自ら参り侍らんが、司録神(しろくじん)に申せし暇(いとま)の限りは近ければ、又黄泉(よみじ)に帰るなり(新御伽婢子)、
にある、
黄泉、
を、
よみじ、
と訓ませているが、これは、
黄泉路、
冥途、
とも当て、
黄泉よみへ行く路、
冥土へ行く路、
の意(広辞苑・日本語の語源)で、また、
冥土、
あの世、
そのものをも指し、
よみ(黄泉)、
と同義でも使う(仝上)。因みに、司録神の「司録」は、
司命(しみょう)、
ともに、
閻魔庁(えんまのちょう)の書記官をいい、
閻魔卒(えんまそつ)、
は、閻魔に仕えて罪人を責める獄卒で、閻魔付きの鬼である。
黄泉、
は、漢語で、
こうせん、
と訓み、
中国で、「黄」は地の色にあてるところから、
蚓上食槁攘(乾土)、下飲黄泉(孟子)、
と、
地下の泉、
の意だが、転じて、
誓之曰、不及黄泉、無相見也(左伝)、
と、
使者の行くところ、
よみじ、
冥途、
の意でも使う(字源)。
(月原因不明の熱病に臥せった平清盛は三日三晩に亘ってうなされ悶え苦しんだ末に死んだ(岡芳年『平清盛炎焼病之図(たいらのきよもりひのやまいのず 1883年(明治16年)』)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%80%B6%E7%94%9F%E7%A5%9Eより)
黄泉、
を当てた、和語、
よみ、
は、
下方、
黄泉、
と当てて、
したへ
したべ、
と訓ませ、
下の方の意、
で、
稚(わか)ければ道行き知らじ幣(まひ (謝礼の)贈物、まいない)は為(せ)む黄泉(したへ)の使負(つかひお)ひて通(とほ)らせ(万葉集)、
と、
死者の行く世界、
黄泉、
の意で使う。「よみ」を、
泉下、
九泉、
というのに通じる(大言海)。
さて、和語「よみ」は、
ヤミ(闇)の転か。ヤマ(山)の転とも(広辞苑)、
ヤミ(闇)の轉(仙覚抄・万葉集類林・冠辞考続貂・言元梯・国語の語根とその分類=大島正健・神代史の新研究=白鳥庫吉)、
ヨモツ(黄泉)のヨモ(ヨミの古形、ツは連帯助詞)の転、ヤミ(闇)の母音交替形(岩波古語辞典)、
夜見(ヨミ)の義にて、暗き處の意、夜の食國(ヲスクニ)を知ろしめす月読命(つくよみのみこと)のよみも夜見か、闇(やみ)と通ず(大言海)、
梵語Yami、中国語ヨミ(預見)で閻魔または夜摩の訛転(外来語辞典=荒川惣兵衛)、
と(なお、「よもつ」は、「つ」は「の」の意の格助詞。「黄泉(ヨミ)の」の意(日本国語大辞典・大辞林)で、「よもつ国」「よもつ醜女(しこめ)」「黄泉つ平坂(ひらさか)」「黄泉つ竈食(へぐい 黄泉の国のかまどで煮炊きしたものを食うこと、黄泉の国の者となることを意味し、現世にはもどれなくなると信じられていた)」「黄泉つ軍(いくさ)」「黄泉つ神(かみ)」「黄泉つ国(くに)=よみ(黄泉)」などと使う)、ほぼ、
死者の魂が行くという地下の世界をヤミ(闇)といった。「ヤ」が母交(母音転換)[ao]をとげてヨミ(夜見、黄泉)の国に転音し、そこへ行く道をヨミヂ(冥途)といった(日本語の語源)、
と、
闇(やみ)、
に収斂する。だから、
よみじ、
も、
ヤミジ(闇路)の義(日本釈名・和訓栞・本朝辞源=宇田甘冥)、
ヨミヂ(夜見地)の義(柴門和語類集)、
ヨミト(泉門)の転(河海抄)、
と、「よみ」の説の延長にある。
(黄泉比良坂(島根県松江市東出雲町) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%84%E6%B3%89より)
因みに、古事記で、
イザナギは死んだ妻・イザナミを追ってこの道を通り、黄泉国に入った、
という、
黄泉国の出入口を、
黄泉比良坂(よもつひらさか)、
といい、出雲国に存在する、
伊賦夜坂(いぶやざか)、
に擬されている(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%84%E6%B3%89)。また、出雲国風土記では、
黄泉の坂・黄泉の穴、
とあり、
人不得不知深浅也夢至此磯窟之辺者必死、
とされ、
猪目洞窟(出雲市猪目町)、
に比定されている(仝上)。
(猪目洞窟(いのめどうくつ) http://furusato.sanin.jp/p/mysterious/izumo/2/より)
参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95