其の後、徧参(へんさん)して歩きけるが、蛇守誾(しゅざん)と人々云ふ也(片仮名本・因果物語)、
にある、
徧参、
は、辞書になく、
遍参、
と当て、
あそこへここへ遍参し回って(蓬左文庫本臨済録抄)、
と、
禅僧が諸寺を行脚歴訪して参學する、
意で使うのの、当て字ではあるまいか。
(「徧」 https://glyphwiki.org/wiki/u5fa7より)
「遍」(ヘン)は、
会意兼形声。「辶+音符扁(ヘン 平らかにひろがる)」、
で、「あまねく」「まんべんなくひろがる」意であり、「徧」(ヘン)は、あまり辞書に載らないが、やはり「あまねく」の意で、「周」が、
徧也、至也、密也と註す、十分に行き届く義、
に対して、「徧」は、
周と略々同じく、意やや軽し、
とあり、「遍」は、
徧に同じ、
とある(字源)。その意味では、漢字から見て、
徧参、
と
遍参、
は、同義と考えられる。
ところで、「徧参」との絡みで、同じく、
へんさん、
と訓み、
上半身を覆う法衣。インドの衣に由来し、左前に着る、
という(広辞苑)、
偏衫、
褊衫、
と当て、
へんざん、
とも訓ませる
左肩から右脇にかけて上半身を覆う僧衣、
がある(岩波古語辞典)。
(「褊衫」(1 褊衫、2 如法衣(にょほうえ)、3 数珠、4裙(くん 裙子くんず)https://costume.iz2.or.jp/costume/14.htmlより)
北宋初の『僧史略(大宋僧史略 だいそうそうしりゃく)』に、
後魏宮人、見僧自恣偏袒右肩、乃一施肩衣、號曰偏衫、全其両肩両袖、失祇支之體、自魏始也、
とあり、「僧祇支(そうぎし)」については、戦国時代の、『林逸(りんいつ)節用集』に、
此名、覆膊。亦なお、掩腋衣、
と注記している。
saṃkakṣikā の音訳、
で、
袈裟の下に着る腋をおおう長方形の衣。袈裟が汗などでよごれるのを防ぐ。肩にかけ、両端で左右の腋や胸・乳をおおって着る、
とある(精選版日本国語大辞典)。
覆腋衣(ふくえきえ)、
覆肩衣(ふくけんえ)、
ともいう。
インドで成立した袈裟に、さらにその下につける法衣として中国において形成された、
もので、
左肩を覆う僧支(掩腋衣)に右肩に覆肩衣が合一して、襟や袖がつけられたもの、
といわれている(https://costume.iz2.or.jp/costume/14.html)。日本では、仏教伝来当初より用いられ、
色は壊色(えじき)、背は襟下で割れ左前に着ける、
とある(仝上)。これはその成立当時の原形を留めていて、日本の服装として、
左衽(さじん)、
つまり、
衣服の右の衽(おくみ)を、左の衽の上に重ねて着る、
ひだりまえ、
ひだりえり、
のものはこれだけである(仝上)。なお、
下半身には同色の裙(くん)をつけるのが通常で、袈裟は同じく壊色(えじき)の如法衣(にょほうえ)、
で、これは、
中国伝来後吊り紐が附加されているが、この服装がインド古制に近いものと考えられていた。「律」及びこれを含む宗派に用いられ、現在もほぼ同様の形状がうけつがれている、
とある(https://costume.iz2.or.jp/costume/14.html)。
「偏」(ヘン)は、
会意兼形声。扁は「戸(平らな板)+冊(薄いたんざく)」の会意文字で、薄く平らに伸びたの意を含む。平らに伸びれば行き渡る(遍)、また周辺に行き渡ると、周辺は中央から離れるの意を派生する。偏は「人+音符扁」で、おもに扁の派生義、つまり中央から離れてかたよった意をあらわす、
とある(漢字源)。別に、
形声文字です(人+扁)。「横から見た人」の象形と「片開きの戸の象形と文字をしるしたふだをひもで編んだ象形」(「門戸に書き記した札」の意味だが、ここでは「辺(邊 ヘン)」に通じ(同じ読みを持つ「辺(邊)」と同じ意味を持つようになって)、「中心にない」の意味)から、中正でない人、すなわち、「かたよる」を意味する「偏」という漢字が成り立ちました、
との説もある(https://okjiten.jp/kanji2016.html)。
「褊」(ヘン)は、
会意兼形声。「衣+音符扁(ヘン うすっぺらな)」、
とあり(漢字源)、
形声文字。「衣」と音符「扁」を合わせた字で、衣服がきつく「せまい」という意味、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%A4%8A)。
「衫」(漢音サン、呉音セン)は、「かざみ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/491822373.html)で触れたように、
会意兼形声。「衣+音符彡(サン 三。こまごまといくつもある)」、
とあり、「汗衫」(カンサン)の下着、「衫子」(サンシ)と、婦人用のツーピースの上着、「半衣」ともいう、とある(漢字源)。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95