2022年12月16日
きも
「きも」は、
肝、
胆、
と当てる。古くは、
吾が肉(しし)は、御膾(みなます)はやし、吾が伎毛(臓腑)も、御膾はやし(万葉集)、
と、
臓腑の総称、
をいい、
群(むら)ぎも、
ともいい、
いまも、鳥の臓腑をきもと云ひ、俗に雑物(ざふもつ)と云ふ、
とある(大言海)。その意味から、
汝(なが)肝(心)稚之(わかし)、若雖(とも)、心望(こころにおもふ)而勿諠言(とよぎそ)(推古紀)、
と(大言海は、沖縄の「おもろ」に「晝なればきも通ひ、夜なれば夢通ひ」、「きも」は心なりと、注記)、
心、
きもだましひ、
精神、
気力、
胆力、
思慮、
の意に広げ(岩波古語辞典・大言海)、
胆を潰す、
胆太し、
肝に染む、
肝を消す、
肝を冷やす、
肝を摧(くだ)く、
肝を煎る、
肝に銘ず、
肝に彫(え)りつく、
等々と使う(仝上)。さらに、
(この句は)恋の本意をも背き、月の肝をも失ふ(長短抄)、
と、
物事の肝要な点、
勘所、
の意でも使い(岩波古語辞典)、また、
余りにもきも過ぎてしてけるにこそ(沙石集)、
と、
工夫、
思案、
の意味にも使う(広辞苑)。意味の広がりの流れとしてはよく分かる。
また、臓腑の総称の意であった、
きもを、中国から、
五臓六腑の説、
入りて後、一臓の名、つまり、
かんのざう、
つまり、
肝臓、
の意で使うに至る(大言海)。和名類聚抄(平安中期)に、臓腑類に、心、肺、腎、膵、等の中に列挙して、
肝、岐毛、
とある。ただ、「きも」は、
肝臓、
と同一とは言いがたい。
胆囊、
としばしば混同され、他方では、
昔、魂の宿るところとされたところ、
とされ、心や魂を指す語だった(世界大百科事典)から、とある。
で、「きも」の由来は、
凝物(こりもの)の約轉(熾火(オコシビ)、おきび。着物(きるもの)、きもの)(大言海)、
キ(気)+モ(内臓)、肝臓に気持ちの内臓があると考えた(日本語源広辞典)、
キノモト(気元)の義(和訓栞)、
キノモト(木本)の義(日本釈名)、
キヲモツ(気持)の義(和句解)、
キム(気群)の転(言元梯)、
等々あるが、「気持ち」系の説が多いが、どうも後世の解釈のような気がして、少し疑問である。
それにしても、「きも」に関わる言い回しは多い。
肝が煎(い)れる(焼(や)ける) 腹が立つ。しゃくにさわって気がいらいらする。
肝が大(おお)きい 心が強くて物事に恐れない。度胸がある。
肝が小(ちい)さい 度胸がない。小心だ。
肝が潰(つぶ)れる(抜(ぬ)ける、消(き)える) ひどく驚く。びっくりする。肝消える。
肝が菜種(なたね)になる(肝が、油を絞る菜種粒のようにつぶれる意。一説、菜種粒のように小さくなる意とも、多く「あったら肝が菜種になった」の形で用いる) 非常に驚くたとえにいう。肝が潰れる。。
肝が太(ふと)い 胆力が大きい。大胆だ。また、ずぶとい。
肝砕(摧 くだ)く (「くだく」が四段活用の場合) きも(肝)を砕く、(「くだく」が下二段活用の場合)はなはだしく心が痛む。
肝に染(し・そ)む 深く感じて忘れない。心に銘ずる。感銘する。
肝に銘(めい)ず 心にきざみこむようにして忘れない。しっかり覚えておく。
肝の束(たばね) ①五臓六腑が一つに束ねられているものと見て、その束ね目。内臓の中で最も大切な所。急所中の急所、②物事に恐れない気力。きもったま、③物事の重要な所。要点。急所。
肝を煎(い)る ①心をいら立てる。心を悩ます。腹を立てる。肝を焦がす。肝を焼く、②心づかいをする。熱心になる、③世話をする。間を取り持つ。
肝を砕(くだ)く ①心配事や悩み事のために、あれこれと思い乱れる。心がさいなまれる、②心を尽して努め、考える。苦心して考えをめぐらす。
肝を消す ①きも(肝)を潰(つぶ)す、②心を尽くす。苦心する。心を砕く。
肝を据(す)える かたく決心する。覚悟をきめる。腹をすえる。
肝を出(だ)す(投(な)げ出(だ)す) 思い切ってする。負けぬ気を出す。
肝を潰(つぶ)す(拉(ひし)ぐ・飛(と)ばす) 非常に驚く。肝を消す。
肝を嘗(な)める ひどく苦しい思いをする。あだ討ちや物事を成功させるために苦しみを経験する。臥薪嘗胆。
肝を冷(ひ)やす 驚き恐れて、ひやりとする。
肝を焼(や)く(焦(こ)がす) きも(肝)を煎(いる)。
肝が据わる 度胸があり、わずかなことで驚いたりしない。
肝も興も醒める 「興醒める」を強めた言い方、すっかり面白みがなくなる。
肝を抜かれる 肝を潰すに同じ。
なお、
肝、
はらわた、
腑、
は、
ともに、
人の心の奥深いところ、
の意で使われ、「はらわた」も、
はらわたがちぎれる(悲しみやいきどおりなどに堪えられないさま)、
はらわたが腐っている、
はらわたが煮えくりかえる、
等々、「腑」も、
腑が抜ける(気力がなくなる)、
腑に落ちない(納得できない)、
等々の言い方があり、三者は、
「肝」「はらわた」は内臓をさす言葉だが、転じて精神、心をいうようになった。
「腑」は、はらわたと同意で、心や命の宿ると考えられるところ。
「はらわた」は、「腸」とも書く、
とある(小学館類語例解辞典)。
「胆(膽)」(タン)は、
形声。詹(セン・タン)は、「高い崖+八印(発散する)+言」の会意文字。瞻(セン 高い崖の上から見る)・譫(セン うわずったでたらめをいう)などの原字。膽はそれを単なる音符として加えた字で、ずっしりと重く落ち着かせる役目をもつ内臓、
とある(漢字源)。「胆嚢」の意である。ただ、「胆略」「胆力」等々、勇気や決断力、肝っ玉の意をもっている。別に、
会意兼形声文字です(月(肉)+旦(詹))。 「切った肉」の象形と「屋根の棟(最も高い所)から、ひさし(屋根の下端で、建物の壁面より外に突出している部分)に流れる線の象形と音響の分散を表した文字と取っ手のある刃物の象形と口の象形」(「くどくど言う」の意味だが、ここでは、「ひさし」の意味)から、肝臓をひさしのようにして位置する器官、「きも」を意味する「膽」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji292.html)。なお、「胆」は、
「膽」の略字で、音符の「詹」を同音の「旦」に変えた形声文字。『膽』は、「月」(肉) + 音符「詹」の形声文字、
と(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%83%86)、「胆」は「膽」の俗字とする(字源)のが一般的だが、別に、
①形声。肉と、音符旦(タン)とから成る。はだぬぐ意を表す。もと、但(タン)の別体字。一説に、膻(タン)の俗字という。
②形声。肉と、音符詹(セム→タム)とから成る。「きも」の意を表す。古くから、膽の俗字として胆が用いられていた。常用漢字はこれによる。
と別系統とする説もある(角川新字源)。
「肝」は、「肝煎る」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/494858626.html?1671045940)で触れた。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95