併しながら草木に精なきといふにはあらず。又草木の精もこだまと申すべし。唐土(もろこし)にても彭侯(ほうこう)と云ふ獣(けだもの)は、千歳を経し木の中にありて、状(かたち)、狗(いのこ)の如しと云へり(百物語評判)、
にある、
彭侯、
は、
古代中国で信じられた、樹木に宿る妖精、
とある(高田衛編・校注『江戸怪談集』)。上記「百物語評判」では、つづいて、
むかし呉の敬淑(けいしゅく 陸敬淑)と云ひし人、大いなる樟樹(くすのき)をきりしに、木の中より血ながれ出で、あやしみ見れば、中に獣有りしが、彭侯ならんとて、煮て喰らひしに、味ひ狗のごとしといふ事、『捜神記』に見えたり。是れ、ただちに樹神(こだま)なるべし(仝上)、
とある(仝上)。『捜神記』は、
4世紀に東晋の干宝(かんぽう)が著した志怪小説集、
だが、干宝は、
当代一流の学者・文章家で、超自然的な摂理の虚妄でないことを明らかにしようとして本書を著した、
とされ、
神仙、方士(ほうし)、占卜(せんぼく)、風神、雷神など天地の神々、吉兆、凶兆、孝子烈女、妖怪(ようかい)、異婚異産、死者の再生、幽鬼幽界、動物の報恩復仇(ふっきゅう)、
等々多彩な内容で、
中国の説話の宝庫、
とされ、唐代の伝奇など、後世の小説に題材を提供した(日本大百科全書)とされる。同書によれば、中国の聖獣・白沢が述べた魔物などの名を書き記した、
白沢図、
の中に、彭侯の名があると記述している。
「彭侯」は、江戸時代の日本にも伝わっており、上記に引用した、怪談集、
古今百物語評判、
のほか、江戸時代中期編纂の日本の類書(百科事典)、
和漢三才図絵(わかんさんさいずえ 寺島良安)、
鳥山石燕による妖怪画集、
今昔百鬼拾遺、
にも中国の妖怪として紹介されている。
(「彭侯」(『和漢三才図会』) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%AD%E4%BE%AFより)
『和漢三才図会』では『本草綱目』からの引用として、彭侯を、
木の精、
または、
木魅(木霊)、
としている(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%AD%E4%BE%AF)が、山中の音の反響現象である山彦は、
木霊(木の霊)が起こす、
と考えられたことから、かつて彭侯は山彦と同一視されることもあった。江戸時代の妖怪画集である『百怪図巻』や『画図百鬼夜行』などにある、犬のような姿の山彦の妖怪画は、この彭侯をモデルにしたという説もある、とされる(仝上)。
(「彭侯」(『今昔百鬼拾遺』) 鳥山石燕『画図百鬼夜行全画集』より)
(「木魅(こだま)」 鳥山石燕『画図百鬼夜行全画集』より)
鳥山石燕は、『画図百鬼夜行』で、「木魅」を、
百年の樹には神ありてかたちをあらはすといふ、
と記し(画図百鬼夜行)、「彭侯」を、
千歳(ざい)の木には精あり、状(かたち)黒狗(くろいぬ)のごとし。尾なし、面(おもて)人に似たり。又山彦とは別なり、
と、「彭侯」と「木魅」は、重ねながら、「山彦」とは、区別している。
(幽谷響(やまびこ)(鳥山石燕『画図百鬼夜行』) 鳥山石燕『画図百鬼夜行全画集』より)
「こだま」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/433340757.html)で触れたように、「こだま」は、
木霊
とか
木魂
とか
木魅
とか
谺
と当て、
樹木の精霊、
やまびこ、反響、
歌舞伎囃子の一つ。深山または谷底のやまびこに擬す、
とある(広辞苑)。語源は、
「木+タマ(魂・霊)」
とある。
木の精霊、やまびこのこと。反響を。タマシイの仕業と見ている言葉、
とある(仝上)。和名類聚抄(平安中期)には、
文選、蕪城賦云、木魅、山鬼、今案、木魅、即、樹神也、内典云、樹神、古太萬、
とある。
「やまびこ」は、
山彦、
と当て、
山の神、山霊、
山や谷などで、声、音の反響すること、
とあり、語源は、
山+ヒコ(精霊・彦・日子)、
山響(やまひびき)、
で、山間での音の反響を指す。こう見ると、鳥山石燕のいうように、、
樹木の精霊
と
山霊
とは同義かどうかは疑問になる。箋注和名抄(江戸後期)は、「木魅」を、
涅槃経、如来性起品に見ゆる、樹神の文意を考ふるに、葉守の神にて、こだまにあらず、こだまは、天狗の類にて、木魅を充つるを、近しとすとあり(諸書に、樹神(こだま)とあるは、和名抄に據れるなり)、
としているが。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95