水手(かこ)をはじめ舟中の人々、こはいかなる事やらんと慌てためく所に(善悪報ばなし)、
に、
水手、
とあるのは、
船頭、
の意とある(高田衛編・校注『江戸怪談集』)が、あまり正確ではない。
「水手」は、
加子、
水夫、
楫子、
とも当て(広辞苑・岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)、和名類聚抄(平安中期)に、
水手、加古、
とあり、
ふなのり、
舟を操る人、
の意である(広辞苑)が、「かこ」は、
「か」は楫(かじ)、「こ」は人の意(広辞苑・大辞林・大辞泉・日本国語大辞典)、
「か」は「かぢ(楫)」の古形、「こ」は人の意(学研全訳古語辞典)、
檝子(カヂコ)の略(大言海)、
櫂の原語カにコ(子)のついたもの(日本古語大辞典=松岡静雄)、
と、どうやら、
楫(舵)を取る人、
の意で、「か」は、
八十楫(やそか)懸け島隠(しまかく)りなば吾妹子(わぎもこ)が留まれと振らむ袖見えじかも(万葉集)、
と、
楫、
と当て、
かぢの古形、
であり、
櫓(ろ)、
の意で、
楫子、
楫取り、
等々、複合語の中にのみ見える(岩波古語辞典)とある。「水手」(すいしゅ)は、
便合與官充水手、此生何止略知津(蘇軾)、
と、
漢語で、
船乗り、
の意である。ために、
水手・水主、
は、
水手(すいしゅ)梶取(かんど)り申しけるは、此の風は追風(おひて)にて候へども(平家物語)、
と、
すいしゅ、
とも訓ませる。
(船頭 精選版日本国語大辞典より)
「船頭」というと、文字通り、
船の長(おさ)、
船乗りの頭(かしら)、
つまり、
船長、
になるが、今日の一般通念では、
小さい漕(こ)ぎ船の漕ぎ手や船乗り、
をさす。しかし古くは、
梶取(かじと)り、
とよばれ、南北朝時代からしだいに、
船頭、
が並称され始め、室町時代には、船頭といえばもっぱら、
商船の長、
をさし、船の運航指揮をとる一方で自ら積み荷の荷さばきや売買も行う、
船主、
であり、
商人、
であった。近世になって、廻船業でも漁業でも、上は千石船から下は小型の「はしけ」に至るまで、すべて船の長を、
船頭、
と呼ぶに至った。船頭のなかでも、船持ちの者を、
船主船頭、
とか、
直(じき)船頭、
とよんだが、経営規模や商取引の機構が拡大・複雑化するとともに1人の船頭が海上作業と商売とを兼ねることが困難となり、役割の分化がおこった。その結果、船主は陸上で経営の指揮をとり、船頭は船主に雇われて航海や海上作業の指揮を専門とするようになった(日本大百科全書)とある。
そうした役割分担は、船内でもあり、北前船を例にとると、
船頭(船長)、
表仕(おもてし 舵取り 航海長)、
親仁(おやじ 水夫長)、
賄い(まかない 事務長、日本海側では知工(ちく))、
片表(かたおもて 副航海長)、
楫子(かじこ 操舵手)、
炊(かしき 炊事係)、
と分かれる(http://www.oceandictionary.jp/subject_1/je-bunya/wasen-je.htmlより)。
其節の儀は当時船中表役・知工・親父役・水主の者共追々出代り私壱人の外存候もの無御座候(「異船探微(江戸末)」)、
とあるように、
表役・親父(仁)・知工、
は、
船方三役、
と呼び、
ばれて船頭を補佐する首脳部になる。
(和船(弁才船)の艤装と乗組員の配置 http://www.oceandictionary.jp/subject_1/je-bunya/wasen-je.htmlより)
「親仁(おやじ)」は、
親父、
とも当て、
舵取り、
を担当し、船内取締りや船務の監督指揮をも務め、「表仕(おもてし)」は、
舳仕(おもてし)、
とも当て、
表、
表役、
ともいい、
船首にあって目標の山などを見通し、また、磁石を使うなどして針路を定める役で、現在の航海長に相当する。
「知工(ちく)」は、積荷の出入りや運航経費の帳簿づけなど船内会計事務をとりしきる役で、一般に日本海側で使われ、太平洋側では、
賄(まかない)、
と称し、廻船問屋などの交渉で上陸する仕事が多いため、
岡廻り、
岡使い、
とも呼ばれた(精選版日本国語大辞典)。
こうした役割分担に伴って、「水手」は、かつては、
凡(すべ)て水手(ふなこ)を鹿子(カコ)と曰ふこと、蓋し始め是(か)の時に起れり(日本書紀)、
と、
船を操る人、
楫(かじ)取り、
船乗り、
船頭、
広く使っていたが、近世になると、
御城米相廻候時、送状御城米員数之儀は不及申、粮米并船頭水主何人乗、何年造之船荒増之船道具、俵口合数等可書付(「財政経済史料(1673)」)、
と、
船頭以外の船員、
または、
船頭、楫(かじ)取り、知工(ちく)、親仁(おやじ)など幹部を除く一般船員、
意で使うようになる。要は、
船乗り、
の意であり、
櫓櫂を漕ぎ、帆をあやつり、碇、伝馬、荷物の上げ下ろしなど諸作業をする、
ものである。ただ、「船頭」も、明治期以降、大型船から小型漁船まで船の長は一般に、
船長、
とよび、船頭といえば、
渡し船やその他の小舟を操作する人、
限られるようになった(精選版日本国語大辞典)。その意味では、「水手」が、
舟を漕ぐ人、
の意で、
船頭、
でも間違いではないが。
なお「水手」を、
みずて、
と訓むと、文字の書き方の一つの、
文字の尾を長くひいて水の流れたように書くもの、
の意となる(仝上)。
「水」(スイ)は、「曲水」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/486925604.html)で触れたように、
象形。水の流れの姿を描いたもの、
である(漢字源)。
「てづつ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/489491846.html)で触れたように、「手」(漢音シュウ、呉音シュ・ス)は、
象形。五本の指ある手首を描いたもの、
で(漢字源)、また、手に取る意を表す(角川新字源)。「手写」「手植」というように「手」ないし「てずから」の意だが、「下手(手ヲ下ス)」「着手」のように仕事の意、「名手」「能手」というように「技芸や細工のうまい人」の意、「技手」「画手」と、「技芸や仕事を習得した人」の意でも使う。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95