我にひとしき他国の男一人ありて、家に杖つくばかりの老人にむかひ、物がたりする有り(新御伽婢子)、
のある、
家に杖つく、
は、
五十歳をさす、
と(高田衛編・校注『江戸怪談集』)あり、
五十杖於家、六十杖於郷、七十杖於国、八十杖於朝(「礼記」王制)、
を引く。
昔、中国では五十歳になると、家の中で杖をつくことを許された、
とある(精選版日本国語大辞典)。
六十歳は村里で杖をつくことが許され、
七十歳は国都で杖をつくことが許され、
八十歳以上の老臣には天子が杖を賜わり、朝廷で杖をつくことが許された、
ということらしい。で、七十歳を指して、
国中どこでも杖を突くことを許された、
という意味で、
国に杖突く、
という言い方もある。『論語』には、
郷人飮酒、杖者出、斯出矣(郷人(きょうじん)の飲酒するときは、杖者(じょうしゃ)出(い)ずれば、斯(すなわ)ち出(い)ず)、
と、
杖者、
とあり、
六十歳以上の老人、
と注記がある(貝塚茂樹訳注『論語』)。郷で杖を突く以上の年齢という意味になる。
「いへ(え)」は、
家族の住むところ、家庭・家族・家柄・家系をいうのが原義。類義語ヤ(屋)は、家の建物だけをいう(岩波古語辞典)、
上代の文献では「家屋」はヤと表現されることが多く、イエ(いへ)はむしろ「家庭」の意味合いが強かった(精選版日本国語大辞典)、
とあり、ハードよりソフトを指していたと思われ、和名類聚抄(平安中期)に、
家、人所居處也、伊閉、
とある。その語源は、
イホ(盧)と同根か(岩波古語辞典)、
寝戸(いへ)の義(へ(戸)は乙類)にて、宿所の意かと云ふ(大言海・日本語源広辞典・家屋雑考)、
イ(一族)+へ(隔て、甲類へ)、一族を隔てるもの、一族を仕切るものもの意(日本語源広辞典)
イヘ(睡戸)の義(日本語原学=林甕臣)、
「い」は接頭語で「へ」は容器を意味し、人間を入れる器を表す(日本古語大辞典=松岡静雄)、
イハ(岩)の転、フエ(不壊)の意(和語私臆鈔)、
等々諸説あるが、「いへ」が、ハードではなくソフトを意味したとすると、「器」説は消えるように思う。
「つゑ(え)」は、
丈、
とも当てるが、
突居(ツキスヱ)の略、或いは突枝(ツキヱ)の略、ツの韻よりキヱはゑに約まる(大言海・日本語源広辞典)、
ツクヱダ(突枝)の義(和句解・日本釈名)、
ツはツク(突・衝)の語幹、ヱはエ(枝)の転(日本古語大辞典=松岡静雄・国語の語根とその分類=大島正健)、
ツキ--ヲエ(小枝)の義(雅言考)、
と諸説あるものの、ほぼ「つく」に絡ませている。
(「家」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%AE%B6より)
「家」(漢音カ・コ、呉音ケ・ク)は、
会意文字。「宀(やね)+豕(ぶた)」で、大切な家畜に屋根をかぶせたさま、
とある(漢字源)。ただ、別に、
「豕」は生贄の犬で、建物を建てる際に犠牲を捧げたことによる(白川静)、
とする説もあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%AE%B6)、同趣旨の、
会意。宀と、豕(し いけにえのぶた)とから成る。もと、いけにえをささげて祖先神を祭る「たまや」の意を表した。ひいて、「いえ」の意に用いる、
とする説(角川新字源)の他に、
会意文字です(宀+豕)。「家の屋根・家屋」の象形と「口の突き出ている、いのしし」の象形から「いのしし等のいけにえを供える神聖な所」を表し、そこから、そこを中心とする「いえ」を意味する「家」という漢字が成り立ちました、
とするものもある(https://okjiten.jp/kanji265.html)。
「杖」(漢音チョウ、呉音ジョウ)は、
会意兼形声。丈は「十+攴(て)」の会意文字で、手尺の幅(尺)の十倍の長さをあらわす。杖は「木+丈」で、長い棒のこと、
とある(漢字源)。
参考文献;
貝塚茂樹訳注『論語』(中公文庫)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95