。毎日毎日、若者は政子姫の門前に錦木を立てた。当時は、女の家の門前に錦木が立てられ、家の中に入れられると、男の気持ちが通じたものとする風習があったという。若者は姫の姿を見てから雨の降る日も風の吹く日も雪のふぶく日も、錦木を運んだ。しかし、錦木はむなしく積み重ねられるだけであった。姫は機織はたおる手を休め、そっと若者の姿を見つめるようになった。いつの間にか、姫は若者の心をあわれむようになっていた。しかし若者が門前に錦木をいくら高く積んでも、姫は若者の心を受け入れることはできなかった。なぜなら……、

と、載る(仝上)。

この伝説をもとにした謡曲『錦木』(世阿彌)は、

旅僧の一行が陸奥の狭布(きょう)の里で、細布を持った女と錦木を持った男に会う。二人は細布と錦木のいわれを語り、三年間女の家の門に錦木を立てて求婚し続けたというその男の塚に案内して消える。夜もすがら僧たちが弔っていると、二人の幽霊が現れ、男が錦木を立て続けた様子を見せ、仏果を得た喜びの舞を舞い、夜明けと共に消え失せる、

というあらすじで(http://www5.plala.or.jp/obara123/u1184ni.htm・精選版日本国語大辞典)、僧が、錦木の謂れを、夫婦と思しきこの男女から聴くシーンは、

ワキ 「猶々錦木細布の謂れ 御物語り候え」
シテ 「語って 聞かせ申し候べし。昔よりこの所の 習いにて。男女の媒(なかだち)にはこの 錦木を作り。
   女の家の門に立てつる しるしの木なれば。美しくいろどり飾りてこれを 錦木(にしきぎ)という。
   さるほどに逢うべき夫の 錦木をば取り入れ。逢うまじきをば 取り入れねば。
   或いは百夜三年まで錦木 立てたりしによって。三年の日数重なるを以って千束(ちつか)とも詠めり。
   又この山陰に 錦塚とて候 これこそ三年まで錦木立てたりし人の 古墳なれば。
   取り置く錦木の数ともに塚に 築き籠めて。これを錦塚と 申し候。」
ワキ 「さらば其の 錦塚を見て。故郷の物語にし候べし教えて 給はり候え」
シテ 「おういでいでさらば 教え申さん」

と、錦木の由来を語ると、僧たちを錦塚へと案内するhttp://www5.plala.or.jp/obara123/u1184ni.htm。僧たちが、かの男女を弔うべく読経を始めると、男の亡霊(後シテ)が現れ、懺悔のため、昔の有り様を再現して見せる。

地クリ げにや陸奥の狹布の郡の習いとて。所からなることわざの。世に類いなき有様かな
シテ 申しつるだに憚りなるに。猶も昔をあらはせとの。
地  お僧の仰せに従いて。織る細布や錦木の。千度百夜を経るとてもこの執心はよもつきじ。
シテ 然れども今逢いがたき縁によりて
地  妙なる一乗妙典の。功力をえんと懺悔の姿。夢中に猶も。あらわすなり。
地クセ 夫は錦木を運べば女は内に細布の。機織る虫の音に立てて問うまでこそなけれども。
   たがいに内外にあるぞとわ。知られ知らるる中垣の。草の戸ざしは其のままにて。
   夜は既に明けければすごすごと立ち帰りぬ。さる程に思いの数も積もり来て。
   錦木は色朽ちてさながら苔に埋れ木の。人知れぬ身ならばかくて思いもとまるべきに。
   錦木は朽つれども。名は立ちそいて逢う事は。涙も色に出でけるかや。恋の染め木とも。
   この錦木を詠みしなり。
シテ 思いきや。ひぢのはしがきかきつめて。
地  百夜も同じ丸寝せんと。詠みしだにあるものを。せめては一年待つのみか。
   二年余りありありてはや陸奥の今日まだも。年くれないの錦木は。千度にならばいたづらに。
   我も門邊に立ちをり錦木と共に朽ちぬべき。袖に涙のたまさかにもなどや見みえや給はぬぞ。
   さていつか三年はみちぬ。あらつれなつれなや
地  錦木は
シテ 千束になりぬいまこそは。
地  人に知られぬ閨の中見め。
シテ 嬉しやな。今宵鸚鵡のさかづきの。
地  雪を廻らす舞の袖かな 舞の袖かな(仝上)。

この伝説の「錦木塚」は、

秋田県鹿角市十和田錦木地区、

にあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8C%A6%E6%9C%A8%E5%A1%9A

錦木塚.jpg


因みに、「ニシキギ」は、

ニシキギ科の落葉低木。コマユミ(小真弓)の変種とされ、枝にコルク質の翼のある点が母種と異なる。初夏、帯黄緑色の小花を多数開く。果実は蒴果さくかで、晩秋熟し、裂けて橙紅色の種子を現す。紅葉美しく、観賞用。材は細工用、

とあり(広辞苑)、

鬼箭木、
五色木、

ともいい、「錦木」の名を付けられる所以はある。

ニシキギ.jpg

(ニシキギ 広辞苑より)

にしきぎ 実.jpg

(ニシキギ・実 日本国語大辞典より)

「錦」(漢音キン、呉音コン)は、

会意兼形声。「帛(絹織り)+音符金」。錦糸を織り込んだ絹織物。のち布帛の最高のものを錦といった、

とある(漢字源)。色糸で織った五色にかがやく絹の意(角川新字源)ともある。別に、

会意兼形声文字です。「金属の象形とすっぽり覆うさまを表した文字と土地の神を祭る為に柱状に固めた土の象形」(「土中に含まれる金属」の意味)と「頭の白い骨の象形と頭に巻く布にひもをつけて帯にさしこむ象形」(「白ぎぬ」の意味)から、金・銀・銅など5色の金属があるように、5色の糸で美しく織り出した「にしき」を意味する「錦」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji2115.html

「錦」 漢字.gif

(「錦」 https://kakijun.jp/page/1666200.htmlより)

「木」(漢音ボク、呉音モク)は、「千木」http://ppnetwork.seesaa.net/article/485451726.htmlで触れたように、

象形。立ち木の形を描いたもの、

である(漢字源)。

「木」 漢字.gif

(「木」 https://kakijun.jp/page/0461200.htmlより)

参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:02| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする