2022年11月12日

嘯く


負われながら月を詠(なが)めうそぶきて、時替るまで立てり(今昔物語)、

丈は上の垂木近くあるが、吹(うそぶき)をし文を頌(しょう)して廻るなむありける(仝上)、

などとある、

うそぶく、

は、

うそふく、

ともいい、

口笛をふく、

もしくは、

口吟する、

意とある(佐藤謙三校注『今昔物語集』)。あるいは、

花に愛で月にあくがれ、紅葉の秋、雪の夕べ、折にふれ事に寄そへて、歌よみ嘯きて、心を痛ましむ(伽婢子)、

香(か)を尋ねて花に嘯き、南枝向暖北枝寒、一種の春風有両般、といふ古詩を吟じける(仝上)、

などとある、

うそぶく、

は、

詩歌を吟唱する、

あるいは、

吟誦する、

意で使われている。

「うそぶく」は、

ウソ(嘯)フク(吹)の意、

とある(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)が、

ウソは、淫空(ウキソラ)の略にもあるか(引剥(ひきはぎ)、ひはぎ。そらしらぬ、そしらぬ)、虚空(コクウ)の事なるべし、ウソムクといふは、音轉なり(かたぶく、かたむく)、

とあり、

弟(おとのみこと)浜(うみべた)にましまして嘯(ウソフキ)たまふ。時に迅風(はやち)忽に起る(神代紀)

と、

虚空に向ひて、息を吹き出す(大言海)、
口をすぼめて息を強く吐き、また、音を立てる。ふうふうと息を吐き出す(精選版日本国語大辞典)、

意であり、

うそむく、
うそぶ、
うそむ、

と同じとある。「うそむく」は、

「うそぶく」の子音交替形、

だが、「うそぶく」「うそむく」は、文献的には、

うそぶ、
うそむ、

より遅れて出現するとされ、

「ぶ」から「む」への変化時期については平安中期以降である、

と言われる。中世、近世を通して使用されたが、近世の仮名遣い書に見られるように、当時、「うそふく」と書いて「うそむく」と読むということもあったらしい(精選版日本国語大辞典)、とある。

どうやら、「うそぶく」の原意は、

口をすぼめて粋を吹き出す、

であり(岩波古語辞典)、当然、

音が出る、

ので、

口笛を吹く、

につながる(大言海)。

「嘯」 漢字.gif


その漢字「嘯」(ショウ)は、

会意兼形声。「口+音符肅(ショウ ほそい、すぼむ)」、

とあり、

口をすぼめてながく声を引く、
口をすぼめて口笛を吹く、

という意(漢字源)や、

聲を長く引きて詩を歌ふ(字源)、

意で、

嘯詠気頗雄、攀躋(はんせい)力或弱(馬祖常詩)、

と、

嘯詠(ショウエイ うそぶき歌ふ)、

とか、

嘯歌傷懐、念彼碩人(小雅)、

と、

嘯歌(ショウカ 詩歌をうたふ)、

と使い(字源)、また、

虎嘯、

と、

烈しく声を出してうなる、

意でも使う(仝上)が、わが国でも、その影響で、

虎風に嘯く、

と訓ませ、

吼える、

意でも使う。その意味では、漢字「嘯」の意味の範囲で使っていたことが分かる。ただ、

「うそぶく」の「うそ」も、

嘯、
嘘、
啌、

と当て、本来は、

今は目をふさぎ、うそを吹きて、(蜂に)明き間を刺されじと、あわてて騒ぐほどに(十訓抄)、

と、

口をすぼめて息を出すこと、

で、当然、

口笛は、うその事也(言塵集)、

と、

口笛、

の意に繋がっていく(岩波古語辞典)。

ただ、それが、「うそ」http://ppnetwork.seesaa.net/article/455830897.htmlで触れたように、

口をすぼめて息を吹き、音を出す→ほえる、なく→うそぶえ(嘯笛 口笛)を吹く→そらとぼける→大きなことを言う、

と、状態表現から価値表現へと転じ、「うそぶく」が、

大きなことを言う→ソラゴトを言う、

と、価値表現の意味が、大きなことから、空事、虚言、へと転じたために、「うそぶく」も、

舟のかぢとりたる男ども、舟を待つ人の数も知らぬに心おごりしたる気色にて、……とみに舟も寄せず、うそふいて見まはし(更級日記)、

と、

てれかくしにそらとぼける。また、開き直ったり得意になったりして相手を無視するような態度をとる、

という、

そらうそぶく、

意や、

天下無双と嘯く、

といったような、

強がりをいう。大きなことをいう、

で使うに至ったと思える。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:嘯く うそぶく
posted by Toshi at 05:03| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする