2022年10月17日
虚空無性
虚空無法に山をめがけて走りゆく(善庵報ばなし)、
とある、
虚空無法、
は、
めったやたら、
の意とある(高田衛編・校注『江戸怪談集』)。「めったやたら」は、
滅多矢鱈、
と当て、
無闇矢鱈(むやみやたら)、
と同義で、そのことは「むやみやたら」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/468093147.html)で触れた。
ここに、
虚空(こくう)無法、
とあるのは、普通、
虚空無性、
あるいは、
虚空無天、
といい、
虚空無量、
虚空無意気、
とも(岩波古語辞典)、
虚空やたら、
という言い方もする(精選版日本国語大辞典)。
むやみやたら、
むちゃくちゃ、
の意である(「むちゃくちゃ」は、「めちゃくちゃ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/475079100.html))で触れた)。「虚空」は、
きょくう、
とも訓むが、
こくう、
と訓ませるのは、「こ」は、
「虚」の呉音、
だからで、「虚空」は、もともと、
サンスクリットのアーカーシャākāśaの漢訳、
で(世界大百科事典)、
古来インド哲学では万物が存在する空間、
あるいは、
世界を構成する要素、実体として重要な概念の一つ、
とされるが、一般には、
三密遍刹土、虚空厳道場(「性霊集(835頃)」)、
われらこそ虚空へもえとばね鳥は空をとぶことをえたり(「百座法談(1110)」)、
などと、
天と地の間、
空、
空間、
という意とされ、また仏語の、
借虚空譬喩。以釈此義也(法華義疏)、
此経の一字の中に十方法界の一切経を納めたり、……虚空の万象を含めるが如し(日蓮遺文)、
と、
一切のものの存在する場所としての空間、
の意や、
過ぎにし秋の頃、虚空に失ひ候つるを(御伽草子「花世の姫」)、
と、
不確かでつかみどころのないこと、
事実無根であること、
むなしく実体のないこと、
の意や、
ええ汝は虚空の事と思ひ、この事いなとならば七代まだその家を亡ぼし(御伽草子「七夕」)、
と、
途方もないこと、
常識はずれ、
の意の他に、
一向人も不付して虚空に駄を付は(「大乗院寺社雑事記(1475)」)、
と、
思慮分別のないこと、
むやみ、
やたら、
むてっぽう、
の意でも使った(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)ので、「虚空無性」は、その意の、
虚空に「無性」を重ねて意味を強めた語、
として使われたとみられる(仝上)。江戸時代、
ぶざ、こくうとしがみつく(「寸南破良意(1781)」)、
と、「虚空と」で、
やたらと、
むやみに、
めちゃくちゃに、
の意で使い、「虚空に」でも、
客をくるめる事上手なり、こくうにはまる人おほし(「擲錢青楼占(1774)」)、
と、ほぼ同義で使っている(江戸語大辞典)。それを強調する意味で、
こくうむせうにありがたい事はり(イかり)なり(「真女意題(1781)」)、
と、「無性」をつけて強めた言い方もある。だから、
是よりらんちきの大さはぎとなり、ざしきのしやれにはあごのかけがねもはずし、こくうむてんのお先まつくらとなる(仲街)、
の「無天」も同趣旨と見ていい。
時平がたこくうむてんにびくびくし(「柳多留(1808)」)、
さきはいづく虚空むてんに帰る雁(俳諧「小町踊(1665)」)、
と、「虚空無天」に「に」を付けて、副詞としても使う(江戸語大辞典)。冒頭の、
虚空無法に、
も、
虚空無天、
虚空無性、
に倣った使い方なのかもしれない。
「虚(虛)」(漢音キョ、呉音コ)は、
形声。丘(キュウ)は、両側におかがあり、中央にくぼんだ空地のあるさま。虚(キョ)は「丘の原字(くぼみ)+音符虍(コ)」。虍(とら)とは直接関係がない、
とあり(漢字源)、呉音コは「虚空」「虚無僧」のような場合にしか用いない、ともある。別に、
形声。意符丘(=。おか)と、音符虍(コ→キヨ)とから成る。神霊が舞い降りる大きなおかの意を表す。「墟(キヨ)」の原字。借りて「むなしい」意に用いる、
とも(角川新字源)、
形声文字です。「虎(とら)の頭」の象形(「虎」の意味だが、ここでは「巨」に通じ(「巨」と同じ意味を持つようになって)、「大きい」の意味)と「丘」の象形(「荒れ果てた都の跡、または墓地」の意味)から、「大きな丘」、「むなしい」を意味する「虚」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji1322.html)。
「空がらくる」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/487876311.html)で触れたように、「空」(漢音コウ、呉音クウ)は、
会意兼形声。工は、尽きぬく意を含む。「穴+音符工(コウ・クウ)」で、突き抜けて穴があき、中に何もないことを示す、
とある(漢字源)。転じて、「そら」の意を表す(角川新字源)。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95